第三章3
愚弟――ね。それはつまり、自分を蔑む言い方ではあるが、幾ら自分を蔑んだとて、それがアドバリー家の存在であることは間違いない。
アドバリー家は、この世界において最高の地位に立つ存在と言っても過言ではない――それぐらいの名家だった。
「愚弟とは言うけれど、アドバリー家ならばやはりそれなりに優秀なのではないかしら?」
「まあ、そう思う人も居るでしょうね。……けれども、それは大きな間違いです。そんなことはありません。兄は確かにアドバリー家を引っ張っていく上で優秀な存在であることは間違いないでしょう。まあ、ここはアドバリー・クローネ……。辺境の地と揶揄されるように、アドバリー家の中でも外様のような存在なのですけれど」
「外様……ねえ。だが、外様とは言ったとしても、アドバリー家の力に陰りがあるとは思えない」
「そう思うということは……クローネに来たことはないのですね?」
「ああ、ないね。別に避けていた訳ではないのだが」
復讐をしなければ、きっとこんな辺鄙な場所にやってくることもなかっただろう。
「クローネは良い街です。……けれども、他のアドバリー家からしてみれば、この地は最低の地であるとも言われている。何故なら、アドバリーの力を発揮出来ないからです」
「アドバリーの力?」
「要するに、アドバリー家だと言ったところで平伏す人間は誰一人として居ない――とは言い過ぎですけれど、ここの人間はあくまでもここの領主でしか考えていない。アドバリーという名字が持つ力を知らないのです」
「……聞いていると、それは悪いことではない――という風に思えるが?」
「悪いことではありませんよ。寧ろ有難いことだと思っています。我々からしてみれば、アドバリーを知らない人間というのは物珍しい存在ですから」
確かに、アドバリーと言えば今や世界の中枢に入り込む程の名家であり権力者だ。かつて王だったと言われるアドバリー家は、世界各地にその末裔を置き、世界各地の殆どの都市でそれなりの権力者として君臨しているとも言われる。領主がアドバリーかアドバリーではないか――というだけで、その都市のグレードが何ランクか変わるとも言われているぐらいだ。
「アドバリー家が管理する土地が比較的豊かであると言われているのは、我々がその方が結果的に良いからだと理解しているからです。目の前の豊かさを搾取してなくなってしまうより、地道に育ててあげてより豊かにしてあげた方が良い――アドバリーにはそのような聖典、言わばマニュアルが存在するのです」
「マニュアル、ねえ。ただまあ、良いことではあるのかもしれないがね。だって街を発展させてくれる、ということなんだろう? そのためには多少の赤字は惜しまない……と」
「惜しみませんね。無論、きちんと計算をして、ですけれど。緻密に計算をして、シミュレーションを重ねることで、プランを練ります。そのプランに基づいて運営していると言えますから」
「それじゃあ、このクローネも? 確かに、辺境と蔑まれる割には栄えているように見えるけれど……」
「良い街ですよ、このクローネは。……けれど、手は掛かる」
「手は掛かる? さっき言っていたやり方で豊かにしたんじゃないのか?」
「誰が作ったかは知りませんけれど、ご先祖様が作り上げたそのマニュアルは、百パーセントの街で適用させることが出来ます。どんなに時間が掛かろうとも、最終的にはマニュアル通りに進むのがセオリーです。……けれども、このクローネは違う。どんなにマニュアル通りのことを進めたって、波があるんですよ」
「波?」
「上手くいくときといかないとき……。人間、生きているのですからそんなことはあって当たり前なのでしょうけれど、しかし振り返ってみると、アドバリー家が管理している街ではそんなこと有り得なかった。マニュアル通りに進めるという制約はあるものの、裏を返せばそれさえこなしていれば問題ない街ばかりだったからです。けれども、このクローネは違う。人々を、こちらの思うがままにコントロールすることは出来ない……、ここはそういう街です」
つまり、人間を上手くコントロール出来ない――だからこそ、無能であると烙印を押されている、ということだろうか?
だとしたら、それはそれで不運としか言いようがないのだが、そこまで気にしていないのならば、別に問題ないか。
話を続けようとすると、ドアがノックされ、執事が中に入ってきた。
「ラウド様。ご準備が出来ましたので、お送りいたしましょうか?」
「……準備?」
「有難う、マックス。――今日はパーティが予定されておりまして。実はここに泊まることが出来ないんですよ。だからマックスに依頼して、クローネのホテルに泊まることが出来るかどうか確認をしてもらっていたのですが……」
「ええ、無事に宿を確保することが出来ました。ご案内いたしましょう、ラウド様はいかがなさいますか?」
「僕は、パーティの準備をしないと。ところで、兄はどうしたか分かるかな? さっき挨拶をしようと思ったら忙しそうだったから……」
「それなら既に終わっております。今ならば、多少の時間は確保出来るかと」
「有難う、マックス! ……それじゃあ皆さん、慌ただしい最後で申し訳ないけれど、今日はこれで。クローネを楽しんでいって下さい」
本当に慌ただしく――ラウドは部屋を駆け足で出て行った。
まあ、別にここでぐだぐだと話を続けていたって、何も解決も進展もしないし、ここらで打ち切るのは正解と言えるのだがね。
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