第一章 同盟結成 5


「傷害事件……ねえ。そりゃあ、その通りかもしれないな。実際、どれぐらいの件数が報告されているかなんて数えきれないだろうし。吸血鬼ってのは、出来ればそういう世の中のルールには逆らって生きていきたいものだけれど、そうもいかないのが今の時代だったりする訳よ」

 吸血鬼も大変なんだな。
 というか、わざわざルールを逆らって生きていく必要はあるのか――なんて思ったけれど、ここで変なことを言ったら、何されるか分かったものじゃない。
 取り敢えず今は、ここをどう乗り切るかだけ考えないと――。

「……ねえ、少年。君は人間の急所を目視出来る。そしてそれを正確に狙うことが出来る。……そうだろう? だから、このように人殺しを、まるでゲームのミッションのようにやっているんだ。違うか?」

 否定はしない。
 確かに、僕はこの能力を使っている。持て余している気は毛頭ない。そいでいて、それを有効活用しているとも言えるだろう。
 遊びとも言えるような簡単な殺人に興じているのは、倫理観が問われるかもしれない。

「……なあ、少年。私は今君の生殺与奪を握っている。そうだろう? だって、私がここで君を警察に突き出せば、仮に殺人の証拠は見つからないとしても傷害事件、それが適用されなくても青少年なんちゃら条例だか何かでしょっぴかれるのがオチだ。……それぐらいの常識は、持ち合わせているだろうね?」
「……脅しているんですか」
「いや、別に? ただ、一般常識を言っているだけに過ぎないよ」

 さっきまでルールを守らないのが矜持だ、みたいなことを言っていたくせに?
 幾ら何でも、流石に都合が良過ぎるとは思わないのか。

「一般常識を問うたところで、僕がそれに従うとでも思っているんですか? だとしたら、とんでもない見当違いですね。……普通に考えて、殺人鬼がルールを守る訳ないじゃないですか」

 ここまでまともな問答を出来る殺人鬼もきっと居ないだろうな。
 そもそも僕は殺人鬼とは自覚していない。猟奇的な殺人をしている訳でもないし、ただ見える急所を刺激した結果、人が死んだだけなのだから。
 でも、そんな単語はこの世界の何処にも存在していない訳だし――結局僕は殺人鬼を名乗るしかないのだ。不満は募っているけれど。

「……結局、どうして君は殺人をするのかな?」
「何ででしょうね? ま、仮に分かっていたところで今日出会ったばかりのあなたには言う必要はありませんけれど」
「辛辣だねえ。けれど、嫌いじゃないよ。そういう子供らしくない子供というのは、ね」

 女性は煙草を吸い終えると、ポケットから携帯灰皿を取り出した。
 何か意外だな――ルールを守らないとか言っていたから、てっきりそのまま地面に捨てるとばかり思っていたけれど、流石にその辺りのルールはきちんと守るのか。

「……もしかして、私がちゃんと煙草を捨てたことに違和感を抱いているのか? だとしたら、そいつは心外だねえ。こっちだってちゃんと配慮する時もあるさ。もし完全に何もかも配慮していなかったら……煙草をポイ捨てもするし、受動喫煙だってさせていたね」
「空気を読む吸血鬼って、それはそれでどうなんですかね……?」

 ついついツッコミに回ってしまったが、はっきり言ってこれは慣れない仕事だ。
 出来ることならあまりこう長く続けたくはない。

「……で、どうするんですか、僕を。そこまで脅しておいて、まさか普通に警察に突き出す――なんて言い出しませんよね?」
「流石に分かっていたかな?」

 女性はニヒルな笑みを浮かべると、こちらにゆっくりと近づいて来る。
 理解出来ない恐怖が、僕に襲いかかってきた。
 出来ることなら全力で逃げ出したいところだが、それすらも身体が拒否反応を示す。
 だから僕は――その場に立ち尽くすしか出来ないのであった。

「逃げないでいてくれたか、結構結構。……手を組まないかい? 殺人鬼クン」

 ……手を組む?
 僕と、吸血鬼が?
 一体どんなメリットがあって、そんな話を持ち掛けたのかさっぱり理解出来なかったけれど……。

「未だ意味を理解していないようだから、教えてあげるけれど、メリットはお互いにあると思うよ。……実はね、私は今吸血鬼の力を奪われているんだよ。しかも厄介なことに、デメリットだけはご丁寧に残しておいてね」
「……力を奪われている?」

 でも、さっき急所を刺激しても死ななかったですよね?

「……あれは、未だ序の口だ。吸血鬼とは不死の種族としても知られているし、寿命も人間のそれと比べれば恐ろしいぐらい長いのだけれど……、私はその九十九パーセントの力を喪失している。だから残機にも限りがある、って訳。貴重な一機を無駄にしたのさ、分かるかな?」
「何故いきなりゲームを持ち出して来たのかは無視するとして……、つまりその力は全力ではないってことですか?」

 一パーセントしか余力がないのに、死んでも蘇るのかよ。
 吸血鬼というのは、末恐ろしい生き物だ。

「そりゃあ、封印したい人間が居ても当然と言えば当然だろう。そのまま殺してくれれば楽と言えば楽なのだが……、最近はそれを超えることを思いついたらしくてね。要するにアイツらですら、吸血鬼を殺し続けることはツマラナイことだと認識し始めた訳」
「……それなら、どうして?」
「次にアイツらが考えたのは……至極簡単なことだったよ。吸血鬼の力を奪って出来うる限り人間に近付けて、ジワジワと嬲り殺しにしてやろう――って考えだ。そこまで来たら、どっちが悪魔だか分かったもんじゃない。アイツらは最早人の皮を被った悪魔になっちまったのさ」
「で、それと僕が手を組むのはどういう話に……?」
「まあ、待て。それについては色々と話しておきたいことも山積しているのだけれど――」

 そこで女性が、ニヤリと笑みを浮かべた。
 僕が首を傾げると、女性はぽつりと呟いた。

「……どうやら、来客のようだね」


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