プロローグ




 ――ひとりぼっちは嫌いだ。

 私はその記憶を思い返すときは、いつもそんなことを言っていたような記憶から始まった。
 幸せな記憶。楽しい記憶。面白い記憶。
 喜怒哀楽で言えば喜びと楽しみの二つから表現されるその記憶を、私は嫌っていた。
 あの頃の私にそれを言ったところで、きっと本気に思うことはしないだろう。
 そして、いつも私の記憶の最後には、煌々と燃えさかる立派な屋敷が映し出されていた。
 幸せだった私から、何もかもを奪った――その人間は誰だったのか。


 パチパチという火の燃える音を聞いて、私は我に返った。

「――古い記憶だ」

 もう何度見たかも覚えていないぐらいの、古い記憶。
 最早これを流したところで憎悪の感情しか抱かなくなっていった。
 私の首元にある、太陽をモチーフにした赤い宝石のネックレスは、火に照らされ赤く輝いている。
 そして、たき火を取り囲むのは私だけだ。
 誰も居ない――孤独の旅。
 相棒とも言えるのは、全てを失った私に唯一残された――この剣だ。
 手元にいつも置いてあるこの剣は、実家に残された価値のある代物でも一番価値が分からない代物だった。
 父も母も、この剣は魅力こそあれど価値が付けられないことを常々言っていた。
 そもそも二人とも剣を扱ったことがないのだから、評価することは出来なかった訳だから。
 けれど、これには不思議な魅力がある。
 何故だかこれを持って行かなかった人間は、きっとこれの価値を分からなかったのだろう。
 今思えばそれは好都合だ。
 何故なら、私に武器を残してくれたのだから。
 復讐相手は何人居るかは分からない。けれど、漸く一人目に辿り着くことが出来る。
 私はそう思って、少し目を瞑り、休憩に入る――はずだった。
 枝葉が擦れる音がして、私は立ち上がった。
 夜ともなると、生き物がひっそりと寝静まる時間を想定するかもしれないが、そうではない。
 草むらから飛び出てきた何かは、その刹那二つに分断された。
 ドサドサと落ちる二つのそれを見て、私は深く溜息を吐いた。

「……増えてきたものだな、『獣』も」

 獣――どんな名称が付けられているのかも分からないが、私はそう呼んでいる。
 外に目を向けることがなかった屋敷暮らしでは見ることもなかったが、このように一人で生きていくようになってからは毎日のように出会っている。
 人間を襲い、人間を食らう生き物であり――知能も高い。
 待ち伏せして人間を襲うこともあるし、隠れてその場をやり過ごすケースもある。現に私が経験したのもそういうケースがあった訳で、このように草むらから飛び出してくるやり方はそう多くはない。

「『獣』もいつになれば消えていくのか……、こればっかりは分からないな」

 それに、『獣』は食べることが出来ない。一度食べようとしたことはあるが、あまりの臭さで食べられやしない。臭いも消し去るためにどうにか考えたこともあったが、私はそこまで料理が得意ではないし、荷物を沢山持ち運びたくないから調味料も必要最低限しかない。
 多分この臭みも好きな人は居るだろう。私から言わせれば、ただの物好きとしか言えないがね。

「……今夜は、あと何匹の『獣』に出会うことになるのだろうな」

 私は独りごちる。それは分かりきっていることだ。答えを見出すことすらしなくて良い――答えが既に決まっていることだ。
 パチパチと火の燃える音だけが、静まり返った夜に響き渡る。
 考え事をするにはうってつけの環境だが、もう飽きる程経験してしまっては、考え事もなくなってしまうものだ。
 今夜も、眠れそうにないだろう。
 私はそう思い返しながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
 
 


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