第二章9


「フレイヤ、お客さんに意地悪をするな、と何度も言っただろう?」

 いつの間にかフレイヤの背後に立っていたロキが、彼女の頭をポンと叩いた。

「……痛いにゃ!」
「それで済んだんだから良いと思え。……ところでフレイヤ、他のメンバーは?」
「やることもないから自分の部屋で遊んでいるにゃー。私はここのソファの座り心地が良いからここに居るけれど」
「まあ、何もないときは自分の好きなことをしてもらって構わないけれど……。取り敢えず、眠るのはやめてもらって良いかな? ちょっとこれから大事な話があるんでね」
「にゃー……しょうがないのにゃ。もうちょっと寝ておきたいところはあったけれど……」

 フレイヤは怨み言をぶつぶつと呟きながら、ソファから漸く離れていった。しかし歩き方はふらふらしており、未だ眠気が取り切れていない様子だった。
 フレイヤが部屋から出るのを見送って、ロキは深い溜息を吐いた。

「……いやはや、お見苦しいところを見せてしまったね。別にフレイヤも悪気があってやっている訳じゃないんだ。そこだけは理解してもらえると有難いな」
「そこまでこちらも気にしちゃいないよ。……レジスタンスも色々な種類の種族が居るんだな、と思っただけだ。私はてっきり人間しか居ないものとばかり思っていたからな」

 未だ一人しか出会っていないが、人間以外の存在が彼女しか居ないというのもあまり考えづらい。少なくともあと一人は人間以外――即ち亜人が居ても何ら不思議ではない。
 ソファに腰掛けたロキは、私達にも座るよう促した。ともあれ、流石に同じソファに腰掛ける気にはならないし、それはマナーがなっちゃいないと思う。
 テーブルの周りに置かれている椅子に腰掛けた私は、そこで漸く話を切り出した。

「……レジスタンスは、どういう活動をしようとしているんだ?」
「君達はずっと……我々の活動に関心があるようだね。それは有難いことではあるけれど……、しかし純粋に疑問も生まれる。どうしてそんなことを聞きたがる? 聞かなくちゃならない理由ってものがあるのか?」
「女には秘密があるものよ――とは言いたいけれど、それで話が進むなら苦労することもないわよねえ? ねっ、話してみたら?」

 またも話を回そうとしているのはウルだった。
 旅芸人だからかは分からないが、話を回したがるし回し方も悪くない。ムードメーカーとはこのことを言うのだろうし、逆にこうしていかないと旅芸人というのも務まらないのかもしれないな。

「……確かにそれもそうだ。それなら先ずは私のことについて話すことにしようか――」

 話したところで、減る物でもない。
 寧ろ早くこれを終わらせたいという焦りの方が強かったかもしれないが――とにかく、話を先に進めるためにも私はロキに旅の目的について語り出したのだった。

 ◇◇◇

「……成る程ねえ。仇討ち、ってことですか。いや、しかし面白いパーティーですよね、そう考えると」

 ロキは私の話を一通り聞き終えると、そう感想を言った。

「面白いか?」
「だってそうでしょう? 幾ら仇敵の場所を教えるからって、仇敵の親族と一緒に旅をしますかね? 世界を救いたいってのも、ちょっと私にはイメージが付きませんし……」
「あくまでも、最悪の未来ですから」

 ソフィアはそう言うが、だとしたらああも強引に旅に連れて行けなどとは言わないだろう。
 それなりの目算があったから私を旅に引き摺り込み、そして私はそれに従った。ただそれだけの話だ。

「……最悪の未来、ですか。しかしなかなか考えづらいものではありますね。世界の滅亡なんて、いったい誰が考えているでしょうか? まともにそんなことを提起したところで、戯言のように思われて誰からも反応されないのが落ちだと思いますけれどね?」
「まあ、確かにこれをあっさりと信じ込んで一緒に旅をしている私も私かもしれないが……」

 頭のネジが何本かぶっ飛んでいるのかもしれないな。

「ただ、貴女達がどうしてこの街にやって来たのかは理解することが出来ました。――つまり、貴女達は白き女神の殺害を目論んでいる訳ですね?」
「……まあ、簡単に言えばそういうことになるな」

 だからこんなことは大っぴらには言えない訳だ。
 幾ら何でも為政者の殺害を目論んでいるなんて、表では口が滑っても言える訳がない。言ったら誰かが密告して、良くて牢屋悪くて死罪だろう。

「でもまあ、それならばレジスタンスも諸手を挙げて協力することが出来ますね。……何故なら我々の目的もまた政権を転覆させることですから。貴女達が白き女神を死に追いやれば、自ずと国は変わるでしょう。そりゃあ直ぐには変わらないかもしれませんがね、彼女に取り巻く輩は数多いですから」
「……ならば、協力してくれるということで?」
「構いませんよ。こちらとしてもデメリットばかりではない。寧ろ、メリットの方が勝ると思いました。ですから、これで問題ありません」
「問題ない、か……。或いはこちらを利用しようとしているのでは? そりゃあ上手く行けばクーデターの成功だが、確実に成功すると本気で考えているのだとしたら……流石に少しばかりは頭がおかしいと思うよ。だって現実的に話が上手すぎるだろうし」
「それをそちらが言いますか? それこそが飛んだ茶番劇みたいなところではありますけれど、流石にそこまでは思っていないのでは? こちらだってきちんと値踏みして考えていますから安心して下さい。上手い話には全力で乗っかりますが、だからといってそれをそのまま受け入れることはしませんからねえ」
「……ははは。あんた、詐欺師が向いているよ。或いは教祖様かな?」
「生憎、私は今のポストから離れる気は毛頭ないもので」

 軽口の叩き合い、或いはつまらない意地の張り合いとでも言えば良いか。いずれにせよ、それをこのまま続けていったとしてもどちらかが根を上げるまで続くのだから、無限にも似た時間を消費することになるかもしれない。
 しかし、それを延々と続けられる程、余裕がある訳でもない。

「……では、取り敢えず本題に戻るとしましょうか。こちらとしてはレジスタンスとして全力で協力するつもりです。白き女神は、この国に必要ではありません。勿論必要だとする存在も中には居ますけれど、それは白き女神とメリットを享受しているからであって、一般市民がそれを享受することは有り得ません。では、どうするべきか? 一般市民を大切にしない存在が国家元首であり続ける理由など、ありはしないのですよ」



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