006
ようやく到着した席の隣には、白ウサギが座っていた。まあ、ようやくというのもどうかとは思うけれどね。実際、ファーストクラス、ビジネスクラス、そしてプレミアムエコノミーと続く訳なのだし。この飛行機の大半を占めるエコノミークラスは、さらに後方ということを考えると、席に着くまでが一苦労、とも言えるかな。これから十三時間もフライトが続くのだから、最初から疲れてしまうのは困る話ではあるのだろうけれど。
ウェルカムドリンクまで出てくるとは、流石に思いはしなかったけれどね。ってかこれ何?
「何? ってわたしに聞かれても……。あ、書いてありますよ、ここに」
そう言ってわたしに見せてきたのは、メニュー表だ。
ああ、そういやさっき日本人のキャビンアテンダントが配っていたっけな。それにしても、スイスエアって文字通りスイスの航空会社なんだろ? だったらどうして日本人が居るんだか。
「普通に考えて、渡航都市の言語を話せるキャビンアテンダントは居ないと困るんじゃないんですか? さっきもアナウンスで三名のキャビンアテンダントが日本人とか言っていましたけれどね。まあ、チーフパーサーは流石にスイス人かドイツ人でしょう。当然ながら、英語もペラペラのはずですよ」
「それならそれで良いけれど。で、これっていったい何なの?」
「飲みゃあ良いんでしょうが。確かノンアルコールのロゼワインと書いてあったはずですけれど?」
今見たら白ウサギは既に飲み干していた。年齢的に大丈夫なのか、とか一瞬思ったけれどノンアルコールなら問題ないか。杞憂だったな。
けれどノンアルコールなら問題ないか。杞憂だったな。
「……何か言いたげな表情を浮かべていますけれど、まあ、深くは突っ込まないこととしましょうか」
「スイスまでは十三時間だったね。かつてはもう二時間増えていたようだけれど」
話題を逸らすように、わたしは話を続けた。
「何をそんなにしらばっくれて。知っているでしょう? ヨーロッパで起きていた紛争??或いは世界大戦に成り得たかもしれない一番大きな火種、を」
世界大戦に成り得た火種、か。
言い得て妙かもしれない。この世界では既に二度に渡り、全世界規模の戦争が勃発していた。まさに世界大戦だ。いずれも敗戦した国は、今や世界のトップに返り咲くほどの実力を持つようになったのだから、面白い。
そして二つ目の世界大戦が終結してから、もう百年という月日が流れようとしていたのだけれど、その百年間平和だったか? と言われるとそんなことはないし、そうだったら世界の警察としてアメリカは君臨し続けないだろう。
幾つか、世界大戦に成り得たかもしれない火種はあった。
そして、その中で一番大きかった火種が??それである。
「東方の大国と小国の衝突……。大国どころか世界でさえも、一瞬で陥落すると思っていたが。そんなことは全くなく、五年近くにわたる戦闘を和平交渉という形で終結させた。小国も大国も無傷では終わることはなく、終結を迎えてから五年以上経過してもなお、爪痕は残っている。
わたしもまた、その戦場に足を運んでいた。
あれは、間違いなく最悪の戦場だった。
確かに、戦争を知っている人間ならば??精神を破壊する兵器は、喜ばしいものなのかもしれない。自らの手を下すことなく、多くの人間を再起不能に陥らせるというのだから。
「紛争は終わった。と同時に世界のシステムは大きく作り替えざるを得なくなった。東漸と言えば当然ですよね? 百年近く動いていたシステムは、既に破綻をしていた。システムの管理者たる存在が何をしたって、それを否定することも反対することも出来やしない仕組みだったのだから。力さえあればたとえ悪事を働こうともそれは善行になってしまう??何とも滑稽なシステムだったんですよね」
「そりゃあ、そうだけれどさ……」
気付けば、乗客は全員乗り終えていたらしい。
シートベルト着用サインも点灯しているが、既に着用済みなので何ら問題はない。
「……チューリッヒに行ってから、宛てはあるの?」
「あるはずですけれど? その辺りは、聞いていないんですか?」
えっ?
わたしだって向こうからの情報は少ないんだぞ。如何すれば良いのかさえ聞いていないのに。
そんなわたしたちを余所に、飛行機は滑走路へと向かっていくのだ??。
◇◇◇
機内食は二回出るとのことで、一回目の食事が程なくしてやって来た。ファーストクラスやビジネスクラスならば違う料理も出てくるのだろうが、残念ながらここはプレミアムエコノミー。エコノミークラスより前方なだけで、あんまりメリットは感じられない。料理だって、エコノミークラスと大差ないし。
とはいえ、これはわたしが一円も出していない航空券なので、あんまり悪いことも言っていられない。マイルも貯められることが分かったしね。地方倍率はアジアに比べたら低かろうが、充分過ぎるマイルは貯まるはずである。
因みにメニューは日本発ということもあって、ご飯があった。有難いので、わたしはそっちを選んだ。ちょっとキャビンアテンダントが怪訝な表情を浮かべていた気がするけれど、何故だ? 別に日本食の好きな外国人が居たって良いだろうが。
メニューはすき焼き丼に、蕎麦、サラダに果物とテーブルパンにバター、ヨーグルトまでついてきている。
ファーストインプレッションとして、主食多過ぎないか? と思ったけれど、きっとメインターゲットのスイス人に向けて、な気がする。スイス含めヨーロッパは大柄な人間が多いし、きっと食べる量も多いのだろう。ここまで語っていたところで、あんまり詳しくないのだけは言っておく。スイスは行ったことがないしな。観光で一回行ったような行っていないような、そのレベルかも。
すき焼き丼は温められているが、あとは冷たい。こればっかりは致し方ないかね。銀の蓋を開けると、すき焼きがご飯の上に乗せられている。紅ショウガまでついているぞ。これはかなりクオリティ高いのでは? 小さいながら豆腐もあるし、ちょっとばかしの白滝まで入っている。きっと作ったのは日本人なのだろうね、こういう小さい思いやりの心が大事だと思う。多分。
TOP
次の話へ