メリューさんの異世界珍道中・1(メニュー:チョコバナナ)


 ドラゴンメイド喫茶、ボルケイノ。
 どの異世界とも交流することの出来る第666次元軸に存在するこの喫茶店は、今日も暇を持て余している。

「ケイタの学校って、文化祭があるって言っていたけれど。どんなお祭りなのかしら?」

 普段であれば絶対にカウンターまで出てこないメリューさんが、掃き掃除をしている俺にそう問いかけた。
 つまりは、それぐらい暇なのだ。
 お客さんが全く居ないって訳でもなくて、普段より少ないかな……ってぐらいなのだけれど、まあ、別にそれをああだこうだと言う必要はない。混んでいようが空いていようが、貰える給料は同額だし。

「まあ、色々ですよ。メインイベントは教室ごとに擬似的なお店を開くことかな。それに屋外のメインステージでは、クイズ大会なんかやるとか。近くの学校と共同でイベントを開催することも聞いていますけれど……、まあ、それはあんまり見に行かなくても良いかも」
「??どうしてかは気になるけれど、聞いてしまうと興味が薄れるからな。やめておこうか」
「っていうか」

 メリューさん、まさかとは思うけれど文化祭に行くつもりなのか?
 俺の住む世界は、ファンタジーでも何でもない。言葉を話せる生物は人間しか居ないんだ。そんな世界でドラゴンメイドを連れてきてしまったら、どうなるか。想像するだけで胃が痛くなる。

「本当に、行こうとしているんですか? だとしたら、絶対にやめた方が良いです。もしメリューさんの正体がバレてしまったら、先ず間違いなく解剖されることでしょうね。実験に使われるかもしれません、人間以外の、言語を理解して使いこなせる生物が見つかったなんて、大々的に報道される可能性だってあるでしょうね」
「ダメか?」
「ええ、絶対にやめた方が。それこそ、百パーセントメリューさんの正体が誰にもバレることがない、と確定出来るのならば良いのですけれど。そんな都合の良い術が見つかる訳が??」
「メリュー!」

 会話に割り込むように入ってきたのは、リーサだった。
 あんまり知らない読者に向けて説明しておくと、彼女は魔女だ。しかもまあまあ色んな魔法を使いこなせる。科学技術で代替出来るんじゃないか、なんて思ってしまうぐらいに幅広いジャンルの魔法を使ってこちらを助けてくれている。
 まさかと思うけれど、リーサにその辺り助けてもらおうとしています?

「……何か嫌な視線を感じるけれど、リーサを使わない手はないだろう?」
「いや、別に使うなとは一言も言っていませんけれど……」
「確かにケイタの居る世界では私のような存在は奇異な存在である??って話はちらほら聞いていたのよね。けれども、だからと言ってそれを避けるようなことをするのもどうなのかな、と思った訳。実際問題、それでも私は異世界に飛び込みたいと思っているのだけれど、それに関する対策を一切講じないまま向かうのははっきり言って自殺行為と言って差し支えない。であるならば、どうすれば良いかって話なのだけれど……」
「だけれど?」

 まさか、それを解決する手段が見つかった、とでも?
 それはそれで驚きなのだけれど。

「見てみるが良いの。これを」

 リーサが見せたのは、洋服だった。
 ローブ、とでも言えば良いか。

「これは?」
「これを着てさえいれば、人々の意識が阻害される優れものだよ。そういった魔法をローブにかけている、と言えば良いのかな」
「いつの間にそんな代物を……」

 本当に最初から準備していたんじゃないだろうね?

「だって、別に良いじゃないか。この見た目って目立つだろう? だからあんまり出歩けないんだよね。大抵ドラゴンメイドに人権がある世界は存在しない。残念ながらね。まあ、まだ生かしてくれているだけマシなのかもしれないけれど。しかしながら、ドラゴンメイドの存在自体がない世界の場合になると、その定義が一変してしまう。それは、ケイタが一番わかる話だろう?」
「……否定はしないよ」

 というか、否定出来ない。

「そりゃあ、住んでいる世界は人間しか高度な知的生命体は居ないとしていますからね。イルカやチンパンジーなども知性は高いとされていますけれど、人間とコミュニケーションをとることが出来るかと言われると、それは無理ですから」
「じゃあ、ドラゴンメイドが行っても無事に帰ってこれる保証はない訳だ」
「というか、無理でしょう。何度も言っているかもしれませんけれど、人間に近しい生命体が見つかって、人間とコミュニケーションが取れて、でも話せる言語はこの世界に存在する言語とはどれも結びつかないものであると分かってしまったなら。それは、研究の対象になってしまうと思いますね。少なくとも一生研究所の施設から出ることは許されないと思います」

 まあ、過激な人権団体も居るし、もしかしたらそこまで面倒臭いことにはならないのかもしれないけれど。

「異世界が見つけられてしまうことに関しては、どう思う?」

 メリューさんの問いに、俺は首を傾げる。

「……というと?」
「どの異世界でも、人類やその他の種族というのは領地争いに明け暮れていた。当たり前と言えば当たり前なのだけれど、数が増えると言うことはそれを養わなければならないからだ。養うためには様々なものが必要であり、それを手っ取り早く解消する手段が、領地の拡大だ??ミルシアからかつてそんなことを聞いたことがある気がするよ」
「成程……」

 そういえば、ミルシアはちょくちょくボルケイノに足を運んでくれるけれど、一応一国の女王だもんな。そりゃあ、それぐらいの知識はあって当然か。

「まあ、そういう訳で、このローブももらったことだし」
「本当に、俺の世界に行きたいのか……?」

 はっきり言って、見つかった時のリスクが大き過ぎる。
 そして、それをリカバー出来る自信もない。

「しかし……」

 メリューさんの思いを無下にするのもまた、なんか違う気がする。

「分かりました、分かりましたよ。その代わり、自分でリカバー出来るようにしてくださいね。万が一、何かあった時に俺は何も出来ません」

 国家権力に逆らうことだって、出来やしない。
 やった瞬間に、俺はその世界での居場所を完全に失ってしまうだろうから。

「それぐらいなら、任せておけ! きちんとリカバー要員を連れて行くさ。な、リーサ?」
「えっ?」

 リーサも連れて行くのか?
 それは聞いていないぞ。

「魔女は別に問題ないはずだ。何せ、魔力を感じとることが出来るのは、そういった才能を持っているか魔力に触れたことのある人間じゃないと出来ないらしいからな。たまに、子供がそれに気づいて訳も分からず泣きじゃくってしまうこともあるらしいが。まあ、それはそれだな」

 わりかし重要では、それ。

「……とにかく」

 話はまとまった。
 メリューさんとリーサ、二人が俺の世界にやってくるということ。
 サクラに話をしておかないとな、と思いつつ俺はカウンターの拭き掃除を始めるのだった。


 ◇◇◇


「えっ? メリューさんが?」

 ここは、異世界ではなく俺達の暮らしている世界だ。
 流石に学校でボルケイノの話は出来ないので、帰り道にこうやってサクラと作戦会議もとい雑談をするほか手段がなかった。

「ああ……、どう思う? 止めた方がやっぱり良かったかな?」
「いや、別にそこまですることでもないと思うけれど……。だって、ほら、メリューさんってずっとあのボルケイノに居るんでしょう? 昔は旅をしていた、みたいな話も聞いたことがあるけれど」
「……あー、何か昔聞いたことがあったな……。確かに、そういう意味では連れて行ってあげた方が良い、のか?」
「それがオーケーなら、苦労はしないと思うけれどね?」

 ごもっともな言い分だと、俺は思う。
 しかしながら、簡単に言ってはいるが、異世界人だ。
 幾らリーサがどうこうするとしたって、異世界の常識はこの世界において非常識だ。
 万が一何かあったときに、対処することが出来るのだろうか?
 そして、その時にこの世界の住民たる俺やサクラがカバーすることが出来るのだろうか?

「……考え過ぎなんじゃない?」

 サクラは、俺の不安を一刀両断する、そんな発言を返した。

「考え過ぎ?」
「何だってそうだけれど、新しいことを始める時にあれやこれやデメリットばかり考えても無駄じゃない? 対策を百考えたところで全く考えていなかった百一個目が出てきてもおかしくないのだし。寧ろ問題はそこからで、予め考えられていた百の対策よりも、百一個目や百二個目が出現した時にも柔軟に対応出来るような、そんな余裕があるのが一番なんじゃないかな、って」
「……何かサクラって時折凄いクリティカルな発言をすることがあるよな……」
「馬鹿にしているの?」
「いいや?」

 寧ろ、素晴らしい考えを持っているな??ぐらいには思っていたけれど?

「とにかく!」

 サクラは言った。

「メリューさんと今後どう進めていくか決めないと、ね。……たまにはボルケイノに顔を出さないと、だし」

 その通りだ。
 サクラの言っていることは全面的に正しい??だから、俺はそれに賛同してボルケイノへと向かうこととするのだった。


◇◇◇


「……つまり?」

 俺とサクラがメリューさんに説明をすると、彼女は怪訝な表情を浮かべてそう言った。
 もしかして、こちらが言っている提案を理解出来なかったのか?

「いや、そんなことはない。……というか、とても有意義な提案だと思うよ。聞いておいて良かった。有難う」
「でも、こちらの世界には来るんですよね?」
「やはり異世界というのは自分で行ってあれやこれや見てこないとね。リスクがあるのは承知しているさ。そうであっても、だよ??行く価値はあるってことさ」

 まるで冒険家みたいな物言いをしている。

「何とか……何とか理解してはくれないものかな。それとも一回予行演習でもしてみようか? リーサがきちんと魔法を使うことが出来れば、何ら問題はないだろう? もし、使えないって話になればそれはまた対策を講じなければなるまいし」

 それは、まあ。
 その通りだと思いますけれどね。

「……いや」

 でも、その提案を飲むとなると??それってつまりこちらの世界で一度魔法を使ってみようってことになるのでは?

「そうだよ?」

 メリューさんは頷いて、俺に言った。
 さも当たり前のように、そう言い放った。

「何だって模擬は大事だろう。どんなものでも実際に使えるのかどうかは、試さねばならない。試すためにはどうすれば良いかと言われると……、そりゃあもう実際に魔法を実行するほかないだろうね」
「……うーん」

 頭を?き毟り、考える。
 或いは停滞している現実をどうにか出来ないかと模索しているか。
 自分のことであるのに、さっぱりコントロール出来ていないのは、なかなかに面倒臭い。

「分かりました」

 俺とメリューさんでずっと会話が続かない状況??それを打破したのはサクラだった。
 しかし、分かりました??ってどういうことだろう?

「そこまで言うのでしたら、一度予行演習をしましょう。メリューさんは置いておくとして、リーサちゃんの魔法がこちらの世界でもちゃんと使えるかどうかを、試しましょう」

 …………マジで?
 流石のサクラも何も考えてはいない??なんてことはないだろうし、何か策があるのだろうけれど。

「……良いよ、それぐらいは。とはいえ、本人の許可をもらわないとだけれどね。リーサ、どう? 出来る?」

 全く会話に入ってこないので存在しているかどうか、きっとこれを読んでいる方達なら分からないところだったろうが、当然ながら当事者を打ち合わせに参加させる必要はあるのだから、リーサも最初からこの会話には参加していた。
 ともあれ、殆どが首肯するばかりで、ほんとうに理解しているのかどうかは怪しかったけれどね。

「うん。それぐらいだったら」

 今日、喋らない縛りでもしているのかと思ったけれど、無事に喋ってくれて良かった。
 まあ、とにかく言質は取った。

「……ほんとうにするのか?」
「そうでもしないと、こちらも納得出来ないでしょう?」

 サクラの言葉は、まあごもっともではあった。
 しかし……。
 やはり、一抹の不安は捨てきれない。
 問題ないかどうかなんて、実際にやってみなきゃ分からないことぐらい、分かってはいるのだけれど。


◇◇◇


 さて。
 そんなことは言ったは良い物の、具体的に何処で何をすれば良いか??という話になるのだけれども。

「具体的に対抗出来るような魔法を行使した方が良いよね……」
「目くらましとかじゃ駄目なのか? 例えば、辺りを明るくする魔法とか、怪力で石を動かすことが出来る魔法とか……。そういった、周囲に影響を及ぼさない魔法とかなら、何とかならないかな」
「アンタの魔法の基準、何でポケモンの秘伝技なのよ……」

 あれ? バレた?
 バレるまでそれとなく言い続けるつもりだったのだけれど。
 真剣な打ち合わせにひとつまみぐらいユーモアがあっても良いじゃないか。



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