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002





 何故同窓会に参加することを決意したのだろうか。
 その答えは、結局当日になっても見つけることは出来なかった。
 致し方ないと言えば致し方ないし、当日になってキャンセルするのも幹事に悪い気がする。そう思って、参加することを決意した訳だが……。
「……服装、これで良かったのかな」
 おしゃれなど、あまり考えたこともなかった。
 体調を崩してから、そういった人間らしいことさえも億劫になってしまっていたからだ。
 さりとて、一応は学生時代の友人ではあるのだ。ある程度、プライベートな空間に土足で踏み込んでも問題ないような、オープンな関係であることは間違いなかった。
 何を緊張しているのか、とおれは自問自答する。
 しかしながら、答えは出てこない。
 いや、最初から出てくる訳はなかったのに……、意味のないことばかりをしてしまう。
 そういったことで時間を潰してきたのだから、仕方ないことだけれど。

◇◇◇

 繁華街の雑居ビルにある安居酒屋が、同窓会の舞台だ。
 これが仮にカクテルしか出さないようなおしゃれなバーだったら、おれは店の目の前でUターンしていたことだろう。安居酒屋は、そういうときは有難い。どんな人間だって受け入れてくれるような包容を感じられる。
 メンバーは全部で十五人程度居たはずだが、やってきたのは僅か五名だった。
 社会人になってもこうやって付き合いをする人間が三割程度居るのは、多い方なのかもしれないけれど。
 正直、話の内容は覚えていない。大抵、社会人になってからの経歴や愚痴、こうやって出世しただのスキーツアーに出掛けただの、皆楽しそうな思い出ばかりを語っていく。
 翻って、おれは楽しい思い出など何一つ存在しない。
 それどころか仕事に絶望し休職しているのだから、暗い話しかないのは事実だ。
 しかしながら、おれはそれが言えなかった。休む前に経験したことを、さもこないだ経験したかのように語った。嘘を吐くのは、心が痛かった。けれど、この飲み会で話すべきテーマはそうではない——そう思っていた。短い社会人生活で得られた数少ない処世術、と言って良いだろう。
「……そういえば、中島は?」
 同窓会も終盤に差し掛かったところで、誰かが不意にそう言った。
 中島——年齢は同じだが早生まれということもあり、少しだけ感覚が違うようなそんな感じがあった。どういう人間だったかは、正直顔を見ないと思い出せないのだけれど……。
「あいつなら、遅れるって言っていたよ。もうすっかり売れっ子作家だもんな。おれ達の中で一番成功したんじゃねーの?」
「売れっ子って?」
 おれは、考えるよりも先に質問をしていた。
「……何だ、村木、お前知らないの? あいつ……中島は数年前に何か賞を取って作家になったんだよ。そいでいて今やベストセラー作家だ。来年にはデビュー作のドラマ化が決まっているとかいないとか」
「そうだったのか」
 まさか……成功している人間が居るだなんて。
 中島か。きっと会ったら、おれは嫉妬し続けるに違いない。
 成功した人間と出会うと、何を為出かすか分かったものじゃない——そう思っているうちに、
「遅くなりました」
 ——凜とした声が、おれの耳に届いた。
「おお、中島先生じゃん」
「読んだぞ、本!」
「まあまあ面白かったぜ」
「おれも作品に出してくれよ」
 その瞬間から、主役は一気に中島に変わる。
 おれは、出入口の方を向く。
 そこに立っていたのは、小柄な青年だった。
 黒いスラックスに白いジャケット、黒髪の先端は赤く染めているように見える。両耳には、リング型のピアスをしているようだ。
 そういった格好は、普通のサラリーマンであれば有り得ない。
 きっと服務規程か何かで罰せられることだろう。
 しかしながら、中島は作家だ。個人事業主であり、少なくとも労働に関して誰かに縛られることなどないのだろう。
 おれは、同時に思い出した。
 中島という人間がどんな人間であったかを——。
 おれが小説を書いていた大学時代に、彗星の如く現れた新星。
 あいつの書いていた作品も、文法も、表現も、何もかも、眩しかった。
 けれど、おれはそのときあいつのことを敵視してなどいなかった。そもそも趣味の世界だったんだ。趣味の世界で切磋琢磨はしたとしても、ライバルと位置づけることはしたくなかった。
 楽しく、小説を書きたかった。
「……村木くん、久しぶりだね」
 気付けば、おれの隣に中島が座っていた。
 席を自由に移動して良いからか、前に座っている人間も別になっている。
 おれだけが、同じ席で延々と飲み続けていた。……酒は強い方だけれど、自分でリミットを設けないと永遠に飲み続けてしまう。終電には乗れるようにしないと……。
「やあ、中島。今は先生とでも呼べば良いのか?」
「やめてくださいよ、今日は同窓会。無礼講って言葉は知らないんですか?」
「……そう言われてもな」
 学生時代に、中島を何と呼んでいたか、正直覚えていないのだ。
 ワイワイガヤガヤと、周りは延々何かを話し続けている。
 しかし、その話が二重三重と重なり合って、最早その話題を一つ一つ聞き取ることは出来やしない。
「……村木くん、小説は書いていないのかい?」
 ストレートに突き刺さる質問だった。
 こいつは、小説を書いて成功している。
 おれは、小説を書こうとして、書きたくても、書けなくて……何も成し遂げられていない。
 この差は、何だというのか?
「おれは、もう……書いていないよ」
「…………どうして?」
 中島の目が丸くなっていたのを、おれは見逃さなかった。
 おれが何か変なことを言ってしまったか?
 おれは、逃げ出したくなった。
 選択の失敗ばかりを繰り返して、今があるのだ——また、失敗してしまったのか、おれは。
「どうして、って。社会人になると、自由な時間が取れないし……」
「そうか。それなら致し方ないんだけれどね。自由な時間が取れているにも関わらず、色々と言い訳して全く小説を書いていないような、そんな素振りが見えたから」
 お前は全知全能か?
 それとも、顔にそう書いてあったのかな……。だとしたら、直ぐに消してしまいたい。
 その後、特に話が盛り上がることもなく、同窓会は幕を下ろした。
 二次会に行く人間も居たようだけれど、おれはこの場から今すぐ立ち去りたかった。
 これ以上、何もしたくなかった。
 なのに。
「ねえ、ちょっと飲み直さないか? 積もる話もあるし」
「…………お、おう」
 何故か、中島からの提案を断り切ることが——出来なかった。


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