×
第一章 妄執の証明②
第一章 『妄執の証明』
2
「目覚めろ、スタンダロン」
僕はスタンダロンにそう言った。スタンダロンは目を開けると、僕に小さくお辞儀した。
「おはようございます、博士。如何なさいましたか?」
「ちょいと野暮用だ。こいつの話を聞いてやってくれ」
僕は後ろを指さした。
「あなたは?」
「はじめまして、スタンダロン。私は警察のオーイシと言います。あなたと同じロボットですよ」
「ロボットなのに、名前があるのですか?」
「あなただって、スタンダロンという名前があるでしょう?」
「スタンダロンは機種名ですよ、名前じゃあない」
ふわふわと浮かんでいる状態になっているスタンダロンは首を横に振った。
今の状態は、反重力状態のカプセルに保管しているだけに過ぎず、スタンダロンと僕たちの間には一枚のガラスで隔てられている。とどのつまりスタンダロンに直接触れるためにはスタンダロンを満たす反重力素をゼロにして、重力を確保せねばならない。ヒッグス粒子を主な構成要素として、それを纏わせることにより、その質量を持つ物体のマイナスの質量を与えることが出来る。それにより、イコールで考えればプラマイゼロになる。斥力と引力が帳尻合うことによって力が平均化されることと同じことだ。
スタンダロンはさらに話を続ける。
「ところで、警察の方がどのような用件でしょうか? 今日は特にそのような予定は入っていなかったと思っていますが」
「スタンダロン、予定はな、守られないからこそ予定と言われるのだ」
ごほん、と咳払いを一つして、
「というのは冗談で、急用になってしまってね。対応出来るかい、スタンダロン?」
「はい。博士の言葉なら、どのような用件でも対応致します」
「だとさ。後は任せるよ。ああ、一応言っておくけれど破壊行為は認めないからね? それだけは一応言っておかないと」
「私を誰だと思っているのですか。私は警察の、」
「ああ、はいはい。分かっていますよ、違反行為を犯した警察のオーイシさんよ」
少しだけ皮肉を入れて言ってみた。
それを聞いたオーイシはそれを言うな、といわんばかりに睨み付けてくる。
まったく、ロボットのくせに人間らしい表情をするロボットだ。実はほんとうは人間ではないのだろうか、なんて思い込んでしまうぐらいに。
「オーイシ、さんでしたか。何を私に尋ねたいのでしょうか」
スタンダロンは話を切り出す。
オーイシは写真を取り出してスタンダロンに見せた。
「スタンダロン。この女性に見覚えはないか?」
「ありませんね」
一瞬の沈黙の後、スタンダロンはオーイシにそう言い放った。
「ほんとうに? ほんとうにあり得ないのか?」
「あり得ません。私の記憶データベースには、『彼女』と出逢った記憶はありません」
「彼女、か」
オーイシは言って、写真を仕舞う。
「では、話題を変えましょう。昨日夜、どこに居ましたか?」
「?」スタンダロンは首を傾げ、「何を言っているのか、さっぱり分かりませんが、私はずっと夜は充電していましたよ」
「ずっと充電?」
「ええ」
「夜は?」
「そうですが」
禅問答のような会話が続けられる。
僕は黙っていられなくなって、スタンダロンに質問する。
「スタンダロン。ほんとうに、ほんとうに昨日はここに居たのか? 君には、自由に移動できる権利が与えられている。そして、昨日君が外出している姿を確認している人間が何人も居るんだ。それを考えるに、君が何処かに移動していた可能性は十分に考えられるが」
「人間の記憶は曖昧でしょう。博士はそれをも理解していると思っていましたが」 「そうだ。ああ、そうだ。人間の記憶は曖昧だ。それが仮に一人だけだったら、僕もそれを信用しちゃあいなかっただろう。しかし、複数人も見ているとなると話題は違う。誰かが見ているならば、誰かの記憶を操らない限り、それが『曖昧』であるとは言いがたい」
「では、私の記憶データベースを見るというのは、如何でしょうか?」
その言葉に、僕は言いよどむ。
「それは確かに、」
「間違っていませんよね? それならば、確実です。ロボットの記憶は確実で確定出来ることなのですから」
ロボットの記憶は電気信号で0と1に分割され、メモリに保存される。メモリは簡単に書き替え出来るが、人間の記憶と比べればその耐久度は高い。
つまり、書き替えは楽に出来るが、人間に比べれば記憶を保持出来ることはそう難しい話ではないということだ。
スタンダロンはずっと僕を見つめている。
ああ、分かったよ。君も気になるのだろう。その話題について、解決させたいのだろう。
だから、僕はオーイシに言った。
「オーイシ。これじゃあ埒が明かない。ならば、スタンダロンの言った通り記憶データベースを開放しよう。それによって得られる情報が出てくれば良いのだが」
「それは有難い。是非とも直ぐにお願い致します」
そして、スタンダロンの記憶データベースにアクセスすることが決定したのだった。
第一章 「妄執の証明」①
目次
第一章 「妄執の証明」③
2
「目覚めろ、スタンダロン」
僕はスタンダロンにそう言った。スタンダロンは目を開けると、僕に小さくお辞儀した。
「おはようございます、博士。如何なさいましたか?」
「ちょいと野暮用だ。こいつの話を聞いてやってくれ」
僕は後ろを指さした。
「あなたは?」
「はじめまして、スタンダロン。私は警察のオーイシと言います。あなたと同じロボットですよ」
「ロボットなのに、名前があるのですか?」
「あなただって、スタンダロンという名前があるでしょう?」
「スタンダロンは機種名ですよ、名前じゃあない」
ふわふわと浮かんでいる状態になっているスタンダロンは首を横に振った。
今の状態は、反重力状態のカプセルに保管しているだけに過ぎず、スタンダロンと僕たちの間には一枚のガラスで隔てられている。とどのつまりスタンダロンに直接触れるためにはスタンダロンを満たす反重力素をゼロにして、重力を確保せねばならない。ヒッグス粒子を主な構成要素として、それを纏わせることにより、その質量を持つ物体のマイナスの質量を与えることが出来る。それにより、イコールで考えればプラマイゼロになる。斥力と引力が帳尻合うことによって力が平均化されることと同じことだ。
スタンダロンはさらに話を続ける。
「ところで、警察の方がどのような用件でしょうか? 今日は特にそのような予定は入っていなかったと思っていますが」
「スタンダロン、予定はな、守られないからこそ予定と言われるのだ」
ごほん、と咳払いを一つして、
「というのは冗談で、急用になってしまってね。対応出来るかい、スタンダロン?」
「はい。博士の言葉なら、どのような用件でも対応致します」
「だとさ。後は任せるよ。ああ、一応言っておくけれど破壊行為は認めないからね? それだけは一応言っておかないと」
「私を誰だと思っているのですか。私は警察の、」
「ああ、はいはい。分かっていますよ、違反行為を犯した警察のオーイシさんよ」
少しだけ皮肉を入れて言ってみた。
それを聞いたオーイシはそれを言うな、といわんばかりに睨み付けてくる。
まったく、ロボットのくせに人間らしい表情をするロボットだ。実はほんとうは人間ではないのだろうか、なんて思い込んでしまうぐらいに。
「オーイシ、さんでしたか。何を私に尋ねたいのでしょうか」
スタンダロンは話を切り出す。
オーイシは写真を取り出してスタンダロンに見せた。
「スタンダロン。この女性に見覚えはないか?」
「ありませんね」
一瞬の沈黙の後、スタンダロンはオーイシにそう言い放った。
「ほんとうに? ほんとうにあり得ないのか?」
「あり得ません。私の記憶データベースには、『彼女』と出逢った記憶はありません」
「彼女、か」
オーイシは言って、写真を仕舞う。
「では、話題を変えましょう。昨日夜、どこに居ましたか?」
「?」スタンダロンは首を傾げ、「何を言っているのか、さっぱり分かりませんが、私はずっと夜は充電していましたよ」
「ずっと充電?」
「ええ」
「夜は?」
「そうですが」
禅問答のような会話が続けられる。
僕は黙っていられなくなって、スタンダロンに質問する。
「スタンダロン。ほんとうに、ほんとうに昨日はここに居たのか? 君には、自由に移動できる権利が与えられている。そして、昨日君が外出している姿を確認している人間が何人も居るんだ。それを考えるに、君が何処かに移動していた可能性は十分に考えられるが」
「人間の記憶は曖昧でしょう。博士はそれをも理解していると思っていましたが」 「そうだ。ああ、そうだ。人間の記憶は曖昧だ。それが仮に一人だけだったら、僕もそれを信用しちゃあいなかっただろう。しかし、複数人も見ているとなると話題は違う。誰かが見ているならば、誰かの記憶を操らない限り、それが『曖昧』であるとは言いがたい」
「では、私の記憶データベースを見るというのは、如何でしょうか?」
その言葉に、僕は言いよどむ。
「それは確かに、」
「間違っていませんよね? それならば、確実です。ロボットの記憶は確実で確定出来ることなのですから」
ロボットの記憶は電気信号で0と1に分割され、メモリに保存される。メモリは簡単に書き替え出来るが、人間の記憶と比べればその耐久度は高い。
つまり、書き替えは楽に出来るが、人間に比べれば記憶を保持出来ることはそう難しい話ではないということだ。
スタンダロンはずっと僕を見つめている。
ああ、分かったよ。君も気になるのだろう。その話題について、解決させたいのだろう。
だから、僕はオーイシに言った。
「オーイシ。これじゃあ埒が明かない。ならば、スタンダロンの言った通り記憶データベースを開放しよう。それによって得られる情報が出てくれば良いのだが」
「それは有難い。是非とも直ぐにお願い致します」
そして、スタンダロンの記憶データベースにアクセスすることが決定したのだった。
第一章 「妄執の証明」①
目次
第一章 「妄執の証明」③