第二章2
次の日は、肌寒かった。
宿で朝食を食べられるのは、案外珍しいことではない。どんな宿でも自分の宿に入って欲しいがためにそれなりにサービスを良くするのはあることだからだ。それに朝食を自分で準備する必要がなくなるからね、それもメリットだと言えるだろう。
「……さてとっ。それじゃあ、ラフティアへ向かうということで良いのかしら?」
宿屋の前で背伸びをした後、ウルは言った。
「ラフティアに向かうしかないだろうな。……実際、復讐するために私は旅をし続けてきた。それが一歩でも進むのならば、また何か進展があるだろうし」
「進展が、あれば良いのだろうけれどね」
何か落胆しているような気がするのは、気のせいだろうか?
私の気持ちを逆撫でしないで欲しいものだし、それぐらいは分かって欲しいものだが――案外旅芸人だからそこら辺の空気は読めると思っていたが、それは勘違いだったのかもしれないな。
「しかし、ここからどれぐらいかかるんだって話よね」
「旅芸人のあなたなら、街から街へは歩いていたのではなくて? それとも、馬車でも使っていたのかしらね」
「馬車の方が快適だからね。時間はかかるとは言っても歩くよりかは……。後はマジックワープゲートがあったはずだけれど、あれは許可制でしょう? それに使える場所も限られているし、なかなか使えないのよね」
マジックワープゲートは、文字通り魔法を使ってワープする技術を使えるゲートだ。
どういう仕組みを使っているのかは分からないが、瞬間移動ではないことは確かだ。何でも、この世界にはエネルギーが常に地下に張り巡らされていて、それらを繋いでいるだけに過ぎないのだという。私は魔法には疎いものだから詳しい話は分からないが、しかしながら魔法によって世界が良い方向に進んでいる訳でもないのだし、少しばかりは良い方向に持っていくためにもこれは悪くないのかもしれないなとは思っていた。
「マジックワープゲートを使うと、足が付くんですよ。……こう言うと、何か犯罪をした人間に見えてしまいますけれど、要するに始点と終点に記録が残るんです。魔力を読み取れる人間ならばあっさりと個人が特定出来てしまうぐらいには、分かりやすい記録が」
「……だったら、今の私達には使わない方が良いだろうな。得策とも言って良いだろう」
私達は歩いてラフティアへ向かっていた。
別に道も山道という訳ではない。平坦ではないが、歩くには環境は悪いとは言い切れない。
時折人とすれ違うこともあるし、キャラバンがここを通ることもあるだろう。あぜ道になっている訳ではないから、きっと街が舗装しているのかもしれないが、管理するのも難しいだろう。税金だけで何とかなる訳でもないだろうし。
「ラフティアは良く行ったけれど、とても良いところよねえ。住むには悪くない場所だと思うわ。世界から様々な食べ物が集まってくるから、旅しなくても良かったりするのだろうけれど、多分あそこに住んでいる人達は旅行をする暇もないのかもしれないわよね。だって自分の街で食べ物を味わえるんだから!」
「行ったことないが、そんなもんなのか?」
「あら、食事に興味はないの? 駄目よ、旅をしているなら楽しみぐらい見つけないとねえ。私はこう色んな街の劇場で芸を披露するけれど、楽しみはやっぱり食事よ。美味しい食べ物がなければやっぱり花を添えることは出来ないからねえ。塩がたっぷり乗っかったパンだけが出された宿の時は流石にげんなりしたわよねえ……」
何だよ、その明らかに不味そうなパン。
絶対に出会したくないし、食べようとも思わないな。健康に悪そうだ。
「食べ物を沢山味わったの? ウルさんは」
「そりゃあ、勿論。食べたいものは食べ尽くす! そして、食べたくないものは絶対に口にしない。それが私のポリシーであり、それが私の生き様ってものよ。覚えておいた方が良いわよ?」
「忘れておけ、忘れておけ。絶対に覚えておいて良いことなんてないから」
「あらもう、いけずう」
ウルの話は話半分で聞いておいた方が良い。別に真面目に受け取ったところで何かメリットがあるのかと言われたら、絶対にないだろうからな。
それに私はずっとラフティアに向かっているのだが、ウルの話が長いものでなかなか前に進めていない。何故ならウルは話すと歩くペースを落としているからだ。別に話だけなのだから歩くペースを下げないでもらいたい。このままでははっきり言って野宿コースまっしぐらだと思うぞ? 宿が何処にでもあると思わないでいただきたいものだが。
そう私がずっと睨み付けていたのを、ウルは漸く感じ取ってくれたのか、恭しい笑みを浮かべる。
「あらやだ。もしかして私が何か輪を乱していたかしら? だとしたら申し訳ないわね……。もしかしてずっとこのままだと辿り着けないとでも思っていたのかしらねえ」
「分かっていたのなら、さっさと歩いてくれよ……。こちらも長々と説教をしたくないんだ。それに今はあんたも私もソフィアも三人旅を始めたばかりだ。全員の何もかもをお互いが知っている訳でもないのだから、分からないことぐらいあっても致し方ないかもしれない。……だが、そう考えても目に余る行為だと言いたい訳だ」
「旅は道連れとは言うものでしょう? それに……焦ったところで何も生まれないわよ。あ、そうか。世界を救いたいから急いでいるのかな?」
「そう思うか? 私が自分の復讐よりも先にソフィアの世界救済を優先すると?」
「そうしないと、あなたの復讐も実現出来ないでしょう?」
「……それはソフィアにも言われたよ。別に同じことをウルに言われたくないね」
耳にたこができているとまでは言わない。二度目の発言だからな。
しかし同じことを何度も言われても何も言わない程、私は心が広い人間ではない。
寧ろ人間の心としては狭い方だよ、私の心はね。
しかし、それを納得してくれるものかと言われると――そうではないだろう。
だからこそ納得して欲しいものだが――二人もこう違う人間と旅をしていると、今から頭が痛くなる。旅が終わる頃にはもう少し変わっているのだろうか……。
「あ、見えてきたわよ」
高台に立つと、そこから見える景色は違って見える。
振り返ると、白い大地の真ん中にあるのはバーガンズだ。
そしてこちらを見ると――海に面した場所に城壁に囲まれた都市が見えた。
「あれが……」
「そう。あれが食の都と名高い都市、ラフティアだよ」
しかし――あそこまでは多分あと半日とまでは言わずとも、一つ(注:二時間)とかそれぐらいの時間はかかりそうだ。
私はそう思うと、深く溜息を吐くしかないのだった。
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