第二章10


 はっきりと言い切ったのは有難い気もするが、それと同時に驚きもある。
 つまりは、レジスタンスは退路を断ったのだ。仮にこのクーデターが失敗してしまったとするならば、多少なりとも逃げ道を用意しておかなくてはならないのだろうが、それを足蹴にしたのだ。

「……本気なんだな?」

 私の言葉に、ロキは頷く。

「そうでなければ、レジスタンスとしてずっと活動はしていませんよ。それに……そうでなくてはあなた方も協力しようとは思わないのでは? 本気で物事を考えようとしない人間に肩入れしてしまえば、いつ裏切られるか分かったものではありませんからね」

 それについては、全面的に同意する。結局のところこちらも本気を見せなくてはならなくなるのだがね。そちらが先に本気を見せてきたのだから、こちらとしてはやってやるしかないのだが。
 なりふり構っていられない――とまでは言いたくない。
 しかし、それを実現するためにはお互いに全力を出さなくては意味がないのだ。

「……白き女神は、いつも何処に?」
「彼女は外出を嫌います。当然ではありますけれど、今この国に蔓延している疫病のせいですね。ですから、彼女に会いに行くためにはわざわざ城まで向かわなくてはなりません。しかし、そこもまた厳重に警戒されている――白き女神が疫病に感染してしまっては、全てがお終いですから」
「なら、どうする? 簡単に入ることの出来る隠し通路でも存在するのか?」
「……そんな都合の良いものが存在しているのならば、とっくに我々が使っています。ですが、安心して下さい。こちらも別に策が何もない訳じゃありませんから」

 ロキは立ち上がると、壁に付けられた棚に向かった。棚には幾つもの大きな紙を丸めたものが置かれている。
 そのうちの一つをロキが手に取ると、再びこちらへ戻ってきた。

「……それは?」
「この街の地図だよ。……と言ってもただの地図じゃないんだけれどね、正確にはこの街の地下の地図とでも言えば良いかな?」
「地下の地図か……。しかし、これを見た限りでは戦法を思い付くには至らないな。これを使ってどうするつもりだ?」
「見れば分かるように、ラフティアには無数の地下通路が通っている。これは要するに水脈があって、先人達がここを掘り進めて水を確保してきたからだ。そして、今もなお拡大しつつあるそれは全容を把握出来ている人間が限られている。つまり……誰にも見つからずに城まで辿り着くルートだって構築出来るかもしれない、ということだ」
「……何だって?」

 目から鱗が落ちたような、そんな気分だ。
 そういえばパーガンズもそういう地下通路が沢山あった気がする。あまり調べたことはないが、この辺りは地下資源が豊かだということだろうか? だとしたら国が豊かであるのも頷ける。実際、資源を確保している国はそれを楯に取引の値段を上げたって別に痛くも痒くもない。買ってくれればそれで良いし、買ってくれなくても自国で使ってしまえばそれで良いからだ。尤も、他の国から利益を齎してくれるのは間違いないからその選択を実際に迫られることはないだろうが。

「……でも、そのルートは分かっているの? 確かに地下通路を有効に使えば、誰にも見つかることなく辿り着くことは容易でしょうね。けれど、そこまででしょう? それからは、実際に地下通路の一から十までを把握してルート構築をしない限り、決してその結論に辿り着くことはないんじゃないかしら?」
「分かっているからこそ、こうやって話を出来るんですよ。……まあ、分かっていただけないかもしれませんが」
「うにゃー……、お腹が空いたのにゃ」

 話が唐突に中断される。
 理由は単純明快――フレイヤと呼ばれた少女が再びこちらに戻ってきたためだ。

「フレイヤ……、こっちは今忙しい――と言いたいところだったが、様子も変わってきた。ちょっと来てくれないか?」
「にゃっ? 食べ物を食べさせてくれるのかにゃー?」
「それは流石にないかな。私だって食べ物を持っている訳ではないからね……。だが、君の能力を一度見せておかないと話が進まないんだ」
「……なら、しょうがないのにゃー」

 眠そうな表情を浮かべながら、フレイヤはこちらに歩いてくる。

「フレイヤ、この子が何か出来ると?」
「出来るというか何というか……、彼女は記憶力が優れていてね、実はこの地図を全て暗記している。しかし、それだけではなく――」
「マナの力を見ることが出来るんだにゃー」
「マナ?」
「世界樹教団が散々言っているでしょう? この世界に存在するエネルギーは、脈々と大地に流れている。そして、そのエネルギーの流れというのがマナである――と。そしてマナを操れる存在というのが、世界樹教団ではとても大事にされているんですよ。或いは重要なポストに就くことが多い」
「そのマナを見ることが?」
「この世界の魔法というのは、どういう仕組みで成り立っているかはご存知ですか?」
「ええと、確か……元素の精霊の力を借りているのよね。だから、その元素の力から離れた魔法は生み出せない。言うならば、そこから外れてしまったものは魔法とは呼べない……」

 ウルは魔法の仕組みすら知っているのか。最早知らないことがないような気すらしてきた。
 ロキはうんうんと頷くと、さらに話を続けた。

「その通りで、元素の精霊が居ることが魔法を語る上での大前提です。しかし、過去はそうではなかったとしたら?」
「え?」
「……消失の王国、その時代には魔法はマナを使っていたんですよ。マナを使える人間が殆ど居なくなってしまったから、この世界から魔法を使える人間が消失し、魔法という概念も変わってしまった」

 何だか話が壮大になってきたな……。
 それにしても魔法の仕組みが昔は違っていた、というのは面白い話ではある。ならば今は常識であったとしても昔は常識ではなかったということも多いのだろう。だから年寄りと話をすると合わないのだ。

「そう飛躍するのは少し筋違いのような気もするけれど……、しかし魔法の仕組みが変わっていったということは、きっと誰も知らない。歴史を隠しているからだ。誰がやっていると思う?」

 そりゃあ魔法の概念が変わってしまったことと、消失の王国が存在したと知られては困る存在だろう。
 そんなもの、何となく想像はつきそうだが。

「……世界樹教団、彼らは正しい歴史を闇に葬り去ろうとしている。彼らが求めているものと、縋っているものは紛い物のデタラメだよ。世界樹そのものは存在しているし、神として成り立つものではあるけれどね」




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