第二章27
「――漸く、ここまで辿り着いた人間が居た、というのか。まあ、そこについては褒めてあげることとしよう」
思考を巡らせていたところに、天井から声が聞こえてきた。
抑揚のない声だった。まるで機械が喋っているかのように――。
「誰だ!」
「白き女神が機械だったことに対しては、不服かね?」
質問に答えず、そちらから質問を投げていくスタンスだ――ということか。悪くはないが、正直不服だね。質問の内容なんてどうだって良いぐらいには。
「白き女神は、何時から機械だった?」
「何時から? ……そりゃあ勿論、最初からだ。白き女神など、最初から生きた人間としては存在していなかった。機械仕掛けの女神として、この街に居ただけに過ぎない」
「……しかし、それについて箝口令が敷かれていた、とは考えにくい。一般市民がそれを知らないのは分かる。だが、貴族については――」
「彼らも、白き女神は一度も見たことがないはずだ。何故なら彼女は治療薬だけを作り、人の前に立つ時は必ず顔を見せないようにしていたからだ。皮膚だって、見せることは出来ない。感染症が良く隠してくれたものだよ、何故ならそれによって手が直接触れてはならないということを成立させたからだ」
「……何故、白き女神は機械だったんだ? 最初から居なかった――ということは、あのとき屋敷を燃やした白き女神は……最初から機械だった、ということか?」
私は、核心を突いた発言をする。
最早私にとっては、復讐を達成出来るか否か、その二択でしかないからだ。それ以外の答えはないし、それ以外の結論は導き出せない。
「ああ、最初から機械だったよ。……というか、聞いたことのある声だとは思っていたが、よもや君は、ヤムチェンの片田舎で死んだ貴族の娘だな。いやはや、大きくなったものだね。もうあれから十年は経過したか?」
「人のトラウマを容赦なく踏み躙りやがって……!」
目の前に居たら、この剣で叩っ切ってやりたいところだ。
もし何処かに居るのならさっさと捜索するべきではあろうが――この感じからして、恐らく安全圏から色々と小難しい話をしているだけに過ぎないだろう。
「全くもって――」
「――解せない、か? だとすれば愚かだね。あれもまた、世界を変えるための一つの実験に過ぎないというのに」
「実験?」
「遙か昔、一人の勇者が突如この世界にやってきた、そういったおとぎ話を聞いたことは?」
小さい頃の記憶だ――しかし、覚えている。この世界にやってきた勇者は、二人の従者を携えて、伝説の剣と杖と弓を手にし、平和な世界を作り上げた――と。
「我々は今、伝説の再現をしようとしているのだよ。そのおとぎ話はおとぎ話ではなく、遙か昔に起きた、実際の出来事だ……」
「伝説の、再現……だと? まさかそれは――」
「勇者をもう一度、呼び起こそうというのですか?」
私の台詞を代弁したのは、ソフィアだった。
ソフィアもまた、私の事件に大きく関わった一族の一人として、聞いておかねばならないのだろう。
「勇者とは……、簡単に作り上げることが出来る、そんな甘いものではない。だから我々は時間をかけて作り上げようと、様々な実験を重ねていくことでいかにして勇者が再誕するかを吟味していったのだよ。そうして、ヤムチェンの一件もそれに過ぎぬ」
「白き女神が機械化していることと、この感染症が流行していることについても……まさか?」
ロキの問いに、少し空白が生まれたが、
「その通りだ。……聡明な人間が居ると、話がうまく出来るものだな。我々としては下等な存在として見ていただけに過ぎないが、けれども、多少は考え直す必要があるやもしれないな。ともあれ、何処までその考えが成立するかはまた別の話だがね」
「人間を……何だと……!」
ロキの考えも分かる。
今までずっと白き女神からの解放を望んでいたがためにここまでやってきたのだから。そうして、その宿敵がまさかの機械で、実は実験のために今まで振り回されていただけ――そうと気付けば、怒りも増すに決まっている。
私だって――私だって、このやり場のない怒りをどうすれば良いのか困っている。良くもまあ、ここまで冷静に物事を捉えることが出来るものだと、自分でも面白くなってしまう。
しかしながら、私は――逆に復讐の目的が明確化しやすくなった、とも言えよう。
「そんなに我々に刃向かいたいのならば……、一つ君達に目的を与えてやろうじゃないか」
唐突に、天井の声はそう告げた。
「目的?」
「我々の計画に関わっているのは、全部で八名だ。無論、既に死んでしまった人間も居るし、これまでの君達の戦績を踏まえれば、残り六名といったところか。彼らを倒したまえ、倒して世界政府の地、ハイダルクに来るが良い」
ハイダルク――世界政府生誕の地であり、世界樹のお膝元でもある。そして、勇者生誕の地としても称される、聖地ハイダルクに向かえ、と?
「それでやっとご対面出来るという訳か?」
「そのときは、君達と対面してやろうではないか。謁見の機会を与えてやろうというのだよ、有難く思うが良い」
そうして、声はそれから聞こえなくなった。
最後まで偉そうにしていやがったが――しかし、旅の目的がはっきりと決まったのは、ある意味良いことなのかもしれない。
これで良い結末だったのかどうかは、今の私達には分からない――ここに住む人間が、未来が、決めていくことだろう。
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