第二章19
「……分からないのなら、それは致し方ないのかしら?」
ウルの言葉にも、私は何も答えられずにいた。本来であればそれにも何か文句を言ってやりたいところではあったのだが、それを言える程の体力が最早残ってはいなかった。
拍子抜けしてしまった、とも言えるかもしれない。
「……申し訳ないけれど、その通りと言っても良いだろう。我々世界キャラバン連盟としても、全力でサポートはするつもりだ。だから――」
「だから自分達を贔屓にしろ、って? それはちょっとばかし出来過ぎた話だな。……ただ、そうやって自分のことばかり考えるのは悪いことではない」
悪いことではない――か。
自分のことを正当化しているようで何よりだが、しかしてそれを現実に言うのはどうかと思うがね?
「世界キャラバン連盟を悪く言うのはどうかと思うけれどねえ、イズンちゃん」
「……ウル。お前はいったいどっちの味方なんだ。世界キャラバン連盟か? それともこちらか?」
溜息を吐きながら、私はウルに問いかけた。
「……イズンちゃん、こればっかりは致し方ないことなのよ。だから、諦めてとまでは言わないけれど――少し違うプロセスから入ってみても良いのではないかしら?」
ウルは正論ばかりを口にする。
別に悪いとは言いたくない。言いたくないが、それでも私としては不完全燃焼な感覚しか残らない。
「……それでは、これでどうかしら?」
ミミは話が一段落ついたのを見計らって、私にある物を手渡した。
それは封筒だった。封筒に封はされておらず、中身を直ぐに取り出すことが出来る様子だった。
「……これは?」
「まあ、先ずは中を見てごらんよ。話はそれからだ」
「……中身、ねえ」
私は呟きながら、手紙を開いていく。
手紙には地図が挟まれていた。地図を見ると、右下にはラフティアと記されている。
手紙を見ると、そこには人の名前が書かれていた。
「オーディン・アドバリー?」
「かつて世界を救った血筋と言われているアドバリー家だが、今は血筋が分散している。……流石に、本家は有名かもしれないけれどねえ。こっちは分家も分家――クローネに住むから、アドバリー・クローネとも言われているね」
「アドバリー・クローネ……」
アドバリー家が、世界を救った血筋であることは知っている。
しかし、その血筋が幾つもの分家と本家に分かれていることは知らなかった。
「……本家は確か世界政府のトップに居るんだったかな?」
世界樹教団が世界の様々な国を裏で掌握しつつあったものの、表向きには違う組織が世界を統括している。
世界政府がその組織の名前だ。世界政府は数多くの国が登録する機関で、世界の行く末を判断するために設置されている。かつては大国が支配していた世界の、その名残とも言われており、不要だとも言われているが、しかしながら世界政府がなくなってしまえば、さらに世界は方向性を見失ってしまうのではないか――などと考える識者も居るのだという。
「世界政府の存在意義は、薄れつつあるからねえ……。こないだのニュース見た? レスタールの貴族が隣国のファイスト国の一部を占領した問題で、世界政府は機能しなかったんですってよ」
「そりゃあ一大事だな。……ええと、それって確か、世界政府の最高会議の権限をレスタールが持っていたんだったかな?」
レスタールは世界でも一二を争う規模の国家だと言えるだろう。そしてそれは、世界政府の存在そのものを疎く思い始めているようで、その事件が勃発してしまった――そう記事を書いた記者は推察していた。
「レスタールも、流石に何時までもアドバリー家が統治し続ける世界はおかしいと思っていたのかもしれないねえ……。いつかはこの世界が終わりを迎えるときがやって来るのかもしれない」
「……終わり、ね」
それはソフィアが言っていた、自分の目的とも符合する。
もしかしてソフィアはそれを狙っていたのだろうか?
ソフィアは――これを知っていて、私にこれを止めようと?
だとしたら、あまりにも無謀過ぎる。国と国の争いを、どうやって一個人が止めようとすれば良いのか。だったら、私の復讐を粛々と進めていくしか、何も考えられないし、それが一番手っ取り早いような気がする。
「オーディン・アドバリーが、ヤムチェンの事件に関わっている……ということで良いんだよな?」
「まあ、一応はそういう扱いで良いんじゃないかしら。けれども、保証は出来ない。……うちはきちんと裏撮りした情報しか扱わないのが鉄則ではあるけれど、それでもやっぱりクオリティには差があるものでね。もしかしたら、その悪い方に傾いているやも――」
「――つまり、ガセネタを捕まれたとしても文句を言うな、と?」
「そこまでは言っていないけれどねえ」
言っていると思うよ。
というか、そういう暗黙の了解があるのだろうし、それぐらいは分かっている。
分かっているが、言ってくれなければ、はっきりしておかなければいけないこともある。
「……ガセネタを出してくることはないわよねえ? ねえ、それは流石に世界キャラバン連盟の沽券に関わることだと思うけれど?」
ウルは一歩前に出て、ミミに言い放った。
ミミは少しだけ怯えている様子だった。ウルはいったいどんな表情をしているのか定かではない――しかし、背中しか見えていないにもかかわらず、その恐怖だけは伝わってくる。
ウル、お前はいったい何者なんだ?
考えることは山積みではあったが、しかし今は目の前のことを片付けるしかない。
ミミは怯えながら、しかし必死に声を振り絞って――やがて一つの答えを出した。
「……え、ええ……。ガセネタということはありません……。ですが……正解のネタであるかどうかと言われると……こちらも判断いたしかねるということで……。もしかしたら、少し被っているだけで見当違いの結果を生み出す可能性も……」
しどろもどろとして、はっきりとしない回答だった。
とはいえ、百パーセント嘘ではない――それだけは事実だと言えるだろう。
「……一先ず、次の目的地は決まったね」
ソフィアの言葉に私は頷く。
しかし、先ずはこの街での課題を解決しなければならない。私はそう心に強く抱いて、世界キャラバン連盟を後にするのだった。
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