第二章5
図書館は、この辺りでは大きい規模の施設だ。それは大学に限った話ではなく、この地域一帯ということになる。昔、この大学が移転してくるまでは小さい図書館があったらしいけれど、大学にその機能を移管することで、市民も助かっているらしい。図書館に限っては、大学関係者以外も立ち入ることが出来るので、結果的に交流の場として成り立っているのだけれど。
「図書館は――やっぱり情報収集には最適だよな」
喋りを長々とすることが出来ないのが数少ないデメリットではあるけれど。
取り敢えず、読んでおきたい書物は……ドッペルゲンガーに関する資料かな。
ドッペルゲンガー、つまりはそっくりさん。
いや、そっくりさんと一言で言い放って良いのかどうかは分からないけれど、ドッペルゲンガーに対する知識がそれぐらいしかないのだから致し方ない。
その知識を付けるための勉強会、と言ったところか。
正確には、ドッペルゲンガーはどうやって誕生するのか――といったことだ。思い違いによるもの、本当に存在するものなどあるけれど、その証明は出来ていない。存在しないことを証明するのは難しいからね。悪魔の証明、とでも言えば良いだろうか。
「とにかく、ネタを見つけない限りには……」
「あ、君もドッペルゲンガーに興味があるのかい?」
声を掛けられたので、振り返る。
そこに立っていたのは、だぼっとしたセーターを着た女性だった。丸眼鏡をかけていて、それの位置を直しながら、ぼくに問いかけていた。
「……ええと、どちら様?」
「この大学に通っている学生だよ。尤も、君とも知り合いではなく、ここで初めて会っただけに過ぎないけれどね」
「……大学生ってことか?」
にしては妙に落ち着いているような。
「自己紹介もなしに話を始めるのは悪いことだったかもしれないね。……まあ、取り敢えずテーブルにでも座って話でもしないかい? わたしも話してみたいことがあるし」
「話してみたいこと……って、一応初対面のはずだよな?」
もしかしてぼくが覚えていないだけで、一度会ったことでもあったりする?
だとしたら超失礼ではあるんだけれど。
「ノープロブレム。そこについて考える心配はないよ。わたしと君は初めての対面だ。だからこそ、話しておきたいこともあるじゃないか。同じ大学で、同じ興味を持つ分野があるとするならば……、対面と対話あるのみだろう?」
変わった価値観だと思うし、否定することもしたくないけれど……、もしかしたら何かアイディアが浮かび上がるかもしれないし。これも一興だと思って、従ってみるしかないかもな。
そう思ったぼくは、その女性の言うとおり話し合いに応じることとするのだった。
◇◇◇
図書館にはカフェが併設されている。これは食堂とは別に設置されているもので、こちらも大学関係者以外も利用することが出来る。そしてここでは図書館で借りた本を読むことが出来る。即ち、優雅にティータイムを楽しむことが出来る訳だ。まあ、それ以外にもパソコンを広げてレポートなり仕事なりに取りかかっている学生やサラリーマンも居るので、そういう人間の憩いの場だったりする訳だけれど。
そしてぼく達も、テラス席の一席を占領して話し合いを始めようとしていた。
ぼくはアイスココア、あちらはロイヤルミルクティーだ。
カフェだからコーヒーを飲めよ、と言われかねないがそこについては申し訳ないとしか言い様がない。ぼくはコーヒーが苦手なのだ。
「ええと、先ずは自己紹介から行くとするかな。君の名前はさっき聞いたけれど……、ふふ、変わった名前だね。なんと呼べば良いのか分からないぐらいに」
「周りは名前ではあまり呼ばないな」
「それじゃ、ワトソンと呼べば良いかな?」
それを聞いてぼくはドキリとした。どうしてレディ・ジャックに呼ばれているニックネームがいきなり飛び出してくるんだ?
「――ワトソンっぽい顔をしているからだよ?」
と、ぼくがきょとんとした表情を浮かべていることに気づいたからか、彼女はそんなことを言った。
それにしてもワトソン顔って何だよ。
助手っぽい顔をしているということなのだろうか。或いは、主人公ではないような?
いずれにせよ、妥当な分析ではあるけれど。
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