第二章9


 話が脇道に逸れまくって訳が分からないことになりそうなので、早めに修正することとする。

「……で、そのブイチューバーがどうだって言うんだよ。レディ・ジャックのことを取り上げているだけなら、他のメディアとは変わらないと思うけれど」

 再生数を稼ぐ為にわざとそういうものに目を付けた――なんて言い方も出来るけれどね。そこまで疑心暗鬼にはなりたくないが。

「まあまあ、強い言葉はあまり言わない方が良いと思うよ? 特に物事の全体像が見えていないうちはね……。そして、そのブイチューバーが一番最初に出した情報が……何だと思う?」
「レディ・ジャックは女性である、っていう当たり前過ぎるプロファイリングとか?」

 それだったら評価は下がりそうだけれどね。

「違うわよ。最初に言った情報……、それこそが君の言ったレディ・ジャックとドッペルゲンガーの繋ぎ合わせ、だよ。レディ・ジャックの犯行は全て同一人物に見えて、完全にそうとは言い切れない。だからドッペルゲンガーが居るんじゃないか――って言い出したのよ」

 何だって?
 ドッペルゲンガー繋がりの内容は、既に誰かが考えていた――ってことかよ? それはそれで悲しくなるな……。だって自信満々に思いついたアイディアが、実は誰かの模倣だった訳だからな。大抵新しいアイディアなんてものはなかなか見つからなくて、きちんと探したら何処かの何かに似たような事例が見つかったりするんだよな。

「ドッペルゲンガーと結び付けるのは、流石に理論が飛躍していると言われればそれまでなのだけれど……、しかしそこまで言われたところで確信的な証拠も提言も出て来ていない。要するに現状はそのブイチューバーが言う机上の空論だと、わたしは思っていたのよ。……今日までは」

 成程な、今までは机上の空論でまた何か言っているよ――みたいに他人事で考えていた訳だ。けれど、ぼくが同じような考えを抱いているから、ちょっと驚いたってことかな?

「ちょっとどころじゃないかもしれないね。或いは凄く驚いたと言えば良いのかもしれないけれど、そこについてはあまり長々と話したところできっと結論は出ない――そうでしょう? 君はずっと話をしてきたから、何となく人となりが分かってきたよ。人となりというか、人間らしさというか……」
「そこはもっと自信を持ってくれないか? ぼくだって少しは自信を持っているんだ。そんな僅かな自信すらも打ち砕かれるような発言だよ、はっきり言って」

 打ち砕かれるかどうかは、ぼくの価値観によるかもしれないけれどね。ただ、今のぼくのメンタルでは僅かな自信は打ち砕かれると思う。ダイヤモンドすら打ち砕いてしまうぐらいの、鋭い一撃だったから。
 しかして、それは特段気にすることでもなかった。
 今のぼくがやらねばならないことは、ただ一つ。
 そのオカルトブイチューバーに会って話をすることだ。

「……だから、オカルト系、だってば。言葉が一つ抜けるだけで色々と面倒臭いことになるね……、日本語ってのは難しいもんだよ。だからといって英語やフランス語も大して変わらないと思うけれどね。たまに英語には敬語がないから――なんて言う人も居るけれど、確かに敬語はないけれどそれに近しい言い回しはある訳で……。だから、敬語みたいな言い回しだって学ばないといけない訳よ。何だっけ、丁寧語に近いんだったかな。例えば単語を一つ入れるだけで丁寧な言い回しになるらしいし。それだけ聞けば簡単に聞こえるんだろうけれど、ネイティブスピーカーに意味の通る言葉を喋るのが難しいのよ。外国人だって日本語を辿々しく片言で話すことが多いけれど、もしかして外国人からもああいう風に見えているのかしら? だとしたら少しこそばゆい気がするけれどね」

 まあ、言いたいことは分かる。だから海外に行くときに困らないように最低でも英語は覚えておけという話が出てくるんだよな。スマートフォンがあるんだから別に良いと思うけれどね。


 ◇◇◇


 情報は得た。
 とにかく、藁をも縋る思いでそのオカルト系ブイチューバーに話をしてみる必要がある――ぼくはそう考えた。
 どうにかしてコンタクトを取れないか、とぼくは高浜に尋ねてみたが、高浜曰く、

「流石に直接話をするのは無理だと思うよ。何故なら、イベントとかでそういうのを売りにしているんだしね。実際、企業に所属しているブイチューバーがそれでやらかして厳重注意食らったりしていたし」
「それじゃメールか? 双方向で話をするにはどうしてもラグが発生してしまうが……」
「それも駄目だろうね。だって本人が直接そのメールを見る訳じゃないもん。メールを見るのは裏方の人間、って相場が決まっているからね。彼女は然程大きい規模ではないものの、それでも何人か裏方は居るだろうし」

 会話も駄目、メールも駄目ならどうすれば良いんだ……。ツイッターでやり取りするのも、その流れからしたら不可能だよな?

「リプライを送る人間がどれだけ居て、実際のリプライが一日に何通来ていると思っているんだい? 一人一通って制限が課されている訳でもないし、その中から君のリプライを見つけ出して返信してくれるのは……なかなかシビアな話だと思うけれどねえ」

 じゃあどうしろってんだ。
 最早手詰まりな気がするが……。
 そんなぼくの反応を待ってましたかのように、ニヒルな笑みを浮かべた高浜。

「……マシュマロって知っているかな?」
「……マシュマロ?」

 火で炙ったら美味しいやつ?

「この文脈では違うかな。尤も、世間一般ではその通りなんだけれど……。マシュマロというのは、ツイッターと連携したサービスのことだよ。個人を特定されることなく、メッセージを送ることが出来るんだ」

 個人を特定出来なかったら、今回のようなことは難しいと思うけれどな。コンタクトを取りたい訳だし。

「違うよ。メールよりもリプライよりも直接受け取ってもらいやすいんだ。個人を特定出来ないし、マシュマロのルールに則ってしか投稿出来ない。となると、そこではある程度の安全が保証されている訳。だからブイチューバーは結構それを配信で使っているんだよね。何ならそれだけで何時間も配信しているぐらいに」

 成程、生配信なら編集が出来ないから、確実に安全が保証されているマシュマロを選ぶ――と。
 でも、それだと読んでもらえる可能性は? 全て運任せってことか?

「このブイチューバーは……、毎週一回はマシュマロ配信をしているよ。それも全部のマシュマロに返信しているんだ。健気でしょう?」

 健気――まあ、健気ではあるけれどそれで解決して良い物なのかね。健気というよりかは不器用というか――少しは手加減しても良いのに手加減出来ないところがあるのかもしれない。

「一言で言えば、登録者数も再生数も大手のそれに比べたら非常に少ないからね……。そういう風に貪欲になっていくのも致し方ないのかもしれないよ。何処までやるべきかどうかはまた置いといて。そこについては、本人のやる気次第なんじゃないかな?」
「そういうもんか? ……取り敢えず聞きたいことは終わった。そのオカルト系ブイチューバーにマシュマロを投稿? すれば良いんだな。そして、それが読まれるのは?」
「ええと、多分今晩じゃないかなぁ……。まあ安心して。今晩だけれど、放送開始までにもらったマシュマロには全て回答するのがポリシーらしいから」

 幾つあるんだか知らないけれど、例えばそれが二百通とかあったらとんでもないことになりそうだな……。一通一分で片付けるとしても、解決だけで二百分はかかる。二百分って三時間半ぐらいか――流石にその量を毎週配信はきついだろうな。やりたいとも思わないだろうし。
 取り敢えずそこは追々考えるとして――やるべきことは決まった。
 オカルト系ブイチューバーにマシュマロを送る。
 今のぼくには、それをするしか道がなさそうだ。

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