オフモードの簡単料理 (メニュー:スープパスタ)
第666次元軸という、ありとあらゆる異世界に接続することが出来る、そんな変わった世界に存在する唯一の喫茶店であるボルケイノだが、今日は休日だ。
たまには話者を変えてみるのも一興であると、そう思ったこともあった。
だから実際に試してみようと??そう考えた訳だ。
ケイタやサクラからしてみれば、いつでもここは休日ではないような、そんな錯覚を感じるのやもしれないけれど、現実はそこまで単純ではない。
私もティアから聞いただけだし、この店の全てを理解している訳ではないのだけれど。
しかし、今日は紛れもない休日。
ケイタ達の言葉で言えば、オフって奴かな。仕事をしない日をオフというらしいけれど、それはどういう意味合いなのかはきちんと聞いていないような気がする。まあ、全ての世界の言語を理解しようだなんて、土台無理な話であることは間違いなくて、四苦八苦していることは否定しない。
さりとて、それを感じ取られたくないのもまた事実である。だからこそ、あんまりそんなことを気にしないようにしてもらっている??と、いう訳だ。
閑話休題。
何故ここまで自分語りをしているかと言えば、さっきも言ったけれど、今日はオフだ。
一日オフというのもなかなか久しぶり……というのは嘘で、定期的な休みは存在している。しかし他の異世界からしてみれば数分或いは数時間程度で終わってしまうために、まさか扉の向こうの世界では一日過ぎているだなんて、誰も思いやしないだろう。
「……さて、と」
これからは料理人あるあるだと思うのだけれど……、一つだけ言わせてほしい。
オフの日っていうのは、どうして料理を作りたくないのだろうね?
◇◇◇
ティアはひとりでに勝手に起きてくれるから未だ良いにしても、残りの三人は朝が弱い。
それぞれ起きるまでの流れを見ていくとしようか。
魔女のリーサ、その部屋はごちゃごちゃと散らかっている。きっと魔術の勉強に使っている物が大半を占めているのだろうけれど、言葉で熟々と述べていくと、その量がとんでもないことぐらいは、きっと理解してくれるのだと勝手に考えている。
魔導書に薬剤なんかが床に散らばっているし、机の上には乱雑に書物が載せられている。開きっぱなしのノートには、色々と何か書いているのだけれど、残念ながら読み解けない。確か魔女にしか使うことの出来ない文字だとか言っていたっけな? あんまり記憶力が良くないから、その辺り定かではないのだけれど。
「リーサは寝かせとけば何時までも眠ってしまいそうなのよね……」
魔女が夜型なのかどうかは知らないが、しかしながらリーサもまた朝に弱い。
それだけは、紛れもない事実だ。
リーサの部屋は散らかっていると言ったが、ベッドだけは例外だ。流石に毎日眠る空間だからかもしれないけれど。もしかしたら聖域だと思っているのかな、ベッドのことを?
リーサはそんな私の考えなどつゆ知らず、ぐっすりと眠っている。
起こしてしまうのも何だか勿体ない気分ではあるけれど、あんまり寝かしておくのも良くない。
「おはよう、リーサ。朝よ。起きなさい」
身体を揺らして起こす。
……とは言うけれど、そんな簡単に起きれば苦労はしない。
さて、こういうとき、どうすれば良いと思う?
まあ、質問をしたところであんまり意味はない。最早分かりきっていることではあるし、ここに時間を掛けること自体がツマラナイことだし。
「んん……、もう朝?」
あら、珍しい。
何もせずに目を覚ますとは、今日は竜巻でもやって来るかな?
「起きろ、朝だよ。……と言っても、早朝という時間でもないのだけれどね」
多分、昼食に片足を突っ込んでいると思う。
けれども、そんなことを言うのは野暮ってものだ。
さてと、次は……。
◇◇◇
ボルケイノには、まだまだ同居人が居る。
鬼の子であるシュテンとウラの二人だ。
この二人は基本的に昼夜逆転だ……。だから朝に起きることはそう有り得ないだろう。
とはいえ、たまには起きてもらわないと困る……。自分が眠っている間に勝手に食事を取っていることもあるのだ。食料庫からごっそり食料が消えていると思ったら、夜中にシュテン達が食べていた??なんてこともあった。
だから、食事ぐらいは出来ればコントロールしておきたいのである。
なので、わざわざ起こしに来た訳だが……。
「起きるかね、今回も」
「さあ、どうでしょう。というか、どうして私まで来る羽目に?」
一人で起こすのは大変だから、リーサも連れてきている。
リーサも毎回のことなのに、毎回私に質問をしてくるのもどうなのだろうか。
と。
そんな戯言を話し続けるのも、無駄な時間だ。
とにかく、前に進まねばなるまい。
そう思って、私はシュテン達の部屋へと足を踏み入れた??。
◇◇◇
何故シュテンとウラの二人を起こすのに二人が必要であるかということに対して、明確な回答をしていなかったと思う。
今ここで答えるとしよう。
シュテン達の部屋に入ると、目に飛び込んできたのは毛布だ。
部屋の入り口に毛布が置かれているのはスタンダードではない。そこは明確に違うから否定しておく。
「……今日は手強そうだな」
独りごちり、奥へ入っていく。
ベッドの上では、シュテンとウラが取っ組み合っていた。過去形であるのは、取っ組み合っている状態でぐっすりと眠っているからである。流石に眠りながらそれをやられてしまっては、寝相が悪いどころの話ではないのだけれど。
「あの……どうすれば?」
リーサの問いに、私は人差し指を口に置いた。
「まあ、待て。起こし方にも作法がある。作法と言える程、大層なものではないのかもしれないが……」
私はポケットに入れておいたある物を取り出した。
それは小さい角笛だ。普通??と言って良いのかどうか分からないけれど??角笛というのはまあまあそれなりに大きいサイズだ。それが掌にすっぽりと収まってしまうのだから、そのサイズの小ささが分かってくれることだろう。
では、何故この角笛を用意したかと言うと??。
「リーサ、音に対して厭な音とかある? この音を聞くと嫌悪感を抱くとか……」
「ないことはないけれど、どうして?」
「もし厭だったら、直ぐに耳を塞いでもらって良いからね」
忠告はしたよ。
耳栓をして、私は思い切りその角笛を吹き鳴らした。
◇◇◇
終末のラッパ、という概念が存在する。
世界が終わりを迎えるとき、その音が鳴り響くのだとか。その音はラッパという名前には似つかわしくなく、重低音の轟音が鳴り響く。その音は人間を含め数多の生物にとっては嫌悪感を抱く??とても耳障りな音なのだ。
さて。
何故その話をしたのか??って?
そりゃあ、分かりきった話だろうよ。
それとも、一から十まで説明を受けないと気が済まないタイプなのかい?
◇◇◇
はっきり言うが、それは最悪の目覚ましと言えるだろう。
不気味な重低音は、厭でも鼓膜を震わせて、不快感が襲いかかってくる。
きっと脳を振動させられて、若干船酔いに近い状態になっているはずだ。
「ううう……気持ち悪い……」
最初に起きたのはシュテンだ。
続いて、ウラも起きる。
「……今日は比較的、上手くいったかな?」
まあ、これで終わりではない。
全員が起きたからには、朝ご飯を作らねばなるまい。
それもまた、大仕事であることには変わりはなく、私はいそいそとキッチンへと戻っていくのだった。
◇◇◇
別に、休みの日ぐらい食事を作らなくても良いのではないか、等と思うこともある。
コックをしている知り合いの大半は、そう嘆いていた。彼らにとっての休みは、食事を作らないこと??とどのつまり、食事を作るということは休みには入らないのではないか、という話だ。
その話については、納得するポイントも確かに存在する。
しかしながら、食事は別に仕事に入らないのではないか? そう思うのが私だ。
確かに食事を提供することを生業にしている。しかし、それはあくまでも提供すること、であって自分が食べる食事にまで適用範囲を広げなくても良いと考える訳だ。
ま、色々と面倒臭い説明を並べたところで、それを理解してくれるかどうかはまた別。
正直な話、理解だってしてもらわなくたって良い。
ここに関して言えば、料理を出来る人間が??私はドラゴンメイドだから厳密には違うな、ってかそれを言うと人間は誰一人居ないけれど??私しか居ないのだ。
お手伝いぐらいであればリーサもシュテンもウラだって出来るだろうけれど、人数分の料理を作るとなると話は別だ。それに、営業中のまかないとは違って、程良く手を抜いた料理を作らねばならない。
という訳で、キッチンでうんうんうなりながら今日のメニューを考えていた訳だが??やがて一つのアイディアが降ってきた。
「……今日はこれにしよう」
そう独りごちり、私は調理に取りかかった。
◇◇◇
前日、ダッカー鶏という鶏肉の丸焼きを作った。ダッカー鶏は、とある異世界で育てられている鶏のことで、野山を駆けまわることから歯ごたえが非常にある。また旨味も出ることから、スープの出汁に使うととても美味しいスープが出来上がる。
そういったこともあり、私はダッカー鶏のスープを昨日作っていた。
そして、その余りが残っている。
最初はこれとパンにしようかと思ったけれど、それじゃあ味気ないし、アレンジだってしてみたい。
なので私は、マキヤソースを入れた。黒っぽいマキヤソースは、塩味が強い。発酵させた素材から作られているので、健康にも良いらしい。ケイタが言うにはショウユという調味料に近いとか言っていたかな。いつかはケイタの世界で料理を色々と堪能したいところだ。その機会がいつやって来るかは分からないけれど。
マキヤソースはみるみるうちに半透明だったスープを黒く濁らせていく。しかしそれは悪いことではなく、味が付いていることも意味していた。マキヤソースの味は絶品だ。これだけで大半の料理が作れてしまうのでは? と錯覚してしまうぐらいだけれど、あんまりこれに頼り過ぎても良くない。
塩を入れて味を調える。
次に棚から取り出したのは、レースタークという果実を酒に漬け込んだ物だ。レースタークは赤く細い形をした果実であり、普通に食べると甘い。しかしながら、それを乾燥させていくと、何故か甘味が辛味に変貌する。
そしてそれを酒に漬け込むと、レースタークの辛味が酒に移っていく。酒は熱せば風味付けだけになるから、別に子供だって食べられる。万能辛味調味料の出来上がりだ。
そういや、ケイタに言ったらケイタが住んでいる国にも似たような調味料があるらしい。マジかよ、流石に驚きを隠せない。やはり世界が違えども思考は同じなのだろうか??等と考えてしまう。
◇◇◇
さて調理に再開しよう。そのレースタークの酒漬けを一回し鍋に入れる。直ぐに酒の香りと辛味のつんとした香りが鼻を刺激するが、それも一瞬だ。火を掛けて熱しているので酒はあっという間に飛んでしまい、香りが微かに残る程度だ。
スプーンで掬って、味見をする。
うん、悪くない。
我ながら天才では? と自画自賛したところで、スープはこれぐらいで良いだろう。
次は具材だ。ライスやパン??色々と考えたが、今回はちょうどこないだアルシス??ミルシアの国に居る、彼女に仕えるメイドのことだ??からもらった小麦から作った麺がある。確か、パスタと言っていたか? スープに合いそうだし、どうせならこれを使ってみようと思う。
別の鍋を用意して、水を沸騰させる。沸騰させると、塩をひとつまみ鍋に放り込む。確か、水が浸透しやすくなるためだとか聞いたことがあるけれど、詳しい話は覚えていない。誰も彼も、過去の誰かがやって来たことを理由も分からずに実施する。それが歴史ってもんだと思う。
程良く沸騰してきたので、パスタを入れる。今回は五人前。一人前が一束と言っていたかな、シュテンとウラはあれでも鬼なのでまあまあ食べるだろう。と考えると、二人でプラス一人前。
都合、六人前という計算だ。
「足りるかな、こりゃ」
そう思い、しっかり計測してみると、七人前だった。あと一人余る計算だけれど、恐らくはボルケイノのメンバー全員が一回ずつ食べられる計算なのだろう。
しかし、アルシスも誤算だろうな。鬼というのは、大抵大食らいなのだ。毎回私も困り果てているぐらいには。まあ、食べる分働いてはもらうのだけれどね。
「……ま、取り敢えずは良いでしょう。今度また持ってきてもらえればいいや」
一応ケイタとサクラの世界にもパスタはあるって言っていた気がする。
食感や味が違うかもしれないけれど、大体似ている物だろうし、別に直ぐに食べさせないといけないって話でもないはずだ。
今日の朝ご飯はこれで決まり。
とにもかくにも、朝ご飯を食べないと始まらない。
私はそう思って、腕まくりをするのであった。
◇◇◇
一度何を作るかを決めてしまえば、後は早い。何でもかんでも目的を定めておくと、経路を考える上で頭もスッキリする??なんて話は案外有名だったりするのだろうか? と言いつつ、私も何時かやって来た学者先生の話をコピーしているだけなのだけれどね。
残念ながら、私には料理を作る才能はあったけれど、それ以外はてんで駄目だった。
ここに居ること自体は、結果としては問題なかったと思う。
様々な世界の、様々な住民にご飯を振る舞えるのだからね。こんなこと、望んだとて得られるものではない。
あっという間に作り上げた料理を見て、私は思わず笑みが零れてしまう。
うん、今日も問題ない。百点満点だ。
自分に甘いと言われてしまえば、それまでだけれど。
「リーサ、ティア、シュテン、ウラ! 出来たから、自分の分を取りに来て!」
配膳は自分の仕事だ。
これはボルケイノに入ってからの数少ないルールとして、彼女たちに課している。
掃除や洗濯はかわりばんこでやってくれるから、別にここまでしてもらう必要はないのかもしれないが……、しかしながら待っていれば誰かがご飯を配膳してくれる、等といった甘い考えは投げ捨ててもらう必要がある。
別に、私が居なかったら何も出来なくなる訳ではない。皆様々な境遇から、偶然にも近い出会いを経てボルケイノにやって来ているのだから。
少なくともボルケイノに来てからの方が幸福度が高い??そう思ってくれれば、もう何も要らないのだけれどね。
◇◇◇
朝ご飯を持っていってもらうと、漸く自分の分を食べることが出来る。大体、シュテンとウラが鬼のために大食らいであることが原因だ。食べる量をある程度コントロール出来るのだろうけれど、その細身の何処にそんな食べ物が入りきるのか? と疑問を浮かべてしまうぐらいには、良く食べる。
良く食べて良く眠るのは、子供の特権かもしれないが。
「いただきます」
一人、キッチンにて。
朝ご飯を食べるのが、いつものスタイルだ。
ケイタから言わせると、ルーティーンっていう言葉らしい。ケイタの世界の言葉は、相変わらず難しくて良く分からない。スマートフォンなるものも持っているけれど、かといってそれを完璧に使いこなせているかと言われるとそうではないし。
一口頬張る。
鶏から出た出汁とマキヤソースの塩気が良い感じにパスタを味付けしている。材料が少なく見栄えもはっきり言って良いとは言えないものであるから、メニューに追加するのは難しい。
はっきり言って、これはまかないであるからこそ完成する料理??なのだと思う。
優雅に楽しむ余裕ぐらい持ち合わせたいものだけれど、いつも早く食べ終えてしまう。
強いて言うなら、反省点を考えてしまうぐらいか。次に活かすことが出来ればそれで良い。
全ては、お客様を喜ばせるためだ。
……何か、良いこと言ったような気がするかも? 最近はケイタ達に感化されている気がするな……。別に悪いことではないと思うのだけれど、特定の異世界に肩入れ過ぎるのも良くはない。
そう締めくくって、私は空っぽになったお皿を洗うべく立ち上がるのであった。
ボルケイノの休日は、未だ始まったばかりだからね。
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