第二章20


 二日後、レジスタンス本部に足を踏み入れると、ロキとフレイヤが準備万端で待ち構えていた。

「待っていたにゃー。今日はよろしく頼むんだにゃ。成功することを、祈るばかりだにゃー」
「成功しないと、どうなるかな?」
「全員斬首じゃないかな」

 ロキはしれっとそんなことを言ってのけたが、冗談ではないだろう。
 実際、白き女神による圧政は間違いないことだし、白き女神を暗殺する――などと宣って、それが成功しなければ待っているのは、死だ。それが自発的なものなのか、殺されるのかは分からないが。

「……さらっとそういうことを言ってのけるのねえ。ま、それも仕方ないし当たり前のことを言っているだけなのだけれど」
「成功さえしなければ、俺達には未来はない。……だからこそ、こうやって全力を尽くすしかないんだ」
「……その割には、人が少ないようだが?」
「まさか、全員が戦闘員だと思っていたのであれば、それはとんだ誤算だな。裏で動いてくれる人間が沢山居るんだ。だからこそ、レジスタンスと言えるのかもしれないけれどね」
「……成程。全員が戦力と言えるかどうかは怪しいけれど、それでも出来ることを全員がやっている……ってことね。でも、それならどうしてフレイヤちゃんが居るのかしら? 彼女も後方支援の方が良いと思うけれど?」
「いいや、フレイヤはマナを見ることが出来る。それは前にも言ったはずだが……、これはつまり、マナの動きを見ることも出来るということだ。白き女神――彼女は、この世界では数少ないマナを使うことが出来る存在だ。古き魔法を扱い、人々に救世主と崇められている存在だということだ」
「白き女神とは一体何者なんだ……? 病を治すだけの、ただの医者風情ではなさそうだが」
「数々の『奇跡』を起こしたとも言われてはいるがね。しかし、それはあくまでも我々のあまり知らない『魔法』を――マナを使うことで行使できる魔法を使ったのだとも考えられる。それならば、確実に奇跡と呼べるものではなく、詐欺師とまでは行かないにしても、奇跡を呼ぶ白き女神の異名は崩れ去ることになるだろうね。……そして、それを白き女神も恐れている訳だ」
「何故?」
「……自分の威信が失われることを恐れているのだろうよ、白き女神は。それによって、自分がどういう存在になってしまうかどうかを――一番分かっているのだと思うよ」
「……白き女神のことを良く調べ上げているようだけれど、それって復讐が理由なだけ?」

 ウルの言葉に、ロキの眉がぴくりと動いた。
 まるでそこを突っ込まれるのは嫌だと、無意識に反応しているようでもあった。

「――別に良いだろう。私は、白き女神をずっと打倒するべく動いていた。敵のことをきちんと調べていることに、意味はある。当たり前のことだろう?」

 そんなものかね。
 或いは何か別の可能性を考えたが――あくまでも予想の範疇だ。こればっかりは決めつけになってしまうし、あまり宜しくない。イメージを下げるつもりもないからね。

「ま、ロキは昔白き女神と付き合いがあったから、仕方がないのにゃー」

 と思っていたら、まさかのフレイヤが爆弾発言をぶちかましてきた。
 付き合いがあった、って文字通りの意味で良いのか?

「あらあ、もしかしてと思ったけれど……そういう関係だったの? 二人とも」

 そして一番食いついてくるのは、大方の予想通りウルだった。

「……絶対食いついてくるから、嫌だったんだ。言うのが」
「あら? どうして? 隠し事をするのはあまり宜しいことではないと思うけれど?」

 いや、そういう人間が居るから嫌なんだろう。察してやれ。

「まあ、白き女神もかつてはただの女性だった――ってことなのかしらねえ。それとも、今も?」
「それは、分からないな。……問題は、やはり変わってしまったことへの贖罪とでも言えば良いだろうか。償いとまでは行かなくとも、どうして変わってしまったかは知りたいんだよ」
「それは、かつての知り合いだったから?」
「……どうだろうね」

 ロキは答えなかった。

「ともあれ、どちらでも良いじゃないか。私が白き女神と関わりがあろうとも、なかろうとも」
「……それはその通りだけれど、それによってはこっちの動き方も変わっていくような気がするけれどねえ?」
「例えば?」
「例えば――何だろうねえ。関わりがあれば、贔屓をしたと見なすかな? ……いや、それは冗談だけれどね。実際は色々とあったんでしょうから、きっとあたし達は何も言えないというか、ちょっと腫れ物に触るような感覚に陥るというか」

 そんな感覚を持っていたのか。ちょっと驚き。

「……だとすれば、そこまで表には出せる関係ではないよ。確かに、白き女神と私は関わりがあった。そこについては、否定するつもりもない。しかし、それは終わった関係だ。――終わった、関係なんだよ」
「終わった関係を強調するね? 何かあったな?」
「……まあ、それはもう良いじゃないか。それとも、それを詳らかにしないとモチベーションに関わってくるのか? だとしたら、少しは考えないといけないだろうけれど」

 関わってくるねえ、モチベーションに。
 それを教えてくれるかくれないかによっては、行動を決めるよ。

「……関わってくるのなら、致し方ない。けれども、それを話すのは今ではない。この作戦の合間でも、無事終わったタイミングでも構わない。必ずその話はしよう。だから……、今はそのことは考えないでいただけないだろうか?」
「――よっぽど話したくないことなのは、十分分かった」

 誰にだって、悟られたくない過去はある。
 私だってそうだ。……だったら、それを穿らない方が良い。お互いのためになる。

「だったら、分かったわよ。無事に帰ってこられたらで良いわ。その時は、朝まで延々と教えてもらうから、そのつもりでね」

 ウルはそう締めくくったが、その言い回しはちょっと嫌な予感がするというか、辞めておいた方が良いのではないか――などと思ったが、そんなことはあっという間に消え去ってしまい、本題の作戦について話題が自然に移っていくのだった。




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