第一章9


 いや、何を言っているのかさっぱり分からない。

「……世界の終焉を迎えるとして、何をしようとしているんだ? そもそも、私にそんな話を持ちかけたのは、何か理由でもあるのか?」
「そりゃあその通りだよ。理由がなけれは話だってしないよ、きっと。だからこそ私はこうやってあなたと面と向かって話をしている訳じゃない?」
「……つかみ所がないな。本当に。それとも、わざとそういう話し方をしているのか? だとしたら策士だな。詐欺師にでもなれば良い」
「嫌だなあ。人を騙してそれでご飯を食べるんでしょう? あんまり考えたくないし、考えない方が良いと思うのだけれど。それとも詐欺師のつてがあるの?」

 ある訳ないだろう、そんなもの。

「あったところでそれを堂々と言えている人間は、きっと頭のネジが数本吹っ飛んでいるだろうよ」
「良かった。あなたが真面目な考えの人間で。……そうじゃなきゃ、ずっと私の話なんて聞いてくれないよね。聞いてくれるということは、つまりそういうことなんだし」
「で、未来が見えないからどうするつもりだ? 予言者ごっこはお終いか?」
「違うよ。考えてみたら分かるでしょ。世界の終焉が分かっているんだ。動かない訳にはいかないでしょう?」
「動く?」

 まさか、お前が世界を救おうとするのか?
 冷静に考えてみて、腕力も筋力もあるようには見えないし――いや、魔法でも使えればそれはまた話が別なのかもしれないが、しかしそういう風には見受けられない。仮に魔法でも使えるのなら、もっと早くそういう情報は知れ渡っているようなものだからな。

「魔法を使えたら、苦労しないんだけれどね。そんな何でも出来るような人間ではないから、致し方ないのだけれど。そこについては……ほら、分かりきっているでしょう?」
「分かりきっている? どうするつもりだよ。世界を救おうとしていたとしても、それに伴う実力がある訳でもあるまい? 光あれとでも言えば光が放たれるとでも思っているのか? だとすれば、お目出度い考えだな」
「違うよ。そんなことは思っていないよ……。だから、私はこうやってあなたと話しているんじゃない」
「……まさか、私を使うつもりか?」

 お前は、私が復讐したい相手の娘であることを忘れたか?
 冷静に考えて、そういう立場の人間が簡単に協力してくれるとでも思っているのか?

「協力するとかしないとか、そういう類いの話ではないと思うよ。だって、世界が終わっちゃうのなら、それは復讐をしている場合ではないと思うし。復讐なんかは後回しにされちゃうんだよ。分かる?」

 世界の有事なんだから、優先順位を考えろ。
 そう言われているような気がするが、しかしながらそんなことはどうだって良い。
 私は私の復讐が出来れば、世界なんてどうなったって構わない。

「そんなことを話すとは思っていたし、可能性の一つとして考えていたよ。けれども、冷静に考えて。例えば……有り得ないと思うけれど、来月の今頃に世界が終焉を迎えるとしたら、きっと復讐は終わらない。そうでしょう? 復讐にどれぐらいの年月がかけられるかも分からないのに、世界がいつ終わるかも分からない状態だというのは、あまりにも不安じゃないかな?」
「……私に何をさせようとしているんだ。メリットがなければ、私は動かないぞ?」

 私以外の、様々な人間だって損得勘定が前提条件だ。自分にメリットがなければ絶対に動こうとしない。メリットがないと分かっていても動くのは、それは聖人君子であって、そんな人間ばかりがこの世界に居ると思ったら大間違いだ。
 もしかしてこの女は世間知らずなのではないか? 私は話しながらソンなことを思っていた。最初から予知能力があることを話していながら、そこからはずっと希望論ばかりを話している。
 希望論で飯が食えるのなら、苦労はしない。
 それは並の人間ならば簡単に考えることが出来るはずなのだが、ソフィアはそれが出来ていない。
 大方、自分の世界というのが屋敷だけで、屋敷より外に出たことがないのだろう。
 典型的な箱入り娘で、一番私が好まない環境に居る存在だ。
 はっきり言って、唾棄すべき存在だ。

「メリットは当然あるよ。私が知っている情報と、この家の書斎にある情報を提供してあげる。書斎にある情報なら……、きっとお父さんがどういう交友関係を築いているのかが分かると思うけれど」
「……復讐相手ぐらい自分で探せ、と言いたいのか?」

 だとしたら、それこそ途方もない話になってしまう。もう少し数を絞ろうとすることは出来ないのか。例えば、そのお金の行き先を考えた結果数名に絞ることは出来やしないのか。出来なければそれは致し方ない。虱潰しに永遠とも続く復讐を繰り広げていくしかない。

「それなら、安心して。私がそれなりの道筋はつけてあげたから。……知りたい?」
「まさか、それを交渉題材にするつもりじゃないだろうな?」

 だとしたら、こちらとしてもお手上げに近いかもしれない。
 何故ならその情報は私が喉から手が出る程欲しい情報だったからだ。その情報が手に入るのならば、多少デメリットがあったとしても少しは目を瞑るかもしれない。

「そうだよ。私はその情報を提供してあげる。そのために、私もあなたの復讐をお手伝いしてあげる。そして最後は……勿論、私の願いも叶えてくれたら、だけれど」
「?」
「最後に――お父さんを殺せなかった代わりに、私を殺しても良いよ」
「……お前は平和になった世界で生きようと思わないのか?」
「考えてもみてよ。お父さんが死んだ後に執事に乗っ取られようとしている家の当主だよ? 平和になった世界で、この家に私の居場所なんて残されていないんだよ。もしかしたら、この世界に、という意味ですらあるのかもしれないけれど」
「そのために、私が殺せと?」

 そりゃあ、幾ら何でも理不尽過ぎる。
「……でも、あなたは元々私のお父さんを殺したくてここにやって来たんでしょう? けれど、お父さんはついこないだ死んでしまった。だったら、同じ血族の私を殺そうという心理になるのは当然だと思うけれど。それが嫌なら、別に無理強いはしないよ」
「無理強いとかそういう問題じゃ……。でもまあ、分かった。受け入れるしかないんだろ。お前の意見に」
「やった!」

 ソフィアは少しベッドの上でジャンプしていた。
 まんまと載せられてしまった訳だが――しかし人生とはそういうものだ。少しばかりは予想外なことが起きても致し方ないか。
 とはいえ、戦力外とも言える人間と一緒に旅に出るというのも、リスキーではある。
 しかし、それを旅に出ることを喜んでいるソフィアに言うのも、少々良心が痛む。
 だから私はそれを言わないでおいた。
 きっといつか――いつか、自分で自覚してくれるだろうから。




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