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第一章 妄執の証明③
第一章 『妄執の証明』
3
「確かに、来てましたよ。変わったロボットが居るな、とは思っていましたけれど。博士の研究物だったんですね」
「はあ、まあ、研究物というか開発物というか」
この大学は宗教に寛容だ。
なので、大学の敷地内に教会まで設置されている。まあ、僕は無宗教なので行くことはないのだけれど、今日に限っては行かざるを得ない用事が出来てしまった。
スタンダロンの『脳』内を解析したところ、毎夜この教会のシスターに会いに来ているのが目撃されていたのだ。シスターに会いに行く、というのはとても人間らしい行動に見えて、その実間違っているようなそんな気もする。何せ開発者である僕が無宗教なのだ。どうして開発したロボットに宗教観等という概念を埋め込むだろうか?
シスター、名前はミズキと言っていた、は告げる。
「ですから、私はただ話を聞いていただけなのです。私はロボットを開発する技術とか、絆すことなんて出来やしないのですから」
「別にそれを質問したいわけじゃあない。スタンダロンは何をあなたに懺悔したのですか」
「別に懺悔という程でもないと思うのですけれど」
そう話を切り出して、ミズキは言った。
「人間とロボット、どちらが良い生き方をしているか、ということについて聞かれました」
「人間とロボット、」
「どちらが良い生き方を?」
僕とオーイシはその単語というか、着目点というか、注意すべきポイントというか、ともかく、そういうありきたりに言えば着眼点とでも言えば良いのか、そのポイントについてただただ告げるばかりだった。
ミズキは続ける。
「あなたは、ロボットの開発をなさったのですよね? 言われなかったのですか、スタンダロンに」
「言われなかった。それどころか、ここに来ていることすらも知らなかった。監視カメラの映像を偽装してまですることか? 僕はそうには思えない」
「しかし、確かに」
「そこまでする話ではありませんよね」
「一度、プログラムを解析してパッチを用意するべきか。今度は、絶対に宗教観など持たせることはない。断じてそのようなことを話させない、完璧なロボットを作り上げるんだ」
「博士、それは」
オーイシの言葉に、僕は首を傾げる。
「どうかしたか、オーイシくん?」
「いや、何も。ただ、気になっただけなので」
「そうか。ならば良い」
踵を返し、立ち去る準備をする。
「失礼した、シスター。もし機会があれば日曜日にまたやってくるとしよう」
「それは絶対にあり得ない話のようにも思えますが」
皮肉にも思える言葉を返されて、僕はただ笑った。
それだけのことだった。
4
取りかかれば、何ということはなかった。あっという間にコードを書き直して、僅か一週間で寝食を必要最低限にした犠牲はあったものの、無事パッチが完成した。
「あとはこれをインストールすれば、完璧なロボットの完成だ」
僕がインストールさせようとUSBデバイスにそのパッチファイルを移動させた時、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「博士、失礼します」
入ってきたのは、大学の二年生にあるマリー=オルステッドだった。マリーは変わり者の僕に突然『弟子入り』を仕掛けてきた。聞いた話によれば、僕が完璧なロボットを開発したという話をあのシスターから聞いたらしい。僕としても助手は必要だったし、断る理由もなかったから、そのまま採用した。
「ちょうど良いところに入ってきたね」
僕はマリーにUSBデバイスを差し出す。
「これは?」
「これはUSBデバイス。ってのは言わずもがな。これにはパッチファイルが入っているから、インストールさせておいてくれ」
何にインストールさせれば良いのか、そんなことは言わなくても分かっていた。
彼女の目がキラキラと輝くのが分かる。
「博士、ということはついに完成したんですね! 完璧なロボットの頭脳が!」
「ああ、それを使えば良い。僕は少し疲れた。仮眠室で眠っているからその間にインストールしておいてもらえるかな」
「了解しました!」
敬礼をして、彼女はコンビニで買ってきたと思われる物品が入っている手提げ袋を差し出した。
「これは?」
「朝食にと思い買ってきました。サンドイッチとお湯を入れて作れるスープと、野菜ジュースが入っています! お休みしてからで良いので、きちんと食べてくださいね」
眼鏡をあげつつ、彼女は言った。
それを聞いた僕は笑みを浮かべ、
「そうすることにしよう。では、インストールの件は任せたよ」
「了解しました!」
そしてどたどた、と足音が聞こえるぐらいのスピードで彼女は駆け出していった。
うちの校舎、走るの厳禁なんだけれどなあ。それぐらい理解はしているか。
「失礼します」
そんなことを思っていたら、別の来訪者がやってきた。
「おや、君は」
「お忘れになりましたかな」
「いや、忘れていないよ。君の名前は、確かオーイシだったか」
「愛称の方で覚えていただけて何よりです」
今日のオーイシはちょっと不気味だった。この前被っていなかった帽子を被っていたし、それに黒いスーツで身を包んでいた。まるで闇をそこから出してきたかのような、そんな黒だった。
オーイシは帽子を取り外し、頭を下げる。
「別に気にする話でもないだろう。それで? 今日はどんな用件だ」
「スタンダロンの件で伺いに参りました」
「何だ? 今度は逮捕令状でも持ってきたの」
ぱん、と乾いた音が研究室に響き渡った。
痛い。
痛みの広がった方角を見る。
白衣は真っ赤に濡れていた。
僕はどさりと倒れ込む。
オーイシの顔を見ようと、何とか這い上がろうと試みるも、それもなかなか上手く行かない。
「スタンダロンのデータをよこしなさい」
「腹に銃弾喰らった人間に言う台詞かね、それが」
「スタンダロンのデータを、よこしなさい。時間は残されていない。幾らここが防音だからと言っても時間は限られているはず。だから、急いで私にデータをよこしなさい!」
「もし、パッチファイルのことを言っているならば、それは無理な話だ」
僕は何とか、必死になりながら、言葉を紡いだ。
「何ですって?」
オーイシは僕に問いかける。
「既にパッチファイルは助手に提出している。そして、それは既にインストールされているだろうよ。残念だったな、どこの機関のロボットかは知らないが、既に賽は投げられた」
「貴様っ!」
これ以上時間を使うのはもったいないと判断したのか、オーイシは急いで部屋を出て行った。
助手の心配をする必要もあったが、彼女なら僕と彼女しか入ることの出来ないコンピューティングルームにスタンダロンを保管しているし、問題もないだろう。
だが、問題は僕だ。
血が流れて、徐々に冷たくなっていく、その身体。
痛みはもう慣れてきたが、問題は血。
人間、死ぬ前になると冷静になるものだな、と思いながら、僕はゆっくりと目を瞑った。
5
スタンダロンのプログラムをインストールし終えた私は、どこか胸騒ぎがしていた。けれど、ここを出るわけには行かないと私の『何か』が告げていた。私の中にあるそれは、何故かは知らないけれど、ここから出てはならない、ここから出てはいけないと教えてくれていた。
そして、その後、私と同じクラスの学生がやってきて、こう言ったのだ。
「博士が、死んだ」
博士が、死んだ?
私は何を言っているのかさっぱり分からなかった。しかし、けれど、博士の意思を引き継がなくてはいけないと同時に思うようになっていた。
博士の葬式は質素なモノだった。聞いた話によれば、博士は生涯独身だったらしい。確かに、そうでなくてはずっと研究室に閉じこもったりはしないだろうし、致し方ない話なのかもしれない。
博士の研究は、そのまま助手である私に引き継がれることとなった。そのときに警察から事情聴取を受けることになったけれど、博士が死んだ時間に私はアリバイがあるということで釈放された。
一週間もすれば、博士の埋め合わせはあっという間に決まってしまい、普通に流れる日常に私はついていけなくなりかけていた。けれど、私は博士の研究室を断固として他人に譲りたくはなかった。
だから、結果的にその研究室を特例として、二年生の私が引き受けることが出来るようになった。
「スタンダロン、二人きりだね、これで」
スタンダロンは眠っている。
私は、ただそれを見つめている。
同時に、私は思うようになっていた。
博士を殺したのは、誰だ。
博士を殺した相手に、復讐してやらなければ気が済まない。
私はそう思い、研究を重ねた。
スタンダロンの改良と、スタンダロンを守るために。
そして――五年の月日が流れた。
第一章 「妄執の証明」②
目次
第二章 「存在の証明」①
3
「確かに、来てましたよ。変わったロボットが居るな、とは思っていましたけれど。博士の研究物だったんですね」
「はあ、まあ、研究物というか開発物というか」
この大学は宗教に寛容だ。
なので、大学の敷地内に教会まで設置されている。まあ、僕は無宗教なので行くことはないのだけれど、今日に限っては行かざるを得ない用事が出来てしまった。
スタンダロンの『脳』内を解析したところ、毎夜この教会のシスターに会いに来ているのが目撃されていたのだ。シスターに会いに行く、というのはとても人間らしい行動に見えて、その実間違っているようなそんな気もする。何せ開発者である僕が無宗教なのだ。どうして開発したロボットに宗教観等という概念を埋め込むだろうか?
シスター、名前はミズキと言っていた、は告げる。
「ですから、私はただ話を聞いていただけなのです。私はロボットを開発する技術とか、絆すことなんて出来やしないのですから」
「別にそれを質問したいわけじゃあない。スタンダロンは何をあなたに懺悔したのですか」
「別に懺悔という程でもないと思うのですけれど」
そう話を切り出して、ミズキは言った。
「人間とロボット、どちらが良い生き方をしているか、ということについて聞かれました」
「人間とロボット、」
「どちらが良い生き方を?」
僕とオーイシはその単語というか、着目点というか、注意すべきポイントというか、ともかく、そういうありきたりに言えば着眼点とでも言えば良いのか、そのポイントについてただただ告げるばかりだった。
ミズキは続ける。
「あなたは、ロボットの開発をなさったのですよね? 言われなかったのですか、スタンダロンに」
「言われなかった。それどころか、ここに来ていることすらも知らなかった。監視カメラの映像を偽装してまですることか? 僕はそうには思えない」
「しかし、確かに」
「そこまでする話ではありませんよね」
「一度、プログラムを解析してパッチを用意するべきか。今度は、絶対に宗教観など持たせることはない。断じてそのようなことを話させない、完璧なロボットを作り上げるんだ」
「博士、それは」
オーイシの言葉に、僕は首を傾げる。
「どうかしたか、オーイシくん?」
「いや、何も。ただ、気になっただけなので」
「そうか。ならば良い」
踵を返し、立ち去る準備をする。
「失礼した、シスター。もし機会があれば日曜日にまたやってくるとしよう」
「それは絶対にあり得ない話のようにも思えますが」
皮肉にも思える言葉を返されて、僕はただ笑った。
それだけのことだった。
4
取りかかれば、何ということはなかった。あっという間にコードを書き直して、僅か一週間で寝食を必要最低限にした犠牲はあったものの、無事パッチが完成した。
「あとはこれをインストールすれば、完璧なロボットの完成だ」
僕がインストールさせようとUSBデバイスにそのパッチファイルを移動させた時、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「博士、失礼します」
入ってきたのは、大学の二年生にあるマリー=オルステッドだった。マリーは変わり者の僕に突然『弟子入り』を仕掛けてきた。聞いた話によれば、僕が完璧なロボットを開発したという話をあのシスターから聞いたらしい。僕としても助手は必要だったし、断る理由もなかったから、そのまま採用した。
「ちょうど良いところに入ってきたね」
僕はマリーにUSBデバイスを差し出す。
「これは?」
「これはUSBデバイス。ってのは言わずもがな。これにはパッチファイルが入っているから、インストールさせておいてくれ」
何にインストールさせれば良いのか、そんなことは言わなくても分かっていた。
彼女の目がキラキラと輝くのが分かる。
「博士、ということはついに完成したんですね! 完璧なロボットの頭脳が!」
「ああ、それを使えば良い。僕は少し疲れた。仮眠室で眠っているからその間にインストールしておいてもらえるかな」
「了解しました!」
敬礼をして、彼女はコンビニで買ってきたと思われる物品が入っている手提げ袋を差し出した。
「これは?」
「朝食にと思い買ってきました。サンドイッチとお湯を入れて作れるスープと、野菜ジュースが入っています! お休みしてからで良いので、きちんと食べてくださいね」
眼鏡をあげつつ、彼女は言った。
それを聞いた僕は笑みを浮かべ、
「そうすることにしよう。では、インストールの件は任せたよ」
「了解しました!」
そしてどたどた、と足音が聞こえるぐらいのスピードで彼女は駆け出していった。
うちの校舎、走るの厳禁なんだけれどなあ。それぐらい理解はしているか。
「失礼します」
そんなことを思っていたら、別の来訪者がやってきた。
「おや、君は」
「お忘れになりましたかな」
「いや、忘れていないよ。君の名前は、確かオーイシだったか」
「愛称の方で覚えていただけて何よりです」
今日のオーイシはちょっと不気味だった。この前被っていなかった帽子を被っていたし、それに黒いスーツで身を包んでいた。まるで闇をそこから出してきたかのような、そんな黒だった。
オーイシは帽子を取り外し、頭を下げる。
「別に気にする話でもないだろう。それで? 今日はどんな用件だ」
「スタンダロンの件で伺いに参りました」
「何だ? 今度は逮捕令状でも持ってきたの」
ぱん、と乾いた音が研究室に響き渡った。
痛い。
痛みの広がった方角を見る。
白衣は真っ赤に濡れていた。
僕はどさりと倒れ込む。
オーイシの顔を見ようと、何とか這い上がろうと試みるも、それもなかなか上手く行かない。
「スタンダロンのデータをよこしなさい」
「腹に銃弾喰らった人間に言う台詞かね、それが」
「スタンダロンのデータを、よこしなさい。時間は残されていない。幾らここが防音だからと言っても時間は限られているはず。だから、急いで私にデータをよこしなさい!」
「もし、パッチファイルのことを言っているならば、それは無理な話だ」
僕は何とか、必死になりながら、言葉を紡いだ。
「何ですって?」
オーイシは僕に問いかける。
「既にパッチファイルは助手に提出している。そして、それは既にインストールされているだろうよ。残念だったな、どこの機関のロボットかは知らないが、既に賽は投げられた」
「貴様っ!」
これ以上時間を使うのはもったいないと判断したのか、オーイシは急いで部屋を出て行った。
助手の心配をする必要もあったが、彼女なら僕と彼女しか入ることの出来ないコンピューティングルームにスタンダロンを保管しているし、問題もないだろう。
だが、問題は僕だ。
血が流れて、徐々に冷たくなっていく、その身体。
痛みはもう慣れてきたが、問題は血。
人間、死ぬ前になると冷静になるものだな、と思いながら、僕はゆっくりと目を瞑った。
5
スタンダロンのプログラムをインストールし終えた私は、どこか胸騒ぎがしていた。けれど、ここを出るわけには行かないと私の『何か』が告げていた。私の中にあるそれは、何故かは知らないけれど、ここから出てはならない、ここから出てはいけないと教えてくれていた。
そして、その後、私と同じクラスの学生がやってきて、こう言ったのだ。
「博士が、死んだ」
博士が、死んだ?
私は何を言っているのかさっぱり分からなかった。しかし、けれど、博士の意思を引き継がなくてはいけないと同時に思うようになっていた。
博士の葬式は質素なモノだった。聞いた話によれば、博士は生涯独身だったらしい。確かに、そうでなくてはずっと研究室に閉じこもったりはしないだろうし、致し方ない話なのかもしれない。
博士の研究は、そのまま助手である私に引き継がれることとなった。そのときに警察から事情聴取を受けることになったけれど、博士が死んだ時間に私はアリバイがあるということで釈放された。
一週間もすれば、博士の埋め合わせはあっという間に決まってしまい、普通に流れる日常に私はついていけなくなりかけていた。けれど、私は博士の研究室を断固として他人に譲りたくはなかった。
だから、結果的にその研究室を特例として、二年生の私が引き受けることが出来るようになった。
「スタンダロン、二人きりだね、これで」
スタンダロンは眠っている。
私は、ただそれを見つめている。
同時に、私は思うようになっていた。
博士を殺したのは、誰だ。
博士を殺した相手に、復讐してやらなければ気が済まない。
私はそう思い、研究を重ねた。
スタンダロンの改良と、スタンダロンを守るために。
そして――五年の月日が流れた。
第一章 「妄執の証明」②
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第二章 「存在の証明」①