第二章12


 衝撃的な事実に、私は目を丸くせざるを得なかった。
 世界樹教団が――消失の王国を隠蔽しようとしている張本人? 世界樹教団は今でも世界各地で信者を増やし続けているし、様々な国でスポンサーにもなっている。言うならば、多くの国のバックについているとも言えるだろうか。
 世界樹教団がバックについている国は、当然彼らを懇意にする。当たり前のことではあるが、金を貰っているのにそれを無碍にすることは先ず有り得ない。
 そしてそれは国からの『お墨付き』を貰ったのとも同義だ。だからこそ多少強引なやり方をしてでも信者を増やすケースが後を絶たないし、国としても目を瞑っているケースが多いという訳だ。

「……しかし、それならば頷けるところも幾つかあるかな。世界樹教団が何故世界樹を触らせようとしないのか、そして世界樹教団は本当に世界樹を神として崇めているだけなのか……ということについて」
「分かってくれたかな? 当たり前のことだけれど、世界樹教団に不信感を抱いている或いは抱いていた人間は少なくない。強引なやり方で自らの仲間を増やそうとしているのだから、これについては当たり前だと言えるだろう。けれども、実際に行動に移したケースはあまりない。何故なら、金と力で捻じ伏せているからだ。或いは圧倒的な戦力差で、或いは資金力で捻じ伏せている。世界樹教団には逆らえないということをまじまじと見せつけてやる。そうやって彼らは強くなっていった訳だ。……歪な組織であることは間違いないだろうけれど」

 歪なことは間違いないだろう。
 しかし、それを捻じ伏せる手段を持ち合わせていることが問題だ。結局のところ、如何に歪であろうともそれを修正しようとする行動があれば、それは修正されていきより良いものに変わっていくものだ。
 しかし、修正する行動よりもそれを止めようとする行動の方が強ければ――修正はされない。歪なものは歪なまま続いていき、やがて暴走する。
 暴走した先に見えてくるのは――破滅だ。
 破滅した先に待ち受けているのは、残された人類による後始末だ。仮に文明が破壊されたとしても、一人でも人間が生き残っていれば、その人間が世界を生きていかねばならない。生きていくために必要なものが失われているのだから、先ずはそれを探さねばならないし、無ければ作る必要があるし、そこに至るまでに絶命する可能性もゼロではない。

「……レジスタンスが最終的な目標としているのは、世界樹教団の崩壊?」
「そんな大それたことは想定していないさ。それに、そのことは不可能に近いだろう。幾らレジスタンスが人心を掌握出来たとしても、彼らの中枢は既に洗脳された連中だ。そんな人間にまともな話が通用すると思うかな?」

 そんなことは、有り得ないだろう。
 例えば仮にその人間の心に踏み込むことが出来て、その人間に僅かにまともな状態が残っていたとするならば、未だ吟味する余地はあるかもしれない。しかしながら、そこまで詰めが甘いとも思えない。
 結局のところ、世界樹教団に挑むにはそれ相応の覚悟が必要である――ということだ。

「……それなら、先ずはやはり白き女神を何とかするってところかしらねえ。落とし所としてはそこでしょう?」

 ウルは話を軌道修正する。
 確かにこのまま話を続けても泥沼化する一方だしな……。ここでそういう行動に出たのは有難い。きっと私だけだったなら永遠に話を続けることが出来てしまっただろうし、こういうブレーキ役はあって然るべきなのだ。

「そう。その通り。……白き女神もまた、世界樹教団の敬虔な信徒だ。幹部ではないかもしれないけれど、しかしそれなりの地位であることは間違いない。何故なら一国の主だからね。やはりそれに見合った地位を用意してあげなければ反発も考えられる訳だし」
「では、白き女神を殺すことは世界樹教団の崩壊にも繋がると?」
「繋がるかどうかは分からないけれど、先ずはこちらを認知して貰わないとね。例え世界を敵に回したとしても、正しい世界を、歴史を、作り上げていかなくてはならないのも事実だ。それがある視点で都合が悪いからという理由で捻じ曲げられているのならば、猶更」
「言いたいことは分かるが……、それでも難しいだろう? 白き女神は、一国の主。そこまで分かっているならば暗殺が難しいことではあるというのは周知の事実のはずだ。現に私達もそう簡単に話が進むとは思っていない」
「そこで登場するのが地下通路だよ」
「地下通路だけで一点突破出来るとも考えづらいが?」
「ところが、今はこちらに良い風が吹いてきている。その疫病のお陰でね」
「?」
「疫病に感染して困るのは誰だと思う? 治療が出来るのは白き女神を主軸とした医者だけだ」
「……そりゃあ、白き女神本人だろうよ。本人が感染してしまったら治療が出来るとは思えない。無論、これだけ大きな国なのだから、もう何人か医者が居てもおかしくはないが……」
「ところが、疫病に関するデータは全て白き女神が持っていて、彼女が居なければ治療も全く進まない――としたら?」

 ロキの言葉に私は耳を疑った。
 医者というのは、患者の命を救ってこそ成立する職業のはずだ。しかし、そうではなく一人が治療法を独占している? ならば治療出来る人間も限られてくるはずだ。その治療が来る前に死んでしまう人間だって出て来るのではないだろうか?

「何故かは知らないが、白き女神はその治療法を誰にも伝えようとしないらしい。……だからこそ、問題になっているのだがね。医者としてもそれを教えて欲しいし、全員が全員一般市民を見捨てようとしている訳でもない。中には一般市民を救うために治療費を安くしてくれる医者だって居るのさ。しかし、彼がどれ程訴えても治療法は教えてはもらえないのだよ」
「……独占することでメリットがある、と」
「どう考えているかは分からない。けれど、これによって白き女神には感染していけない大義名分が生まれている訳だ。ならば彼女の直ぐ傍にボディーガードがついていることは、先ず有り得ないだろう。この疫病は空気感染だと言われている。だからこそ、人との接触は出来る限り絶つはずだ。そうでなければ、感染を予防しているとは言い難いからね」



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