第二章3
ラフティアへと入る門を潜ると、直ぐに鼻腔を擽るのは美味しそうな匂いだった。
何かを焦がしたような香ばしい匂いとでも言えば良いだろうか。きっとそれは様々な料理が織りなす匂いなのだろう。一つの料理だけから生まれるものだとは到底考えづらい。
「……この街に居ると、本当に食事には困らないわよ」
ウルの言葉を聞く限りだと、どうやらここに来たことがあるらしい。
旅芸人なのだから、それぐらいは当然と言えるか。
「……ウルさんは美味しいご飯を沢山食べてきているの?」
「ええ、そうよ。そこの彼女よりは沢山の街を巡っているからね。そういう仕事をしていると、自ずと食べ物も美味しいものに巡り会えることが多いのよ」
「何? こちらに喧嘩を売っているのか?」
「喧嘩を売っているつもりはないわよぉ。正確にはマウントを取っているとでも言えば良いのかしら?」
「喧嘩を売っていることに変わりねえだろうが。……まあ、良い。オススメは?」
「オススメ……っていきなり話を変えてくるわねえ。それとも話が気に入らなかった? だとしたら申し訳ないとしか言い様がないのだけれど……。ええと、オススメはやっぱりキングポテトを使ったフライかしらね」
「ポテトのフライなんて何処の国でも食べられそうなものだが?」
「ところが、そうでもないのよねえ……。あ、正確に言うと、この味を楽しめるのはここだけ、ってところかしら? 何せここには大量の食べ物が揃ってくる。キングポテトの生産地では何故だか揚げることはしないのよ。新鮮なうちに食べれば良いのにどうして油で揚げる必要がある? って話になるみたいで」
「成る程ね……、生産地には生産地なりのポリシーがある、と。それはそれで納得だけれど、どうせ美味しいものは美味しいんだから別に良いんじゃない?」
「そういうものかしらねえ。きっと生産者はそう思っていないだろうけれどね。それはあくまでも推測ではあるのだけれど、結局のところ生産者が食べて欲しい食べ方で食べるのがベストであるのは、間違いないでしょうからね」
「だったらそのフライをオススメするのは間違っちゃいないのか……?」
取り敢えず宿を探さなければならない。情報収集はそれからだ。
私達はそう思いながら、宿を見物する。さながらウインドウショッピングのようであったが、代わり映えしないのもまた事実だった。
「それにしても何も変わらないねえ……。何処を選んでも問題なさそうだが、ウル、あんたは何処かオススメはないのかい? 一度泊まった宿があるなら、そこで宿泊しても良いと思うけれど」
「だったら、オススメがあるわよ」
ウルは直ぐにそう言った。
さっきから散々ラフティアの利点を語っていたのだ。これで宿のことを何も知らなかったら肩透かしも良いところである。なので、ウルの発言は当然予想していたし、それはそれで有難いことでもあった。どうせ仮に宿を知らなかったとしたら、手当たり次第入って宿泊出来るかどうか確認するしかなかったのだし。
「ならそこへ向かうことにしよう。その宿は空いているか? 空いていないのならば、一つ滑り止めを用意しておいた方が良いかもしれないが……」
「別に良いんじゃないかしらねえ。これは絶対的な自信があるとかそういう訳ではないのだけれど、少なくとも宿に人が一杯という訳でもないでしょうから」
そんな宿があるのだろうか? 一応、ラフティアは観光地だったはずだが……。
「まあ、私のことを信じていなさい。それとも信じられないかしら? 正論ばかり話をしている謎の旅芸人のことを」
挑発しているようにも聞こえたその発言を、私は受け入れるしかなかった。
何故なら、ウルとは今後暫く旅を続けていかなければならないのだ。多少の不満は受け入れなければ旅を続けることは困難だ。尤も、不満度がある限界を超えてしまったのなら、それは話は別になる。
あくまでも、私が言っているのは一般論に過ぎない。
「……それじゃあ、向かいましょうか。大丈夫よ、私がずっと昔からお世話になっている宿だから、きっと色々融通は利くはずだから」
それだったら全然有難いのだがな。
私達は一先ずウルの言うことを聞いて――知り合いが経営しているという宿へと向かうのだった。
◇◇◇
「ここよ!」
路地裏を歩いていると、ウルは立ち止まって指さした。
そこにあったのはレンガ造りの建物だ。趣が良く、本当に宿がガラガラなのかも疑わしい。静かな雰囲気だからかなりここを好む客は居てもおかしくなさそうだが。
「……本当にここが穴場の宿なのか? どう考えても雰囲気は隠れた人気の宿、といったところだが」
そもそも、冒険者が泊まって良いグレードかどうかも危うい。もしかしたら金持ちが観光をするために拠点とする宿の一つなんじゃなかろうか。だとしたら一泊の値段は相当跳ね上がる気がするが……、ウルが出してくれるなら良いがな。
「何よそれ。他人に任せっぱなしじゃない。……そんな冗談はさておき、ここについては問題ないはずよ。何故なら――」
「あっ、ウル。良く来たねえ」
外に出てきたのは、白いエプロンを身につけた女性だった。おっとりとした様子だが、ここを一人で経営しているのだろうか? バーガンズの宿みたいに父親が居て二人で経営しているなら分かるが。
女性は私達二人を値踏みするように見て、呟く。
「……ウル。サーカスを開こうっていうのなら、この二人には曲芸は出来ないような気がするけれど?」
「あらやだ。流石にそれは違うわよ。実はちょっと野暮用でね」
世界を救うことを野暮用呼ばわりですか。
何だか、私もウルも世界に対して少し優先順位が低すぎやしないかね? 直すつもりはないが。
「野暮用? そのためにわざわざここまでやって来たというのかい? だとしたら律儀だねえ」
「三人、部屋空いているかな?」
「空いているよ、勿論。ここがガラガラだと分かっていたから来たんだろう? その上でこういった質問を投げかけるんだから、あんたも性格が悪いよ」
「悪いわねえ。けれども、別にわざとじゃないのよ。いつもここが繁盛していると思って、こうやって質問を投げかけているんですから。……じゃ、問題ないのね?」
「そりゃあ勿論。あんたはお得意様だからね。二階の一番左から三部屋使いな」
女性は宿の中へと戻っていく。
ともあれ、宿は確保出来たようだ。
立ち話も何だし、私達はそのまま宿へと足を踏み入れることとした。
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