第一章1
冬の景色を見たいのなら、パーガンズ城へ向かえ。
それは古くから言われている話で、寒いこの時期になると多くの観光客が足を運ぶ。
理由は単純明快で、この城があるパーガンズという街は、雪が降ると高低差の激しい街も相まって、まるでケーキを粉砂糖でデコレーションしたかのような景色へと変貌を遂げる。
切り立った山に無理矢理作り出した高低差の激しい町並みは、来る人間を圧倒させる。
しかし他の街から攻撃されないために、街全体を高い塀で囲んでいる。
だから街に入るには、東西南北に設置された門からきちんと正規の手続きを踏んで入るしかない――という訳だ。
「ええと……名前は、」
「イズンだ」
門番から物珍しそうな表情を浮かべつつ視線を送られているが、もう慣れた。
イズンという名前もどうして両親が名付けてくれたのかも、最早覚えていない。
しかし、私が両親を感じることの出来る貴重な存在であることもまた、事実だ。
「……ところでおたく、『デバイス』を持っているようだが」
私がポケットに仕舞っているそれを、鬱陶しそうに指摘した。
取り出したそれを見て、兵士は頭を下げる。
「一応これも決まりなのでね。『デバイス』を持っている理由は?」
「……理由も何も、私はこれを持っていないと落ち着かなくてね。それとも、この街は『デバイス』を持っている人間は立ち入ることすら出来ないのか?」
『デバイス』とは、東方の都市マシーナで開発され流通している端末のことを言う。
マシーナ付近の東方諸国では機械文明が発達しており、このような『デバイス』が使えるように通信網も発達している。
それは個人の身分証明にも使うことが出来る。それ以外にも東方諸国ではそれを使って生活をすることが出来るとも言われていて、『デバイス』が流通しきった都市によっては、現実空間に店舗が存在しないこともある。
私としては、店で色々と物色してから購入したいものだから、そればっかりは困るのだがね。
「……いや、別に問題ない。『デバイス』だが、この街では使えないぞ。そこは理解しているか?」
「だろうね。アンテナが一つも立っていない」
アンテナとは通信の強度を示す指標だ。私も『デバイス』を手に入れてからそう時間が経過している訳ではないから、『デバイス』の全てを知っている訳ではない。
だからアンテナのことも知ったかぶりみたいなところがあるのだが、きっと兵士はそこまで考えていないだろうな。
「なら問題ない。入るが良い。そして我々は歓迎する、旅人よ」
その言葉を聞いて私は頭を下げる。
疑いの目を全員に向けているのだから、ここに居る兵士というのは精神が磨り減る仕事ではあると思う。きっと長く仕事を続けている人は、天職だろうな。私だったら一日と耐えきれない気がする。それもまた、合った仕事という解釈で言い切れるのかもしれないが。
◇◇◇
門を潜って、街を探索する。暫くして歩くと、宿屋が建ち並ぶエリアへと辿り着いた。
「……安い宿を探したところで、いっぱいか」
何軒か軒を連ねてはいたが、既に三軒がいっぱいだと言われた。
何かイベントでもあるのだろうか。次の宿屋で聞いてみることにするか――などと思っていたら、一軒だけガラガラの宿屋があった。
他の宿屋は店の前にも人が溢れているのに、ここだけは誰も居ない。
強いて挙げるならば、少し他の宿屋と離れているから、客が全員ここまでやってこないのか?
「……まあ、良いか」
好都合であることは変わりない。これから行う行動を考えれば、なるべく視線を浴びない方が良いからだ。
宿屋の入り口を潜ると、カウンターに居た女性がこちらに視線を向けた。若い女性のようだが、一人でここを切り盛りしているのだろうか? だとしたら、かなり大変な気はする。
「……あ、いらっしゃいませ!」
余程疲れているのか、接客まで行き届かないのだろう。それはそれで大問題だと思うが。
「……部屋は空いているか?」
「はい、空いていますよ! 何ならずっと空いています」
悲しいことを言うんじゃないよ。
まあ、街の人気エリアよりは少し外れているようだし、ここで宿屋を経営するのはなかなか難しいのかもしれないな。
「じゃあ、一部屋頼むよ。明日まででね。お金は?」
「銀貨五枚になります」
ふむ、観光で売っている街の宿屋にしては低価格だな。もしかしたら人気の宿屋はもっと高値なのかもしれないな。下手したら金貨一枚レベルの宿かもしれん。その金額に見合ったサービスを提供してくれるのかはまた別の話だと思うが。
袋から銀貨五枚を取り出して、それをカウンターの上にある木の皿に載せる。
「……は、はい。丁度お預かりします。夕飯はいつになさいますか?」
「夕飯? ……あー、別にお金がかかるんだろう。だったら――」
「いえ! うちは銀貨五枚で全てやりくりさせていただいておりますので! 追加費用はいただきません。他の宿屋は追加で費用がかかるようになっているそうですけれど……」
「……味とボリュームは問題ないだろうな?」
疑うつもりはないが、無料という言葉は悪魔の言葉だと思う。
無料ということはメリットを感じるのだが、しかしそこでクオリティが低いものを出されても「無料だから仕方ないか」という着地点を用意されているようで、猶更腹が立つ。
ならば、無料を避けてそのメリットを消し去ってでも追加費用を支払うか別の店で食べれば問題はないのだろうが……。
「うちは昔ながらの感じでやらせていただいております。何なら地下は今でも酒場としてやっておりますので、味は保証していただけるかと」
「酒場か。……ならまあ、多少は担保されるかもしれないが。分かった、そこまで言うなら食べてみよう。ええと、今が陽の五つ(注釈:午後二時)だから……、陰の一つ(注釈:午後六時)で頼むよ」
「はい!」
少しだけ、女性の表情が柔和になったような気がした。久しぶりの客だったのか、まさか? やはり不安が拭いきれないが、仮に失敗したらその時はその時だ。二度とこの店を使わなければ良いだけの話。
一先ず部屋へ案内してもらうこととしよう。荷物は然程持ち歩いてはいないものの、やはり部屋はプライベートな空間として位置付けられており、少しは気分が楽になる。
それに、街に入れば『獣』から襲われる心配も少ない。
「……はい、それでは部屋へご案内いたしますね!」
女性はカウンターの下から鍵を取り出して、私の前に立った。
そうして歩き始めた女性の後を、私はついて行く。
階段を登った先の突きあたり、そこが私の使える部屋だったようだ。
「お風呂ですが、一階にあります。使うときは入り口の脇にある板をかけて下さいね。少ないですけれど、泊まっている人はいらっしゃいますから。狭いお風呂なので二人でいっぱいになっちゃうんですよ。それと、ご飯は先程お伝えした通り地下の酒場で。お父さん……あ、いや、マスターに一声かけて下さい」
成る程、酒場を経営しているのは父親か。ともなればその間は休憩出来るのかもしれないな。一人で何もかもやっていたら休む時間もないし、どうやってやりくりしているのか少しばかし気になったものだが。
「それでは、鍵をお渡ししますね。何かあれば一階にお申し付け下さい。それでは!」
最後まで明るい女性だったな――私はそう思いながら、部屋の鍵を開けた。
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