野菜をたくさん食べるには?・1 (メニュー:寄せ鍋(宅配用))


 ドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』。
 いかなる世界にも属することなく、いかなる世界とも往来が可能である第666次元軸に存在する空間でさえも、四季は存在する。

「……こう寒いとやる気になりませんね」

 俺は独りごちる。
 ドラゴンメイド喫茶の数少ない人間のウエイターである俺は、同じく人間のメイドであるサクラが寒そうに身体を震わせているのを見ながら、そんな感想を抱いていた。

「アンタは別に良いでしょうが、ズボン履けるんだから! こっちはメイド服ですぞー! メイド服ってことはスカートは必須。一応ソックスは長い奴履いているけれど、それでも寒さには変わりないというか……」

 一応、暖房器具がない訳ではない。
 薪ストーブがボルケイノには一台設置されているのだ。薪はいつも鬼のシュテンとウラが仲良く切っているので、俺は切られた薪を定期的にストーブに放り込むだけ。それで火の勢いが維持されているという訳。

「そんなに寒いなら薪ストーブの前に立っていれば良いのでは?」
「それだと焼けちゃうのよね……。日焼けとはまた違うんだけれどさ。ほら、学校で習ったじゃない。遠赤外線って奴」
「日焼けサロンに行き続けると内臓がミディアムになるとか、そういう都市伝説を信じているんじゃなかろうな……」

 そういう都市伝説でも一発で分かってしまうものと意外と分からないものが出てきたりするから、それを見抜くのがなかなか難しかったりするんだよな。

「……いやー、しかし厨房から出ると寒いなあ。こりゃ今日は暖まる食べ物でも食べることにしようか」

 厨房から出てきたメリューさんがそう言いながら、身体を震わせていた。

「厨房はやっぱり火を使っているから暖かいんですね?」

 でも今日のお客さんはそれなりに少なかった気がするけれど。

「寒くなると、寒冷地はなかなか外に出たがらないのよ。そうすると売上にダイレクトに直撃するからこっちとしても何か対策を取らないといけないのだけれど……。そうだ、宅配でもやってみる? この前一度だけやったことあったよね、ヒリュウさんにプリンアラモード持って行ったんだっけ?」
「ありましたね、そんなこと……。もう遙か昔のことにすら思えてきますよ」

 実際、それぐらい年月が経過しているのだろうけれど。

「行きたくない?」
「寒くなければ、何処でも」
「冬服のコート出したげるからさ、行ってきてよ」
「断る」
「手当弾むから」
「……ぐっ」

 ちょっとだけ行きたい方向に傾いたけれど、でもここで傾ききったら負けだ。

「良いじゃん、ケイタ。手当弾んでくれるんだし」

 メリューさんへの助け船を出したのは、まさかのサクラだった。
 いや、お前さっき寒いって言っていたじゃん……。

「確かに寒いところは嫌だけれどさ、ギブアンドテイクという奴だよ。手当を出してくれるのなら、デメリットは十分に賄いきれると思うけれど」

 寒冷地に出ることはデメリットだというのは、否定しないんだな……。

「じゃあ、決まり! いやー、実はね毎週来てくれているハンターのお客さん居るでしょう? あの人、今週未だ来ていないんだよね。あの国って雪国だから、もしかしたら凍死しているかもしれないし、ちょっと様子を見てきてくれないかな? って思っていたのよね」

 何だ。
 もう最初から決まっていたことなんじゃないか……。俺はそんなことを心の中で呟きながら、メリューさんからの指示を聞くこととするのだった。


   ◇◇◇


 さて。
 これからは冬支度をしなければならない。
 ボルケイノのバックヤードには冬服が大量に保管されていた――一体誰が持ってきたのか分からないけれど、それについては触れない方が良さそうだ。サイズもちょうど良いコートがあったのでそれを着用することとする。

「ケイタ、サクラ」

 声を掛けたのは、魔女であるリーサだった。
 何だか台詞を喋ったのも、随分と久しぶりのような……。

「寒いなら、これを持って行って」

 そう言って手渡してきたのは、白い石だった。これは一体? ま、リーサが渡すぐらいだからただの石ではないと思うのだが。

「それを握ると、身体が暖まるよ。中に火の魔法を込めておいたから」

 カイロをまさかこんなファンタジー全開の世界観で手に入れることが出来るとは、流石に思いもしなかった。

「……どうしたの? 要らないなら良いけれど」
「いやいや、要りますよ要ります! 絶対に使わないと死んじゃうだろ、どれぐらい寒いのか知らないけれど……」

 少なくとも極寒の世界だったら、先ずスカートを履いているサクラは死ぬと思う。
 何か防寒具を付けてあげた方が良いのでは?

「そう言うと思って、もう一つ」

 サクラに渡したのは黒い石だった。色違いってだけじゃなさそうだな。

「これをどうするの? 握れば良いのかな?」

 サクラは石を握ると、一気に笑顔に変わった。正確には、震えが止まった――とでも言えば良いのかな。

「おお……、凄い。凄いよ、リーサちゃん。これなら雪国だってこれで行けるね!」

 いや、あのー……こっちにも分かりやすく説明してくれないと困るんだけれど。

「これ、握ると足を暖めてくれる。正確には、火の魔法で出来る温風の膜が出来るとでも言えば良いのかもしれないけれど。メカニズムについては説明した方が良い?」

 いや、魔法のことをあーだこーだ言われてもシンプルに理解出来ないから、良いよこのままで。
 それにしてもいつの間にこんなアイテム作っていたんだか。もしかして最初から俺達を寒い場所に行かせるつもりでメリューさんが考えていたとか? だとしたら後で問い詰めてやる。

「おっ、準備出来ているようだな。こっちも万端だから」

 フロアに戻るとメリューさんが既に料理の入った袋を準備してくれていた。

「場所は袋に入っているメモを見てね。じゃ、ヨロシク。代金もそこに書いてあるから。ないと思うけれど踏み倒すつもりなら一生追い詰めると言ってやれ」

 何の武器も持たない人間にそれを言わせるつもりですか?
 とまあ、そんなことを長々と言っても致し方ないので、取り敢えず扉の前へと向かう。
 この扉は、数多の異世界とこのお店を繋ぐワープホール。
 誰が開発したのかも、どういうメカニズムなのかも分からないから、これが壊れた時にはボルケイノは終わりを迎えることになるし、俺も元の世界に戻れなくなる。……正直、そんなことはあって欲しくないので、考えたくないのだが。

「それじゃあ――行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 扉を開ける。
 そして、俺達は見知らぬ異世界へと向かうために――一歩足を踏み入れた。


 ◇◇◇


 扉を開けると、そこは雪国だった。
 そんな古典文学的スタートを決めたところで、寒さが軽減されることはありゃしないのだ。

「ううう……寒い……」

 コートを着ただけではこの寒さを軽減することは出来ない――一瞬でそれを判断することが出来たので、ビンタされることはなさそうだ。

「ケイタ、寒いならこれあげよっか? 一応もう一つ貰っといたんだけれど」

 サクラが助け舟を出してくれたので、有り難くそれを受け入れることとした。だって寒いし。ここで痩せ我慢したら命の火が燃え尽きる。
 はてさて。
 初めてやって来たこの世界だが――雪国であることは間違いなさそうだ。今俺達が出て来たのは森の中にある小さな聖堂の扉だった。ボルケイノへと繋がる扉には『適性』があるらしく――該当するのがこの聖堂の扉だった、ということなのだろう。
 因みに、ボルケイノへと繋がる扉の条件、その一つとして挙げられるのは――『ボルケイノに繋がっていることを事前に確認出来ない』ことらしい。要するに、この聖堂が廃墟と化していてガラスが割られていて、そこから中へ侵入することが出来るとしよう。そうしたら、窓から入れる聖堂と扉から入れるボルケイノがイコールではないことが分かってしまう。
 それはボルケイノにとっては良くないことらしく――かといってそれがバレたところで大抵の人間は口が硬い。だからボルケイノの存在が広く知れ渡ることもない。……ま、たまにルポライターはやって来るけれどね。

「ケイタ、取り敢えず街に出ようよ。……地図は貰っているんでしょう?」

 サクラはスカートを履いていて俺より寒そうな格好をしているにも関わらず、元気そうだな。
 しかし、そこについては全面的に同意する。俺はミッションをクリアしなければ、ボルケイノへと戻ることは出来ないのだ。さながら、クエスト型のロールプレイだな……。

「ええと、マップはね……、確かこの森を抜ければ城塞都市があるんだったかな? その城塞都市の防衛組織の団長が……今回の依頼人、だったかな」
「要するにリーダーだからなかなかボルケイノには行けない、って訳ね……。別に良いんだけれどね、出前したら追加料金取るんでしょう?」

 どうだかな。
 その辺りメリューさんは気にしていないと思うけれど。今回だってお金を貰えたら文字通り儲けもんぐらいにしか思っていないかもしれないぞ。タダ働きで終わる危険性も十二分に有り得るな。

「……それだとしたら最悪ね。或いは私達を全面的に信頼してくれているのかもしれないけれど。言語も分からないのに、どうやって交渉すれば良いのよ?」

 あれ? そこについて今更言及する?
 一度、プリンアラモードを宅配しに行った時にどうやったか覚えていないのか――まあ、あれも遠い過去だ。そこについては長々となってしまうので、何処かで該当話を読んでおいてもらいたい。
 俺は付けられている蝶ネクタイを、分かりやすく指差した。

「……それ? それが何になるって言うの?」
「サクラのメイド服には何処についているのかは分からないけれどさ、異世界と交流するってのはそう簡単なことじゃないだろう? だから、これには魔法が込められているんだってさ。小難しいことを取っ払って、現代技術で再現するならば……これは翻訳機って訳。耳に入った言葉を自動的に翻訳してくれて、こっちが言う言葉も自動的に翻訳してくれる……って訳だよ」

 細かいことは分からない。技術については、魔法で片付けてしまえば良い。……けれども、流石に全部の異世界の言語はこれで翻訳出来ないかもしれないし、そこについては大昔にメリューさんが保険を掛けていたと思うけれどね。

「え? そうなの? ……それ、初耳なんだけれど。それとも就職の時に言っていたかなぁ……」
「メリューさんは意外と言っていた気がする、で片付けてしまうところがあるし……。分からないところはガンガン聞いておかないと。別に二度目以降同じことを聞くな、なんて言わないから安心しろよ」
「そっかー……、じゃあもう少しは気を抜いて頑張るしかないね。ところで、森は何処から抜ければ良いのかしら?」
「いやいや、何を言っているんだよ。そんな迷いの森とか不思議のダンジョンに迷い込んだ訳じゃあるまいし――」

 俺はサクラの言葉を聞いて、顔を上げる。
 すると、そこに広がっていたのは――森だった。
 木が等間隔に並べられていて、雪が降り積もっていて、人が通った轍が見当たらない。

「……これ、迷子か……?」
「ケイタ、それ今一番言ってはいけない台詞よ……。例えそれが真実であったとしても」

 真実なら、別に無理して我慢する必要もないだろう?
 それに、俺としてもこの事実は客観的に評価したところで何も変化がないことぐらいは、とうのとっくに分かっていることだし。

「兎に角、何か手がかりを見つけないと抜け出せないというか……」
「そこに居るのは誰だ!」

 いきなりそんな声を掛けられてしまったので、立ち止まってしまった。
 いや、正確には動きが取れなくなった――とでも言えば良いだろうか?

「聞いている。そこに居るのは誰だ――と」

 振り返ると、そこに立っていたのは鎧に身を包んだ兵士だった。金属の鎧なら、こんな寒い環境に置かれているときっと身体も寒いのだろうけれど、身震い一つ見せていないのは流石だと思う。きっと俺なら震えが止まらなくて何も出来ない気がするし……。

「あ、えーと……城塞都市の防衛組織? 騎士団? の団長に用事があって」
「ドラゴン団長に?」

 そうそう、そういう名前の。

「これなんですけれど……」

 そう言って俺は紙切れを手渡す。それはメリューさんが、そちらの世界で何かあったときに手渡すように言われたものだ。まさかこんなに早く役立つときが訪れるとは、流石に予想していなかったけれど。

「……団長の行きつけの店があることは聞いていたが。分かった、案内することにしよう。団長の客人ならば、丁重にもてなさなければなるまいて」

 ……話が早くて助かるよ。
 俺はそんなことを心の中で呟きながら、その兵士に従うこととするのだった。


つづく。

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