砂漠の国の女王様 (メニュー:トマトの冷製パスタ)


 ドラゴンメイド喫茶、ボルケイノ。
 あらゆる世界に干渉出来る第666次元軸に存在するこの店……って、この説明も久しぶりな気がするけれど?

「久しぶりかどうかはこちらが決める話だ。……それはそれとして、サクラは?」
「サクラ? ……あー、そういや今日は休むって言っていたかな。あいつも忙しいんだよな、生徒会なんかに入っちゃったから」
「生徒会? それは一体何だ。自警団みたいなものか?」

 間違っているような、合っているような。
 正確には、生徒会をどう説明すれば納得してもらえるものか……。確かに生徒が自主的に活動するための組織みたいなものだけれど、権力がある訳でもないからな。各部活動の予算を制定出来るのは生徒会だけれど、最終承認は校長であるのは間違いないし。そう言ってしまうと、あれか――先生と生徒の間に存在する中間管理職的な?

「うーん、何と言えば良いのか簡単に思いつかないのが申し訳ないけれど……、自警団よりは立場が低いのは間違いないかな。別に警護が必要って訳でもないし」

 そこまで治安が悪い訳ではないからな。
 治安が悪かったとしても、子供がどうこうするぐらいでは解決しないのが大半だ。

「……で、サクラはその生徒会に入って何をしている?」
「そう言われても俺も詳しく聞いた訳ではないし……。会計とかその辺りの仕事をしているんじゃないか、多分」
「会計?」
「要するに、予算を決める役割だよ。生徒会の予算だけではなく、学校に存在する部活動の予算も見極めなくちゃいけないし。各部活動にも会計は居るけれど、専門職じゃないから計算が間違っているとか過大請求していることも多々あるらしい」
「……何だか良く分からないが、大変なことだけは分かる……」

 メリューさんも苦労人らしいから、その辺りは理解してもらえるみたいだ。それはそれで話が早いし、とても助かるのだけれどね。
 はてさて。
 こんな話が出来るぐらいなのだから、ボルケイノは今日も暇である。
 別に毎日来ても来なくてもきちんと給料は出してくれる――一応有給という扱いらしい。どれだけ有給があるのか考えたこともない――ので、とても有難い。
 何が一番かと言われれば、自分の住む世界と時間感覚が完全に違うことだ。こちらの世界でどれだけ過ごしたとしても、あちらの世界では数時間にしかならない。夕方の数時間に一週間分泊まり込みで仕事、なんてバグか何かと言われてもおかしくないぐらい変なことだって実現出来る。
 因みに何処から手に入れているのか、きちんとこちらの世界の通貨で支給してくれている。まあ、たまにその世界からも客はやってくるし、その外貨を保管しているのかもしれない。
 ボルケイノはお金の流れも不透明だ――こう言うと、ちょっと怪しいお店になってしまうけれどね。
 カランコロン、と扉に取り付けられている鈴の音が聞こえて、俺の思考は中断させられた。
 それは、紛れもなく来客の合図だ。
 何故なら、その扉を介してあらゆる異世界と接続されているから。じゃあ何時でも入れるのかと言われるとそうでもなくて、何かしらの条件があるらしい。細かい話は覚えていないけれどね。
 入ってきたのは、白いドレスを身に纏った女性だった。質素なドレスではあるけれど、首や手首には宝石のついた綺麗なネックレスなどがついている。
 もしかして、何処かしらの国の貴族か?
 というか、顔が赤い。ふらふらしながら歩いているように見える。
 扉の隙間から一瞬だけ外が見えたが、砂漠だったな、明らかに。直射日光が凄いことになっていた気がする。
 因みに、ボルケイノにはカウンター以外も席がある。丸形のテーブルに四つ椅子が外側に等間隔で設置している。椅子は木で出来た固めの椅子だけれど、クッションは置いてあるのでそこまでお尻が痛くなることはない。
 何故言及しなかったのか、って? する必要がないからだ――何故なら常連さんも大抵の新規客も、カウンターを利用することが大半だ。そんなに混雑しないからな、この店は。カウンターがいっぱいになることは、それほど多くはない。一年で両手で数えるぐらいあるかないか、それぐらいだ。
 一先ず、グラスに水を注ぐことにする。ボルケイノの裏庭には井戸が引いてある。水源は何処なんだよ、と言われたらそれまでだけれど、第666次元軸はそんな些末なことなんて気にしなくて良いのだ。
 問題は水の話だから、水源についてはこれ以上言及する必要はないとして、ただの水を出すのもちょっと味気ない。だから、ピッチャーに水を入れるときは必ず柑橘系の果実を入れるようにしている。香り付けが一番の理由だったかな、確か。俺の居た世界でもレモンを入れている水はあったし、それと同じ理屈だと思う。
 水の入ったグラスを、お客さんの前に置く。
 お客さんはにこりと笑みを浮かべ、ありがとう、と呟いた。
 そして水を一気に飲むと、ちょっとだけ顔色が良くなった気がする。
 即座に持っていたピッチャーから水を補給する。予想はしていたからね。因みにメリューさんの指示で少しだけ塩を入れてある。
 紛れもなく、あれは熱中症の初期症状だ。
 だからこそ、食べる物は何が良いかが難しい。食欲がないとしても、食べられる物を用意せねばならないし、それを判断することがなかなか難しいからだ。ヒアリングをすれば少しは掴めるのかもしれないが……。

「ケイタ、ちょっと」

 珍しくティアさんが俺を手招きしている。メリューさんはなかなかキッチンから出てくることはないけれど、こうやって他人に手招きさせるとは、余程難しいのだろうか?
 とまあ、そんなことを考えたって意味はないので、ティアさんの言うとおりにキッチンへ向かうことにしたのだった。


 ◇◇◇


 キッチンに足を運ぶと、既に三種類の料理が並べられていた。お皿に盛り付けられた料理はどれも味付けが濃そうだ。色味が濃いだけで味付けも濃いなんて決めつけられないけれど、それでも味付けが濃いだろうと決めつけたのは、理由があった。

「やっぱり塩気が足りないんですかね?」
「おっ、そこに目が行くとは流石だねえ。伊達に長年喫茶店のウェイターをしていないか」

 それは馬鹿にしている? いやいや、そんな訳があるまい。メリューさんなりの褒めってところだろう。
 しかして、先ずはこの料理について説明をしてもらいたいところだけれど……。

「あの症状からするに熱射病の類いだと思う。熱射病というのは、重症になってしまうと簡単に死んでしまう……非常に厄介な病気だ」

 熱射病――高温多湿の環境に長く置かれたことから、体温の調節が十分に出来なくなって起こる病気……だったかな? 保健の授業で習った記憶がある。
 その主な症状としてあげられるのは、体温の著しい上昇だろう。
 それからさらに発展すると、頭痛や目眩、はたまた意識障害なども現れることがあるという。
 今のお客さんも、そういう症状を抱えている、と?

「水を大量に飲んでいただろう? あれはあれで良いように思えるかもしれないが……、残念な対策ではある。何故だか分かるか? 人間の汗というのは、ミネラルと水で出来ているからだ」

 ミネラルという概念は異世界でも通用するらしい――余程科学技術が発展していない世界ならば、それも通用しないかもしれないが、少なくともこの第666次元軸では通用する。だから、メリューさんもそれに関する知識を身につけている、という訳だ。

「では、ミネラルを補給するには?」
「やはり、一番簡単にそれが可能になるのは塩分かな。塩にはミネラルが豊富に含まれているよ。だからこそ、簡単に補給しやすく様々な調理法が開発されている。……それを体現してみたのだけれど、何だか上手くいかなくてねえ」
「そうですか? 見た目は結構よさげですけれど……。それぞれどんな料理なのか、というのを教えてもらうことは」
「それは嫌だね。何故なら、どんな料理か分からないが美味しそう、をモットーにしているからだ。分かるだろう? それについては」
「まあ、確かに……」

 ボルケイノは、お客さんが一番食べたい料理を提供する――それがモットーだ。故に、メニューは存在しない。たまに何も知らずに入ってくる一見さんで、メニューを持ってきて欲しいと言うお客さんも居るけれど、毎回お断りをしている。
 お断りというよりかは、このお店の紹介――とでも言えば良いか。
 で、大抵紹介すると、それで納得してくれるのが落ちだったりする。落ちというか納得してくれないと困るところもあるのだけれど、まあ、それはそれ。

「じゃあ、料理ですけれど……食べて感想を言えば良い、ということですか? それでどれが一番良いかを選択する、と?」
「そうだよ。そして、それによって何を提供するかが決まるから」

 責任重大じゃないか。
 それによって何かダメージがあったとしても、俺は何にも責任取れないけれど?

「別に責任を取れなどとは一言も言っていないけれどな? まあ、ケイタが勝手に責任を取ってくれるのなら、止めはしないが」
「そんなこと、する訳ないでしょう。俺はただの学生ですよ? 金銭面で責任なんて先ず取れません」
「はっはっは、冗談だよ。私がそんなことさせるとでも思っているのか?」

 ……少しは疑いましたよ、少しだけ。

「まあ、たとえ失敗したとしても……、それはケイタが悪い話ではないよ。私がお客さんを満足させられなかった……、ただそれだけのことだ」

 いや、まあ。
 そうなのかもしれないが……。

「ま、とにかく食べてくれ。どれもこれも美味しいのは間違いないよ。後は、どれだけ満足出来るか、それに尽きるかな……」

 さて。
 そう言われてしまったからには、さっさと料理を食べてどれが良いかチョイスしなければならない。きっとお客さんもお腹を空かしていることだろう。であるならば、これ以上の余計な時間を掛ける必要はない。
 一つ目の料理は、黒かった。黒いドロドロとした液体の中に、具材が混ざっている。完全に沈みきっていないところや山形になっているところを見ると、その下には何かしらの食材で山が形成されているのだろう。
 一言で言えばカレー、またはハヤシライスが近いかもしれない。
 スプーンで掬うと、予想通りルーの下に広がっているライスも掬うことが出来た。少し固めなのが玉に瑕だが、それはそれで悪くない。
 一口頬張ると、スパイスの芳醇な香りが口の中に広がった。塩気も確かに感じるけれど、スパイスが主役という感じがする。しかしこれだけスパイスが主張してきておいて、それぞれの味が喧嘩をしていない、寧ろ一つに纏まっているのもまた凄い。アタッカーではあるけれどディフェンスも問題なしみたいな感じと言えば良いだろうか……、伝わりづらいかもしれないけれど。

「どうだ?」
「……結構スパイシーというか、辛くはないんですけれどがつんと来るというか……」
「良いか悪いかで言えば?」
「俺は好きですけれど、食べる相手のことを考えると……」

 そう。今回のお客さんは――女性だ。
 もしかしたら、辛いのが苦手かもしれない――そう考えると、諸手を挙げて辛いものを勧めることは難しい。

「じゃあ、次はどうだ? 辛く作った訳ではないから、次とその次なら、食べられると思うぞ。勿論、味には好みがあるが、一応お客さんが全て食べることの出来る料理を作っているし、そこに関しては全く疑っていないのだけれどね」

 それもそうか――ってあれ? ということは、今俺が食べ比べしている意味は何だ? まあ、もうランチタイムに近いから、別に良いのだけれど……。
 と、そんなことを考えながら、俺は残りの二つを食べることにするのだった。
 何をお客さんに提供するかは――実際に提供されるまでのお楽しみ、としておこう。


 ◇◇◇


 はてさて、俺は何を選んだと思う?

「お待たせ致しました」

 お客さんの目の前に、お皿を置く。因みにお客さんはここまでに三杯ほど水を飲み干している。余程喉が渇いていたのだろうし、そこをどうこう言う筋合いもない。というか、そこまでの喉の渇きなら、脱水症状の一つや二つ、出ていたかもしれないな。
 さて、俺が選んだメニューはというと……。

「これ……は、麺類……?」

 水分を取っているとはいえ、未だ頭がふらついている様子だ。まあ、仕方ないかもしれない。熱中症を予防するためには水分だけではなく塩分やミネラルも確保しなければならない、というのは結構な常識であるし。

「……あの、これは、どう食べれば……?」
「別に、どう食べて頂いても問題ありませんよ。食べるルールなんてもんは、ボルケイノには存在しませんから」
「そうですか……。それなら」

 そう言って、フォークを手に取るお客さん。
 フォークを使う文化はあるようで良かった。
 もしくは、見た目でそれとなく使い方を気付いたのかな?
 そうして、お客さんはパスタをフォークの上に載せると、何とか口にそれを運んだ。

「……しょっぱい、ですね」

 ファースト・インプレッションは塩気だったようだ。
 しかし、それは寧ろ好都合と言えるだろう……。何故なら、お客さんが一番欲しい成分こそ、塩分だからだ。
 熱中症になった人間に必要な物は、二つある。
 それは水分と、塩分だ。
 ミネラルもあるけれど、それが手に入らない場合は、塩分だな。まあ、塩分もミネラルが多分に含まれているらしいけれど。

「しょっぱい、ですか」
「ええ、しょっぱいです。けれど……、美味しい」

 塩味の中にも、美味しさはある。
 メリューさんの作る料理の中では、塩分は強い方だと思う。
 メリューさんもそこは意識して多めに塩を入れた??と言っていたし。

「しょっぱい以外に……味はありませんか?」
「味……。ええと、とても爽やかな味がする、かも」

 最初は疑問を浮かべていたようだけれど、しかし美味しいと分かったからか、休む暇なくパスタを口に運んでいく。がっついていないのは、やはり何処かの王族なのだろうか? 丁寧なマナーを持っているのは、王族なり貴族なりが多いらしい。あくまでも、異世界だけの常識だけれど。

「良かった、こんなに美味しい料理を食べることが出来て。……実のところ、私は心配していたのです」

 心配?
 まあ、しても仕方はないかな……。何せ、どういう外観は知らないけれど、明らかに料理店があるような環境ではないところの扉を開けたら、まさかの料理店が入っていた――ってことなのだから。
 どんな料理が出されるか分かった物ではない、などと思うのはある意味致し方ないことなのかもしれないな。

「死ぬかもしれない、というときに……こんなお店を見つけて、食べた料理が美味しくて、生きていることを実感する……。それはほんとうに素晴らしいことだと、思うのです」
「それは、もう……」

 有難い言葉だ。
 きっとメリューさんが聞いていりゃ、料理人冥利に尽きると思うのかもしれないけれど。
 どうしよう、シェフ、呼んどく?

「私は、王国の……まあ、良いでしょう。ここが、私の知っている世界とは何処か違う世界であることは、何となく理解していますから」
「……分かりますか?」
「ええ、理解していますよ。ここは、とても良いところです。落ち着きます……。どういう仕組みでここに繋がっていたのかは分かりませんけれど」

 それは、俺も説明は出来ないかな。
 仕組みは実は誰にも分からない……はずだ。
 もしかしたら、あまり多くは語らないティアぐらいは、知っているのかもしれないけれどね。

「回復したようで、良かったわね」

 あら、メリューさん。
 珍しくカウンターに姿を見せてきた。基本的にお客さんとの応対中は、決して表には出てこないはずなのにね。

「流石に私だって心配はしていたからね? 熱中症で倒れられちゃ困るし……」
「そうですか。お気に召したようですよ、今回の料理。……ええと、何でしたっけ?」
「冷製パスタ?」

 ああ、そう、それそれ。
 メリューさんもほんとうに何でも作れるよな……。驚きだよ、作れない料理なんて、何一つとして存在しないのではないだろうか?

「それは言い過ぎだな。幾ら私でも、完璧ではない。作れない料理だって、作りたくない料理だってあるさ」

 作れないのは分かるけれど、作りたくない……?
 いったいどういう意味なのだろうか。メリューさんの過去はあんまり聞いたことないし、質問しても教えてはくれないのだけれど、存外それが絡んでいるのだろうか。
 まあ、些末なことだ。
 そんなことを気にしていたって、別に何かが変わる訳ではないのだし。
 いつかは聞いてみたいところではあるけれどね。


 ◇◇◇


 後日談。
 またの名をエピローグとも言う。
 お客さんはあれから奇麗にパスタを食べ終えて、おまけのデザートも食べていった。デザートは……何だったっけな、確かティラミスだったと思う。エスプレッソもついてきていたけれど、流石にコーヒーは人を選ぶからなぁ。苦いので飲めないとは言っていたけれど、ティラミスを食べたら多少は舌が慣れたみたいだ。
 お金を置いて、お店の名前を聞いたお客さんは最後にぽつりと呟いた。

「……私の国にも、こんな料理店があれば良いのに」
「国?」
「私、これでも王様なんですよ。一国の主……というと、かなり立派なイメージはありますけれど、さしてそんなことはなくて……日々、鍛錬していますけれどね」

 ……どうしてうちって、王様とか貴族の心も掴んでしまうんだろうか?
 まあ、答えは分かっているんだけれどさ。
 その思考を締めくくるように、扉はゆっくりと閉まり――そして、世界との繋がりも切れた。


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