第二章13
潜入作戦は二日後に決行することとなった。もっと早くても問題はなかったのだが、ロキがこの街をもっと見ておいてからでも構わないと言っていたので、致し方なくそれに従うこととした。
「私としては直ぐに復讐を果たしたいところではあるのだが……」
「まあまあ、観光なんて出来るうちにやっておかないと。本当にそれを実行したいのならば、ここが混乱して何もかも出来なくなってしまうものね?」
的確なアドバイスではある。
しかし、そのアドバイスを律儀に応じていたらいつまで経っても目的が達成出来ない。少しばかりはこちらに配慮をして欲しいものだ。
「配慮、と言われてもねえ……。でも、街を見ることは良いことだと思うわよ? この街がどういうものなのか、というのは為政者と国民で認識が違うケースが多々あるからねえ」
「……そういうものなのか?」
「為政者は美しい物しか見ようとしないし、穢らわしい物は即座に排除しようとして目に入れようとはしないの。だからこそ、国民の不満も高まるし結果的に摩擦が多く起こることになるんでしょうけれど……。まあ、いつまで経ってもそれは改善されないでしょうねえ。一つにまとめ上げるというのは、誰かが何かを我慢しなければならないんですから」
「国をまとめ上げることについて、批判するつもりはない。けれども、自分の私腹を肥やすためだけに為政者として生き続けるのならば、それは大いに間違っている」
「間違っている? だとしても、きっと誰しもそう思うに違いないわよ。結局のところ、誰が為政者になろうともそれは変わらないんですから」
「……あなたはさっきから思っていたが、どっちの味方なんだ? 私達レジスタンスを味方してくれるかと思いきや、ずっと為政者の肩ばかり持っているではないか。やはり旅芸人のあなたには早過ぎた話だったか?」
「早いも遅いもないし、それに……難しく考えなくては何事も進まないの。自分の利益ばかりを追求していちゃ、それは為政者と変わらない。仮に全てが成功して、レジスタンスが政権を獲得したとしても、そこから何も学んでいなければやがてクーデターはやって来る。今度は狩られる側になるのよ? その恐怖に耐えきれるものかしらね、果たして」
「……あなたの言い分は分かった。しかし、こちらを味方につけるのだ。少しはこちらの言い分も分かった上で話を進めていただきたいものだね」
「善処するわ」
ウルも引き際を弁えているのかは定かではないが、しかしそこで漸く話がまとまった。
「……因みに、流石にここに泊まるのは辞めた方が良いかな?」
「出来ればご勘弁願いたいところではある。私達は国から目を付けられている。そういうことで、急に大きい動きを見せたらアウトなんだ。常に監視されている――そう言えば良いだろうね。だから、致し方ないことではあるのだけれど……」
まあ、安心したまえ。鼻つまみ者は慣れているよ。出来ることならあまり慣れるものでもないのだがね。
そういうことで、私達はレジスタンス本部から出ることにした。
無論、二日後に再会する約束をして。
◇◇◇
「……とまあ、やっと戻ってきたと思えば辛気臭い顔して……。何があったんだか、教えてくれるかな?」
言ったのはスカディだった。単純に私達が疲れていただけなのだが、そんなものはスカディには関係のない話だ。仮にそれを理解したところで、別に気にしてもらう必要などはない。
スカディは深々と溜息を吐いて、
「とにかく、お腹が空いているだろう? その感じからするとあそこじゃ何も食べられなかったんだろうから。……でもまあ、致し方ないことなんだよ。やはりああいうのは倹約しないとやっていけないところがあるみたいでね……」
「まあ、そこについては仕方ないわよ。別に私達もそこを悪いとは一言も言っていない訳だし……」
「ウル。本当にあんたは変わらないね。相手のことを慮っている、というか何というか。そういう人間だからこそ、旅芸人になる道を歩むこととしたのかもしれないけれど」
スカディは、やはりウルの旅芸人になった事情について少しは知っている雰囲気だった。
まあ、幼馴染だというのだからそれぐらい知っていてもおかしくはないか。
「……さて、私も美味しいご飯を作ってあげるわよ。どんな食べ物が良いかな? ラフティアは食の都、様々な食べ物があるからどんなリクエストだって材料さえあれば答えられるわよ!」
そう言われると気になっちゃうな。旅を続けていればきっと食べることも出来るのかもしれないが、未来のことは誰にも分からない。私は復讐を終えない限りは死ぬつもりは毛頭ないが、少なくとも食べ物については悔いのないように過ごしていかねばならないだろうな。
或いは、復讐を終えた後の楽しみにしておくべきだ――そう考える人間も居るかもしれないが、私から言わせてみれば、それは違う解釈だ。
私は、復讐を終わらせてしまった後の未来など、何一つ考えてはいない。
それは考える余裕がないからか――などと勘繰られることもあるかもしれないが、少なくとも今は全く考えていないし、復讐が終わった後のことなど考えられない。
だから、ソフィアについても、今は私の目的の序でに行っているだけに過ぎない。世界が大変なことになる、なんてそんなことはどうだって良い。私にとっては、復讐が出来るか出来ないか――ただ、それだけの話なのだから。
「……イズン、どうしましたか?」
ソフィアが話し掛けてきて、私は我に返る。
「何かあったか? 別に私は問題ない。いつも通りだ」
「そうですか、ならば良いのですけれど。……少し難しい表情をしていましたから。あまり思い悩むことはありませんよ? 復讐というのも、また……」
「あんたにそれを言われる筋合いはないね、ソフィア。忘れてもらっちゃ困るが……、ソフィア、あんたもまた復讐のターゲットなんだ。そこについてはぶれて欲しくないものだね」
「別に私はそんなことを考えてはいませんよ。ただ……思い直す機会があるというのならば、悩む機会があるというのならば、少しは立ち止まってみても良いのではないのですか、ということです。世界がどうなろうと人生は一度きり。輪廻転生という考え方もあるかもしれませんし、長命の存在が居るかもしれませんけれど……、人生の回数には例外は皆無です。ですから、後悔のない人生を送らなくてはなりません。そうしないと、生きていて楽しくありませんからね?」
ソフィアは自分の立場を理解していないのだろうか?
ソフィアは、今は共に旅をしているかもしれないが、私の復讐にはソフィアの父親――既に死んでいるとは想定外だったが――も含まれているのだ。そして、その代理としてソフィアには復讐相手への先導をさせているに過ぎない。そして、それらが全て終わった暁には――ソフィアもまた復讐のターゲットになるということも伝えている。
能天気と言えばそれまでだが、確実に現実を把握していない気がする。
まあ、怯えて何もしてくれないよりはマシかもしれないが。
ともあれ、先ずは食事だ。
そして二日後の作戦決行に備えて――英気を養うこととするのだった。
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