母を訪ねて何千里?・2 (メニュー:力うどん)
扉の向こうにあったのは廃墟だった。
廃墟と一言で片付けてしまうのはなかなか簡単ではあったかもしれないけれど、しかし少女の世界が荒廃していることを一言で片付ける訳にもいかない。
それに、今回もちゃんとした任務がある訳で。
「……良くこの扉を通ってみようと思ったね?」
言ったのはシュテンだった。シュテンの言う通り、ボルケイノへと繋がる扉は、穴こそ開いていないものの傷が大量に付いていて、とてもこの先にある施設が平穏無事であるようには感じられない。レンガ造りの建物の――三階以上の建物だったと推測されるが、そこより上は完全に吹き飛んでいる――入り口にその扉が備え付けられている。
「別に私だって、この先にあんな綺麗なお店があるなんて想像していなかったよ。……ただ逃げたかっただけだもん」
「逃げたかっただけ――か」
それは、紛れもない本心だろう。
戦争の荒廃に恐れをなした人々がどうするかというと、最終的には逃亡を図る。
逃亡すら図れなくなる――つまり絶体絶命のピンチになってしまったならば、当たって砕けろという言葉が似合うような動きを見せてしまうことだって十二分に有り得ることかもしれないが、しかし実際、その考えに辿り着くことはなかなか出会さないことだろう。
回りくどい言い回しにもなってしまうが、それを幼い少女に押しつけてしまうぐらいに、この世界は衰退しきっている。
「衰退、というよりかは滅亡という単語が正しいのかな……」
「?」
少女は、俺がいきなり呟いたその言葉の真意を理解していない様子だった。
まあ、それもまた致し方ない。
しかし、ボルケイノで働いていると飽きが来ない。色んな異世界で色んな出来事が起きていて、ある時はそれに干渉することもあるのだけれど、干渉したからって何かが変わる訳でもない。こないだの国を救ったことだって、あれもまた最良のパターンを突き進んだだけに過ぎないのだから。
「ねえ、どちらに向かえば良い?」
シュテンはずっとあちらこちらを見ていたが、それでも全然結論が付かなかったためか、こちらに質問を投げてきた。
或いは匙を投げたと言えるのかもしれないけれど。
「どちらに向かおうったって、この世界の地図を持っている訳じゃないからな……」
廃墟と化した街に、何か良いアイディアがあるのなら話は別だけれど。
「……何、あんた達そういうものも持ち合わせないで異世界にやって来ていたの?」
深い溜息を吐いてそう言ったのは、リーサだった。
リーサは魔女だ。もしかしたら魔法を使えばどうにかなるのかもしれない。
「俺はお前みたいに魔法を使うことは出来ないからな。それとも、魔法ならどうにかなるっていうのか?」
「魔法を何だと思っているのよ。……まあ、出来るけれど」
出来るんかい。
明らかに最初は出来ないような言い回しをしていなかったか?
リーサは杖を振りかざす。すると、光の線が浮かび上がってくる。それは一本だけではなく、二本三本と続々と出てきて、やがて一つの正方形を作り出した。
しかし、これを見ただけではピンと来ないな。
くそっ、こういう時こそスマートフォンで撮影すれば……。
「ここは恐らく城から三つ四つ山を越えた小さな集落のようね。ねえ、あなた……お母さんは何処に行ったかは分かる?」
それが分からないから、俺達に頼っているのでは?
「見れば分かるでしょう。この街も、燃えてしまったの」
燃えた、というのは文字通りの意味だろう。
それが魔法によるものか科学によるものなのかは置いておくとして。
「燃えてしまったということは、人もか?」
「いや、違うの……。私達は地下に逃げたんだけれど」
「防空壕か」
「ぼうく……えっと、分からないけれど、多分そうなの」
あ、防空壕はこちらの世界の単語だったか。
だったら別に気にすることはない、続けてくれ。
「でも、人は逃げたはずだろ? だったらもっと人の気配があっても良いような……」
「この街には住めない――そう言って、皆散り散りに逃げたよ。残ったのは身寄りがない子供達と、瓦礫の街並み」
何とも凄惨な事実だった。
瓦礫と化した街並みであったとしても、ここに住んでいた人間にとっては思い出が詰まった空間であることには変わりない。
しかし自分達の危機的状況から脱するためには、ここから逃げ出すのも得策だと言えるだろう。永遠に帰ってこないと決意するのか、いつか帰ってくると決意するのかは分からないが。
「……その子供達っていうのは、いったい何処に居るんだ? 地下にアジトでも構えているのか?」
シュテンは時折核心を突く質問をする――俺はそう思った。しかし、話を回していく上ではこういう存在が居ないと困るのもまた事実。どちらかと言うとシュテンは野生の勘みたいな何かで話を進めているような気配はするけれど。
「……そこ」
少女が指差したその先には、建物があった。
破壊され尽くした街並みにただ一つ残された、三階建ぐらいの立派な建物だった。
「……あれは?」
「修道院、って言うんだって。私もここが壊される前はお母さんと一緒にご飯を食べに行ったことがあるけれど……、今はそこの人と残された、私みたいに何処に行けば良いのか分からない子供だけが居るの」
「…………向かってみようか」
先ずは情報収集だ。
俺はそういう方針を頭の中でイメージしながら、街の中心にある修道院へと向かうのだった。
◇◇◇
修道院は荒れ果てていた。
とはいえ、破壊の限りを尽くしていた他の建物と比べればその差は歴然だ。雲泥の差と言っても差し支えない。
入り口の前には、一人の女性が箒を使って掃除をしている様子だった。
にしても久しぶりに人を見たような気がする。少女の言う通り、本当にこの国には人が居ないのかもしれない。
「あの、少し宜しいですか?」
「はい。……って、え? 良いですけれど」
シスターのようだった。修道服を身にまとっている。もしかしたら、何人かシスターが居るのだろうか。居なくても別にこの世界の情報と、少女の母親に関する手がかりがあればそれで良いのだけれど。
「ところでどうしてここに……? ここは何もない場所ですが……」
「いや、実はちょっと情報を仕入れに……」
「ケイタ。ここで立ち話をするのも何だし、中で話して貰えるように交渉したら?」
それを隠さずに言うかね。魔女さんは常識を持っていないのか、持っている常識が違うものなのか分からないけれど……。
「すいません。中でお話を伺っても構いませんか?」
初対面の相手には最大限丁寧に話を進めなければならない。
それは別に知り合いは雑に扱えとかそういう類いの話を言いたいのではなく、どちらかというとそれぐらい丁寧に人と接するべきだということでもある。
「ええ、構いませんよ。……でも、何もありませんけれど」
ああ、それなら問題ないです。
一応、ティーセットぐらいは用意していますから。
そういう訳で、俺達は修道院にお邪魔することにした。
◇◇◇
メリューさんが開発したのかどうかは定かではないけれど、ボルケイノが出前をするときに使うバッグは特別だ。何故なら、外面の大きさから考えると入るだろうと予測出来る見積もり以上に物が入るからだ。
分かりやすく言えば、四次元ポケットみたいな?
「にしても、何でも入っているのですね、そのバッグには……」
テーブルの上にはテーブルクロスを敷いて、その上にティーカップを置いた。きちんとソーサーの上に置いているから安心してくれ。そういやこの世界にはソーサーで紅茶を冷やす文化はきっとないだろうな……。これだって異世界によっては存在しない文化だったりするのだ。俺の世界ではとっくに廃れてしまった文化だと記憶しているけれど、意外にも異世界では未だ主流だったりする。時間の流れは同じのはずなんだけれどな。
「何でもは入っていないよ、用意している分だけだ」
「……? そうですか。でもこれだけ用意されていれば十分かと……」
ティーポッドにお湯を注ぐ。当たり前だけれど既に茶葉は入っているし、茶葉を直接入れているのではなく紙パックに入れている。こうすることで茶葉がカップに流れることはないしな。ただまあ、紙パックの味が移るんじゃないかっていう懸念はあるけれど、そこまで気にすることもない。
テーブルの上にお皿を置く。そしてそこには三種類のクッキーを置いた。チョコレートのクッキーと、バタークッキーと、バタークッキーの真ん中にゼリーを載せた変わり種の三つ。
これはもしかしたらこういうことがあるかもしれない、というメリューさんの気遣いからか――と言われると答えは否だ。正確には長い間移動していたら疲れるだろうから休憩の時に食べなさい、と言われたものだ。要するにおやつって奴だな。
しかし、これは功を奏していて――。
「わあっ、お菓子だ! お菓子! 食べて良い? 食べて良いよね!」
……修道院という時点で予想はしていたけれど、ここには大勢の子供が居た。
少女も言っていたけれど、災害によって焼けた街に残された子供達がここで育てられているのだろう。言うなれば孤児院の役割を担っていると言えるだろう。
しかし、修道院だって善意で続けるにも限界があるだろう。どんなものにもお金はかかる。どうやって経営しているのかは気になるけれど、それを子供の前で話すのはお門違いだ。
未だこの子達には夢を見て貰いたいからね。
「……で、ここにやって来た理由は……」
「この女の子の母親を探しています。実は、この子一人でうちにやって来たんですよ」
俺がリードして話を進める。考えて欲しいが、魔女と鬼の二人に話術が得意であるかと言ったところで、きっとそれは予想通りの結論を導いてしまうことになるだろう。だったら、最初から俺が話を進めるしかない。
「母親、ですか……。しかし、この街には両親を亡くした子供が大量に居ます。彼らみたいに両親を失っている可能性は――」
「それが、ないって言うんですよ。何処かに行ってしまったんじゃないか、って。ここで災害が起きた直前或いは直後でそう言った話を聞いたことはありませんか?」
因みに少女は今、修道院に居る子供達と一緒に遊んでいる。こういった話には関わらない方が良いし、耳に入れない方が衛生的に良い。
「つまりあなたは人身売買の可能性を疑っている、と?」
「ないとは言い切れないでしょうね。我々は料理店を経営していますけれど、そういった世情には疎いもので。もしかしたらシスターのあなたなら知っているかもしれない、そう思って話を持ちかけた次第なんですけれど」
シスターは意外と情報通であることが多い。それはメリューさんから聞いたデータに過ぎないことだったけれど、それに従うしかないのもまた事実。
正確にはそのデータに縋ることしか、今の俺達には手が残されていないとでも言えば良いのかもしれないけれど。
「……そうですね。ちょっと待っていてください。私が書いている日記に、もしかしたらそこについて記載があるかもしれないので」
「日記ってプライベートなことが多く書かれていると思いますが、見ても構わないんですか?」
「あなた達には悪意が感じられませんから。では少々お待ちくださいね」
そう言ってシスターは立ち上がると、修道院の奥へと足早に去って行った。
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