第二章21


「……この街には、誰も把握出来ていないぐらい大量に洞窟が存在する」

 ロキに連れられた私達は、やがて道の突き当たりに辿り着く。
 突き当たりには何もないように見える。話の流れから行けば、抜け穴でもありそうなものだったが――。

「……これ、良く見たら布が掛けられているだけじゃない?」

 ウルがそう言うので、目を細めて良く眺めてみると――確かにその通りだった。石壁の模様に合わせて、その模様が織り込まれた布を掛けているだけに過ぎない。
 そこで、その布を捲ってみると、中からぽっかりと開いた穴が姿を現した。

「……本当に穴があるなんて」

 目を丸くしてしまったけれど、これは単純に驚いていたからだ。驚いていた、ということもあったかもしれないけれど、或いは、この抜け穴が何処へ続いているかという探究心もある。

「この抜け穴は、白き女神の住まいへ続く最短経路だ。ともあれ、中はかなり入り組んでいて、迷路のような空間だ。経路を分かっていなければ、脱出することは不可能だと思って良い」
「因みにデバイスは――」
「それも使えないだろうな。何せ、地下だからかは分からないが電波が受信出来ない。だから、文明の利器は一切頼れないと思って良いだろうね。じゃあ、どうすれば良いか――という話になるのだけれど」
「そこで出番となるのが、私ということだにゃー」

 出てきたのはフレイヤだった。
 彼女の役目とは、何だったか。

「彼女はマナを見ることが出来る。それはつまり、『香り』を感じるということだ。人間には感じ取れないぐらい微少な香りでも、野生に生きる動物ならば感じ取ることが出来る――そんな話は聞いたことがあるだろう? それと同じで、フレイヤはマナの微かな線を見ることが出来る。まるで細い糸のようなそれを手繰り寄せることによって……、やがて最後には大本となる存在に辿り着くことが出来る、といった訳だ」
「つまり、人の匂いを遠くからでも分かる、ってこと?」
「近からず遠からず、といったところかにゃー。いずれにせよ、私はそこまで難しいことをやっていないし、やろうとも思わない。やったところで、何の利点もないからだにゃー。ま、期待しないで適当に待ってみるのが一番だにゃー」
「いや、迷路がどういう構造だというのは置いておくとしても……、話を聞いた感じだとフレイヤのそれがないと全く意味がないとか、そんな領域だと思うが?」

 フレイヤが居なければ、私達は迷路から二度と出ることが出来ないような、そんなニュアンスのことを言っていたような気もする。そんな状況で当の本人が期待するななどと言われたら、気落ちするのも確かだ。

「……フレイヤは気分屋なんだ。こっちがテンションを上げてやらないと、いつもダウナーになってしまってね。でも、彼女の能力は唯一無二だし確実だ。ここだけはきちんと理解してもらいたいところではあるかな」
「理解はしているつもりだ。しかし、何というか……未だに分かっていないところがあるというか」

 そもそもマナという単語そのものをこの街に来るまで聞いたことがなかったんだ。
 少しばかり不安になる気持ちも分かって欲しいものだがね。

「ま、先ずは一度見てもらえれば分かるだろう――それでは案内しよう、この街最大の地下迷路へ」

 そう宣って、ロキは私達を迷路へと案内していった。

  ◇◇◇

 迷路、と言ってもどのようなものを想像するだろうか。
 私は壁によって視界が遮られていて、全容を確認することが出来ない――そんな感じだった。
 しかし、それはあくまでも地上の迷路の話であり、そうであるならば天井は開けているはずであり、つまりは圧迫感や窮屈さは殆ど見受けられないはずだ。

「しかし……」

 地下に入る、洞窟である――その時点で気付くべきではあった。
 良く考えれば分かる話だったのだ。

「洞窟が、まるで網のように張り巡らされている。かつてはこの街は、炭鉱として栄えた街でもあったのでね。だからこのように洞窟が縦横無尽に張り巡らされていた、という訳だ」
「炭鉱? ここで炭が取れたっていうのか?」

 炭――というよりかは、石炭か。現状、この世界では殆どが取り尽くされている――なんて話を聞いたことがある。
 石炭というのは、物を動かすエネルギーを作り出す上では一番簡単な原材料ともいわれているらしい。しかしながら、それを実際に使おうとしたところで、それが枯渇しつつあるというのだから、それを使わないで大事に取っておこうという方向に持って行くのも、致し方ないような気もする。

「……石炭を掘ることが出来るというのは、それだけでかなり大きなステータスになります」

 言ったのはソフィアだ。
 私だって石炭の価値ぐらいは分かっている。現にこの時代、エネルギーを作り出す源がなければ生活することもままならない状況だ。それをかなり軽減するとされているのが、石炭だと言われていた――そんな感じだったはず。
 ともあれ、石炭に依存し続けてもいけない――と人間が思うまでには然程時間は掛からなかったはずだ。やはり燃やすと煙が出て、その煙が有害だということが分かってしまったからだ。

「……今はもう石炭を掘ってはいないんだろう?」
「やはり世界的に宜しくない流れが一度出来てしまうと、それをなかなか止めることは適わない。だから誰にだってそれを遮ることは許されなかった。許されなかったが故に、それに伴う批判が大きかったことも間違いないだろうね」
「……にゃー、話はそれぐらいにしておいて、そろそろこっちの迷路も解き明かさないといけないのにゃー」

 フレイヤは会話に参加せず、じっと壁を見つめていたらしい。壁だけではなく、恐らくは通路全体を見ていたのだろうが、生憎会話をしていたからそこまで集中出来ていた訳でもない。
 フレイヤの言葉を待ってましたと言わんばかりに、ロキはニコニコ笑みを浮かべたまま、そちらに問いかける。

「ベストタイミングだよ、フレイヤ。……じゃあ、どっちに行くべきなのか、その道筋ははっきりと分かってきた――ということで良いのかな?」
「こっちだにゃー」

 間髪を入れずに、右手を指差した。
 何か目印があるようには見えない。何も感じなければ、勘で言ったのではないかなどと勘繰ってしまいそうではあるが、ここはフレイヤの答えを全面的に信用することとしよう。
 運命共同体は言い過ぎかもしれないが、今はこれに頼るしか術がない。
 そうして、それはロキも同じだったらしく、フレイヤの言い分通りそのまま右手に足を進めていった。
 私達も、それに従うことで右の方へと歩みを進めるのであった。



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