第二章5


「……じゃあ、白き女神は何をしている? 一般市民を見捨てて金持ちだけを診察しているのか?」
「酷い話ではあるけれど、致し方ないことだとも思うのよね。……だって私達には労働に対する対価を払えないんですもの」

 スカディはかなり冷静に話を進めているような気がした。
 普通ならそんなことを考えずに、何故自分達を診察してくれないのかと紛糾するはずだ。例えこちらに非があろうとも、そこについては目を瞑ってでも話を強引に進めても何らおかしくはない。
 しかし、スカディはそんな考えではなく、あくまでも対等に物事を見て話を進めている。そこについてはかなり優秀であり、かなり冷静である。こんな考えを持ち合わせている一般市民がもっと沢山居るのなら、統治も上手く進むのかね。

「……白き女神は、その感じからすると一般市民からはあんまり良い目では見られていなさそうだな」
「私は嫌いではないのだけれどね。きちんとこの街を良い方向に持っていこうという気概は感じられるからね」
「気概だけ感じても意味はないのよ。それに……、実際のところ私もそこまで関心を持ったことはなかったけれど、だとしても白き女神はおかしいのよ。為政者として成り立っていない。……まあ、為政者は殆どその資格がない人間ばかりだから、今更それをどうこう言ったって意味はないのだけれど」
「為政者が失敗したところで、批判を抑えつける権力があれば意味がないからな。独裁者というのはそうして生まれるものだ」

 現に、世界の何処かにも独裁者の一人や二人ぐらい居てもおかしくはないだろう。世界は広く、国家も数多い。小さい国もあれば大きい国もあるが、巨大な国家ほど国家元首のコントロールというのは凄まじいものであり、精神を磨り減らしてしまう。
 幾ら健全な精神を持ち合わせていても長年国家運営を続けていけば、確実に歪んでしまう。人間というのはそういう生き物だ。権力を集中させていればそれを批判する人間も居なくなるし、排除してしまえば意味がない。
 そうして自分にとっての悪を排除し続けていけば、気がつけば残るのはイエスマンだけになる――良くある独裁者の構図だ。致し方ない、そうなったら独裁者はクーデターを起こされても気がつかないのが大半だ。どうして自分に従わないんだ、と憤慨する独裁者も出てくるだろう。
 結果、独裁者によって一つの国は疲弊し崩壊を迎えるか――或いは新しい政治が生み出されるか。
 いずれにせよ、歪みが歪みのまま続くことは一生ではない。いつかは終わりを迎えてしまうのだ。世界と迎合しなくなってしまう未来が、遅かれ早かれやって来る。
 為政者はそれが来るのを恐れている。だから、国民にストレスを与えないようにしているのかもしれないし、或いは反逆の意思を与えないぐらい疲弊させるのかもしれない。どちらが良いかなんて、火を見るより明らかだがね。

「まあ、そういうものでしょう。リーダーというのは下々に到底理解出来ないような悩みを抱えているはずでしょうからね」
「……というから、さっきから思ったが、ずっと第三者目線で話を進めていないか? その疫病が起こっているのに、白き女神に不信感を抱くことはしていないように思えるが?」

 私が気になったのはそこだ。
 スカディはずっと白き女神を否定もしていないし批判もしていない。そこが凄く気になったところだ――どうして為政者を庇う? 何かメリットがあるから、そんなことをしているのだろうか。

「いやいや、私は別に何も思っちゃいないよ。だって批判したところで何の意味もないだろう? 為政者を批判したらうちにお金が入るなら、そりゃあ何度だって批判はするけれど……。したところで警察に捕まって数日間の隔離が良いところだ。それをされちゃあ、生活が出来ない。戻ってきた頃には宿が荒らされてまともに仕事が出来ない状態に陥ってしまうからねえ。そうなったら私の人生もお終い、って訳だよ」

 首が回らないが、それを批判するつもりもないししたところで意味がない――と。
 いや、それについては否定しないし確かにその通りだろう。
 しかしこれが永遠と続くのならば、立ち上がるのも考えた方が良いような気がするが……。

「そりゃあ、立ち上がれるなら立ち上がると思うけれどねえ。実際、レジスタンスは居るよ。私もたまに連絡を取るし、宿を貸してあげることもあるけれどね。実際、彼らは為政者に目を付けられているでしょうし。警察だって尻尾を掴みたいでしょうからねえ。けれど、レジスタンスだって頭を働かせているのよ。賄賂を渡しているのだけれどね」

 頭を働かせているというより、金で解決しているんじゃないか?

「賄賂を渡して警察の目を欺いているとか……そういった話かしらねえ。だとしても、限界があるのではなくて? やっぱりお金は全てを解決するとは思うわよ? けれど、警察だって馬鹿じゃない。全員が全員賄賂が通用するとも限らないのではなくて?」
「それぐらいレジスタンスだって考えていると思うよ。……だって警察は全員が全員忠実に職務を果たしている訳ではないし、私達一般市民から賄賂を得ることで収入としている輩だって居るのでしょうから。……きっと、そういう警察の人間を上手く分析しているのでしょうね」
「成る程ね……。確かにそれは良いことかもしれないね。実際、相手のことを良く理解してから始めるのが戦争だと言われている。相手の行動を理解して予測することでこちらも手を出すことが出来る――レジスタンスはそれをしているのかもしれない」
「だとしたら、頭は良いってことかしら?」

 ウルの言葉に私は頷いた。
 少なくとも、それを指揮しているリーダー格の人間は、それなりに頭が良いだろうね。
 何なら一度会って話がしたいぐらいだ。一応私達も最終的には白き女神に用事があるのだし。

「……会ってみますか?」

 そんなことをぽつりと呟いたら、スカディからまさかの返事が返ってきた。

「いや、そんなこと出来るのか? 私達は旅人だぞ。そんな何処の人間かも分からない人間を……」
「だからこそ、ですよ。何も分からないからこそ、こちらに取り込みやすい。――これはリーダーの人の受け売りですけれどね。要するにこの国に居る人間だと、どちらの味方に付いているかが分かりづらいし、仮に白き女神側だとすればスパイ活動を働く可能性があるからなかなか仲間にしたくない、と。けれど、旅人ならば全てがまっさらな人間です。ですから、相手にするにも仲間にするにも楽だ……と」

 そういうものかね。
 だとしても、これはチャンスだ。レジスタンスと話をして、あわよくば白き女神と会う機会を手に入れるしかない。
 どうせこの街に長居するつもりはないからね。
 そうして、私はスカディの提案を了承し、レジスタンスのリーダーと会う約束を取り付けてもらうのだった。




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