第一章 同盟結成 6


「……いつまでもくっちゃべっていると思ったら、まさか子供相手に世間話をするぐらいに落ちぶれましたか?」

 スーツを着た女性だった。金髪の女性は、そのスーツ姿には不釣り合いな日本刀を持ち歩いている。
 そして、居る人間はその女性だけではない。何人ものスーツを着た男性が、僕達を取り囲むように――退路を塞ぐようにしていた。

「か弱い女の子一人にこれだけのエキスパートを集めて恥ずかしいと思わないのかねえ……」
「あんたの何処がか弱いんですか、クリスティーナ=ヴォン=デストルドー」
 何か凄い名前を聞いたような気がするけれど、
「懐かしいねえ、その名前を聞くのも。……正式名称で話してくれるのは、あんた達だけだよ。そう、まるでピカソの本名を常に正式名称で言っているような感覚に陥る」

 ええと、確かピカソの本名ってとてつもなく長いんだっけ?
 スマートフォンでそういう雑学系のサイトを見たことあるから、覚えている。
 でも、それが何故今出てくるんだ……。

「あんたはいつまでもこの名前を背負い続けなけりゃいけない。それは吸血鬼だろうが人間だろうが同じでしょうよ。それとも、その矜持を自らかなぐり捨てるつもりか?」
「私は自分の名前を捨てたつもりはないよ。その名前を呼ばれなくなっただけさ。その名前を知っている人間は、数え切れないぐらい居たけれど、どれも皆死んじまったからね」
「……まるであんたが全て殺した、みたいなニュアンスで言っているんでしょうが、単純に吸血鬼と人間の寿命の問題でしょうよ。流石に問題を挿げ替えるのはどうかと思うがねえ?」
「良いじゃねえか、話をしたって時間が無駄になる訳でもあるまい? ……それとも、徹底的に無駄を排除しなければ、何もやっていられないとでも思っているのか? だとしたら、酷く貧乏な体質になっちまったもんだな。それでも、この国の澱か?」

 女性は口だけを歪めて、笑みを浮かべようとしていたけれど、しかしそれは多少の不安と多少の憤慨が入り混じったものだろうと思った。
 人を多く殺していると、そういう感情を感知しやすくなってしまうものだ――別に、これは誰だってそうだと思う。
 要するに相手の恐怖を感じ取って、それを糧とする――まるで夢を食べることでエネルギーとするバクみたいな感じに見えるけれど、生憎僕はそこまで至っていない。そう考えると、やはり未だ自分は殺人鬼ではなくて、殺人鬼になろうとしている人間だけなのかもしれない。

「……澱も変わっていくものなんですよ。何故なら、我々は常に表舞台から隠れなくてはならない。けれど、必ず存在していなくてはならない。光が当たれば、そこには必ず影が存在する。我々はそういう組織ですから」

 ……さっきから何を言っているのだろう。僕はさっぱり分からなかった。
 もしかして、この二人の間で、何か特殊な単語でも言い合っている?
 専門用語を出されて、さもそれが一般常識のように語られても、それはそれで困るのだけれど。

「……少しは何が何だか分からない状態だろうから、それについて説明した方が良いんじゃないか?」

 女性は――クリスティーナはニヒルな笑みを浮かべて、言った。
 対して金髪の女性もまたほくそ笑む。

「つまり、彼を関係者に仕立て上げる、と? それをすれば、益々我々はあんた達二人にそれなりの処罰を与えないといけないのだけれど」
「処罰なんて、もう嫌というほど受けているのに、未だ何かあるのかねえ」

 クリスティーナはぶつぶっと呟いた。

「……なあ、少年。掛けをしないか?」

 僕にしか聞こえないぐらいの小さい声で、クリスティーナは言った。

「何を?」
「ここを脱出出来たら、少年が知りたいことを……何でも教えてあげよう。その代わり、もう一蓮托生だ。このまま死ぬまで私達は一緒に行動し続けなくてはいけないだろうな。しかし、ここを脱出しなければこの後の未来もない。……選ぶのは、一つしかないのだけれどね」

 つまり、選択肢なんて最初から存在しなかった――そう言いたいのだろうか。
 だとしたら、それは最早詐欺に近い。訴えを起こしたいぐらいだ。
 けれども――そんな冗談を言っていられるような状況でもなかった。

「それ、選択肢が一つしかない……、つまり選ぶ要素が何一つないですよね。有無を言わさずそちらに持って行く、と……」
「でもどうせ、少年はもう表舞台に戻ることは百パーセント不可能だよ? この連中に目を付けられちゃ、ね」
「そんなこと聞きたくなかった……!」
 それじゃあ、選択肢は最初から決まっていたじゃないか……!
「何をぶつぶつ話している……。ここがあんたの墓場ってことになるけれど、逃げなくても良いのかい? それとも、もう諦めがついたかな?」

 女性の言葉にクリスティーナは高らかに笑った。
 まるで悪人みたいだ。
 そうしてひとしきり笑い終えた後、一言漏れたように呟いた。

「……吸血鬼ってのはね、諦めが悪い生き物なのさ」

 その言葉を合図に、僕は駆け出した。
 先手を取ることは嫌いじゃないし、悪いことじゃないし、苦手なことじゃない。
 相手の隙を突いて、次々と急所を刺激していく。
 生憎、有難いことに敵もこちらの戦力を甘く見ているようだった。
 そりゃあ、そうだ。子供相手に全力を出す大人が居る訳がないだろうし。
 けれど、それが敗因でもある。
 バタバタと倒れていく黒スーツ達を見て、狼狽える女性。

「……どういうこと。うちの精鋭部隊がどうしてこんなことに……! おい、起きろ! 寝ている場合じゃないだろう!」
「さて、そちらは一人になってしまったようだけれど。……どうするかな? 幾ら力を失ったとはいえ、普通の人間とは比べものにならないぐらいに強いぞ、吸血鬼というのはね」
「……分かりました。手を引きましょう。想定外の事態も起きましたからね。あんたのことも、きちんと報告しておきましょう」

 何だか、色々面倒臭いことに足を突っ込んでしまったような……。
 いいや、もう後悔したところで遅い。
 今思えば、クリスティーナに関わった時点で――もう終わっていたのかも。
 女性は舌打ちをして、踵を返す。
 居なくなった――正確には気配が消えたと判断したのか――ところでクリスティーナは深い溜息を吐いた。

「……助かったよ、少年。まさかああも動くことが出来るとはね。よもや、相当殺したな?」
「子供だから軽いだけですよ、身のこなしがね……。はあ、それにしても厄介なことに足を突っ込んじゃったな」
「今からなら、逃げ出しても構わないよ?」

 今更何を言い出しているんだ、この吸血鬼は。
 そんなことをしたら、どういうことになるのか――クリスティーナなら分かっているだろうに。

「……逃げ出したりしませんよ。僕は一人じゃ生きていけないんですから」
「それもそうか。いやあ、そう言ってくれて助かるよ。それじゃ、これから同盟結成ということで。何か名前を付けるとするか……、例えばよふかし同盟とか」

 何かダサいんで却下します。

「ええ、駄目かなあ。良いと思ったんだけれど……。ま、それは追々考えていくとして。改めて自己紹介と洒落込もうか。私の名前はクリスティーナ=ヴォン=デストルドー……なーんて長い名前で言われているけれど、私はこの名前嫌いなのよね。だからここ数十年はもっぱら『梓』って名前を名乗っているよ。パスポートや免許証もその名前だから、よろしく」
「吸血鬼ってパスポートや免許証取れるんですか……。それはさておき、僕の名前は白壁恵です。…………よろしく」

 そうして、僕達は同盟を組むことになった。
 吸血鬼と殺人鬼の、ちょっと――どころじゃないぐらい、変わった同盟を。



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