出張ドラゴンメイド喫茶、南の孤島支店・4 (メニュー:そうめんとチキンカレー)


 港には多くの船が滞在していた。ドックも設置されているところを見ると、かなり大きな港であることは間違いないようだった。

「……ここから何処へ向かうんだったっけ? 世界一周の旅?」
「それも悪くないけれどね。今回は仕事だ。だから、それを忘れてもらっては困るんだよな。……仕事が終わったら、幾らでも行ってもらって構わないがね。無論、自己責任で」
「自己責任、って……。そんなこと出来ないと分かっていて、言っていますよね? だとしたら、狡い考えだよな……」

 メリューさんはそういうところが一歩抜きん出ている、と言えば良いだろうか。
 或いは賢いし、常にこちらのことを考えている――などと言っても良いのだけれど。

「メリューさん、どの船に乗るんですか?」

 言ったのは、リーサだった。
 リーサはあまり喋ることはしない。口出ししたくない、といえばそれまでだけれど、魔女という存在はあんまりお喋りでもないようだった。
 魔女というのは、あまりに面倒臭い女性の代名詞だ――なんていうのは、何処かで聞いたことのある話だけれど、あれは確かフィクションの話だしな。

「リーサ。流石に今回は張り切っているようだね。……まあ、気持ちは分からなくもないけれどね。ボルケイノに居るだけじゃこんな場所に来れることもないのだし」
「そう? 張り切っているように見える?」

 見えるよ、思いっきり。
 それとも見えないとでも思っていたのか? だとしたら心外だな。

「まあまあ、良いじゃないの。それに……仲良くしておくことは良いことだと思わない?」

 メリューさんが口を挟んできたけれど、もしかして俺とリーサの会話が傍から見るとそんなにギスギスしているように見えたのだろうか?

「その通りではあるけれどね……。メリューさん、別に俺はボルケイノが悪いとは一言も言っていないし」
「あら、そう? だったら、それはそれで嬉しいけれどね」

 そう思ってくれているなら、問題ないかな。
 ともあれ、先ずは船だ――どんな船に乗るか聞いていないけれど、無人島に行くぐらいだしそんな大きい船でもなかろう……。

「ケイタ。何ぼけっと歩いているんだよ。何も考えずに歩いていたら、迷子になっちまうぞ?」
「迷子になりたくてなっている訳じゃないですよ……。え、メリューさん、もしかして」

 立ち止まった横には、大きな帆船がぷかぷかと浮いている。
 まさかとは思うが、これが?

「何を期待していたのかは知らないけれど……。これが私達が乗る船よ。既にもう主は乗り込んでいるらしいから、さっさと乗って挨拶をしてしまいましょう」

 そう言ってそそくさと乗船していくメリューさん。うん? もしかして俺が間違っているのだろうか……。何だかいきなり色々とありすぎて、ちょっと理解が追いついていない。

「ちょ、ちょっと待った、メリューさん……。正直、一体何が起きているのかさっぱり分からないのだけれど、説明をしてくれないかな?」
「……説明なんてしなくても分かりそうなものだけれどな、ケイタ。私は出発前にしっかりと説明をしたはずだが?」
「いや、したよ。したけれどね……、それでも百パーセント理解している訳ではないんだよね。だから、きっちりとタイミングに応じて説明をしてくれないと……」

 何でもかんでも理解している訳ではないし、メリューさんの心を読み解けるような凄い能力を持ち合わせている訳でもない――俺はただの人間なのだから。

「ケイタ。じゃあ、順を追って説明するけれど、この船の持ち主はこの世界でも有数の大金持ちだ。国を一つ買えてしまうぐらいの財力を持ち合わせているし、けれどもそれで驕ることはしない。だから、大金持ちであったとしてもそれを蔑むとか妬む人間はそれ程多くはない。――本人が居ないところで言うけれど、面白いものだよな」
「それ、絶対に本人が居ないところで言わないで下さいよ?」

 何処で地雷を踏むか、分かったものではないからな。

「嫌だなあ、ケイタ。……私がそんな地雷を踏むとでも思っているのか? だとしたら心外だし、私も舐められた物だね……」
「いや、別にメリューさんを信頼していない、って訳じゃないですけれど、メリューさん時折何しでかすか分かった物じゃない、っていうか」
「それを信頼していない、と言うのでは?」

 あれ、そうでしたっけ。
 信頼していない訳ではないんですから、別に良いじゃないですかと言いたいところだけれど、危なっかしいところがあることは確かだし、それを詰問したところでどうせ解決するのは程遠いのだから、別に言わぬが花といったところだろう。
 船に乗船し、甲板に立つ。
 まさか生きているうちにこういった木造帆船に乗り込むことになろうとは思いもしなかった……。そもそも、ボルケイノに居るからこういう体験を出来るのであって、仮に俺の住む世界でこれを体験しようとしたら、幾ら金を積んだところで出来ないのではないだろうか?

「何だ、甲板に立っただけで感動しているのか? 確かケイタの世界ではこういった船は最早衰退しているんだったっけ?」
「衰退というか、最早絶滅危惧種ですよ……。乗りたくても乗れやしない人が現れているぐらいには、乗る機会に恵まれません。というか、当然と言えば当然なんですけれどね。荒れ狂う海に耐えうる物を開発していく以上、木造帆船は耐久性に欠きますから」
「……お前、その木造帆船に乗っておいて、良く堂々と言えるよなあ。流石にその豪胆ぶりは見習いたくないな」
「そうですね、メリューさん。こいつはたまにこういったところがあるので」

 メリューさんとサクラが結託しているんだけれど、おかしなことを言ったつもりはないような気がする。
 それとも、無自覚って奴か。だとしたら、矯正しなくてはいけないものかね。

 ◇◇◇

 船は出航し、順調に目的地へと進んでいる。木造帆船であるから、モーターや発電機といった機械は積んでいない。つまりは、風の力で進むしかないということであり、凪になってしまったらどうするべきかなどと思ったりもするのだけれど、そんなことは考えなくて良いらしい。

「凪になったらどうするか、というのは簡単だ。風の力を借りれば良い。かつてはやってくる風をただ待っていただけに過ぎなかったのだが」
「借りる? 風を生み出すとかそういった感じか?」
「……ケイタ、お前も色んな異世界を巡ってきたから、それなりに知識は身についているはずだ。そうだろう?」

 そりゃあまあ。
 俺の世界で言うところのファンタジーな知識なら、沢山身についたと思う。使えるかどうかと言われると一切使えないけれど。

「使えるかどうかは分からない……。まあ、それはその通りかもしれないな。私だって色んな世界を往来こそしているが、それが役立つかと言われるとそれ程役立ちはしない。……そういうものだよな、知識というのは」
「ところで――その風を借りるというのはどういう意味合いなんだ? 正直理解し難いというか……」
「簡単に言えば、魔術みたいな物だよ。しかしこの世界には魔術そのものは存在しない。召喚術だとか、そっちに近いかな」

 召喚術――か。また違ったジャンルの術式が出てきたものだよな。しかし幾ら何でもこうも色々と出てくると頭がパンクしてしまいそうだ。ちょっとばかし親心とかないのか?

「ある訳なかろうが。何だと思っているんだ。……まあ、元居た世界でなかった技術を叩き込まれても困るというのは仕方ないだろう。同情はしないがね」
「ストレートに言ってきますね、相変わらず……。少しは慰めてくれても良いんですよ?」
「どうやって慰めろ、と? よもや膝枕をして子守歌でも歌って欲しいなどと宣うのかな? だとしたら全力で軽蔑するよ」

 誰もそんなことをして欲しいなどとは一言も言っていないんだよなあ……。メリューさんと話をしているとどうも暴走する傾向にあるのは否めない。
 船は順調に進んでいる。有難いことに、風が吹いているからだ。その向きが正解の風向きであるかどうかまでは、若干の部外者たる俺には判別出来なかったけれど、誰も慌てていないのだからきっとこれは正解の風向きなのだろう――俺はそう解釈するしかなかった。
 聞きたくても、やはり難しいところはある――異世界の人間というのは根底の価値観が違うから、こっちが問題ない考えでもあちらからしたら危険な考えというケースが殆どだ。
 そうなると、これはもう簡単に解決出来る話ではない。
 だからメリューさんは異世界の人間である俺とサクラを一人で外に出すことは殆どしない。したとしても、顔馴染みの常連に食べ物を届けに行くぐらいだ。それでも、多くの制約を課した状態で行くことになるから、異世界観光だなんて出来るはずもない。

「異世界は危険ですからね」
「うん? いきなりどうした、そんな分かり切った話をして」
「分かり切った話だったんですか……。でもまあ、その通りではありますけれどね。実際、異世界の価値観と俺達の価値観は相容れないことが多々ありますし、それを如何にして乗り越えるかというのが――」
「小難しく考えなくて良いんだよ、ケイタ。……私達の仕事は何だ?」
「……料理を届けること?」
「そ。だから、それで良いじゃない。私達がどうであれ、お客様はやってくる。どんな異世界とも繋がる、不思議な不思議な扉を介して。どんな危険思想を持とうが、誰だって腹は減る。そして美味しいご飯を食べれば、誰だって幸せな気分になるものさ。そうだろう?」
「確かに、それはそうですけれど……」
「まだ煮え切らない感じか? 自分の中で言葉を上手く解釈出来ていない状態? ま、それも分からなくはないがね。あんまり根詰めて考えなくても良い、ってことだよ。それは理解してもらいたいものだけれどね」


 ◇◇◇


 帆船は風の勢いで移動速度が左右される。
 見立てによると、無人島の到着は夜中になるかもしれない――ということで夕飯を作ることとなった。
 材料は船にある物を何でも使って良い、しかし何を作るかはリクエストを聞くこと。

「これまた難しいお題で……」

 何故なら、ボルケイノでそれが実現出来ていたのは特殊な環境だから――という一言で終わってしまう。
 ボルケイノには、異世界とも近いような異次元空間があり、そこに数多の食材を保管している。一度俺も中に入ったことがあるが、あれは中身を知っている人間じゃなければ入ることは出来ないだろう。
 現に俺も迷子になりかけた。
 冷蔵庫のような空間ではなくて良かった、と全力で思っていたけれど。

「リクエストは?」

 メリューさんは食材とにらめっこしながら、サクラに質問した。
 リクエストを聞くのはサクラの役目だ。

「ええと、力の付く料理が十五票、スパイスの効いた料理が十五票、するするとした麺が十五票です」
「……え、それだけ?」

 見事に三分割してしまったのか?
 三つ巴の戦いをしてもらうしかないのか、それは……。

「ええ、これだけですね」

 サクラもサクラで、そうさらりと言われてしまうとちょっと反応に困ってしまうな。

「メリューさん、どれか一つに絞りますか?」
「いや……力が付いて、スパイスが効いて、するするとした麺でしょう……。うん、これにしましょうか」
「え、まさか……」
「短時間で何処まで味を作ることが出来るかは分からないけれど……、やってみる価値はあるわね。さあ、腕が鳴るわよ!」

 そうして、メリューさんは料理作りに取りかかる。
 そうなるとあとはあっという間なので、アシスタントをサクラやリーサにお願いすることにして、俺はいつも通りウェイターの仕事に徹することとした――え、シュテンとウラは何をしているのか、って? あの二人なら、こんな場所でも本ばかり読んでいるティアさんを引っ張って甲板の端っこで夜釣りを楽しんでいるよ。釣れているかどうかは、ウェイターをしながら暇な時に確認してみることにしようか。

 ◇◇◇

 出来上がった料理は何だろうね?

「メリューさん、ウキウキ気分でずっとこっちを見ていないで、出来上がった料理ぐらい教えてくれませんかね?」
「見せてやらないとは一言も言っていないだろうが。今日の料理は格別だ。何せ制限された環境で開発したメニューというのは、なかなか珍しい経験ではあるからな。修業時代を思い出すよ……全く」

 修業した経験があるんですか。
 まあ、あるだろうな――メリューさんが天才であることは間違いない。けれども、零がいきなり百になるなんてことはそう有り得ない。

「メリュー、御託は良いからさっさとメニューを」
「ティアに言われちゃあ断れないね……。ほら、見てみなさい。これが今回のメニューだよ。これを無人島でも出すつもりさ」

 そう言ってカウンターに並べられた料理――それはそうめんとチキンカレーだった。
 正確には、そうめんのつゆがチキンカレーになっている。ご飯を食べたいお客さんはどうすれば良いのだろうか――などと考えるのは愚問なんだろう。メリューさんの考えるプランにそれが含まれていなかったら、きっとそれは考慮されていないということだろうから。

「メリューさん、つまりこれって……」
「ケイタの住んでいる世界にはそうめんという細い麺があるんだよな。それとは近くて遠い食べ物かもしれないけれど……、ここにも麺があった。細くてつるつるしている麺がね。だから、今回はそれを使ってみることとした。しかし、この麺は食べてみると分かるが癖があってね……。マキヤソースだけでは食べづらいんだよな」

 それは食べろと言っていると見て良いんだよな?
 無言でそう言われているような気がして、俺はカウンターに置かれているそうめんをそのまま箸で掬って、口に運んだ。
 ……何と言えば良いだろう。引っかかりがあるというか何というか、ちょっとぬめりが強いし、香りが独特というか……。

「言いたいことが分かっただろう?」

 まあ、分かったけれど。

「でも、これをチキンカレーで中和出来るもんなんですかね? ……正直、想像つかないですけれどね」
「皆そう言うんだよ。食べてみれば、分かるから。そういった文句を言ってごめんなさいと言わせてやる」

 何の対抗心を抱いているのかさっぱり分からないけれど……。メリューさんがそこまで言うなら、食べてみることにしましょうか。料理人のプライドを無碍にする訳にはいかないし。
 そういうことでそうめんを再び掬って、今度はチキンカレーをたっぷり付けてから……、それを口にする。

「美味い……」

 思わず、口から言葉が漏れてしまう程だ。
 スパイスがたっぷり入っているからかもしれないけれど、そうめんもどきの独特な香りが消えている――流石にそれは言い過ぎか。消えているというよりかは紛れている、と言った方が正しいかもしれないな。

「ほら、言っただろう?」
「別に俺はメリューさんの料理を疑心暗鬼に食べているつもりはありませんよ……。でも、これは脱帽ですね。流石というか、何というか。これを無人島でも?」
「ああ、そうだよ。無人島でここに居るクルー全員に振る舞う。海で泳いでも良いし、日光浴も全然良いと思うぞ。まあ、遊びすぎも良くはないけれど。一応仕事で来ているのだし」

 どっちだよ。せめて方針を決めてから発言して欲しいものだけれどね。サクラなんか水着をきっと準備しているはずだよ、確実に。あいつ、絶対泳ぐ気満々だもん。


 ◇◇◇


 話が尻切れトンボのようになってしまったけれど、ここからはエピローグ。
 或いは後日談と思ってもらっても良い。
 無人島に到着してからの話があんまり特筆すべき点がなかったから、ということでもあるのだけれど、無人島でもチキンカレーを振る舞ったことだけは間違っていない。
 チキンカレーは概ね好評だった。当たり前ではあるけれど、カレーは熟成させると味が良くなる。何故だか知らないけれど二日目のカレーが美味しくなることはあるだろう。それと同じことだけれど、異世界でそれを実感することになるとは全く思いもしなかった。
 だって、異世界と自分達の住む世界では、病原体の存在が異なる訳だし、未知の病原体が繁殖して、そいつが熱に強かったら食中毒まっしぐらだ。そんなことは避けておきたいところだし、きっとメリューさんだってそれは分かっていたことだろう。
 けれども、こっちの心配をよそに、普通にチキンカレーは振る舞われ、そして全員が完食した。おかわりをする人間も出てくるぐらいだ。骨付き肉がほろほろになるぐらい煮込まれているカレーだ。不味い訳がない。
 無人島は文字通り無人なのだけれど、別荘はある。だから、あんまり不自由はなかった。電気はない、そりゃあ当たり前だ。モバイルバッテリーを持ってきていたようだから、スマートフォンの充電は問題なかったようだけれど……。どんな写真を撮ったのか、後でサクラから送ってもらうことにしよう。
 当然、そんな写真は第三者には見せられっこない。当たり前だよな、異世界の存在を第三者に暴露してしまえば、それが悪い人間に知れ渡ったらどうなるか……。ボルケイノは、悪人の手に渡ってはいけない。それぐらいは、俺だって理解している。
 そうそう、最後に一つだけ。
 無人島の海域は泳げることが出来るぐらい、穏やかな海だった。
 だけれど、サクラは泳がなかった。
 何故だと思う?
 ……答えは、鞄に入れてきたはずの水着が入っていなかったから、だ。
 あいつ、嘆いていたよ。ここで泳がなかったらいつ泳ぐんだよ、って。
 でもまあ、それもまた思い出になるから――良いんじゃないかな。
 俺はそう締めくくって、取り敢えず良い話のように仕立て上げることとするのだった。



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