第三章4


 そこからのことについて長々と語る必要もないから、省略させてもらう。とはいえ、やったこととしては単純で――マックスという男が宿屋まで案内してくれただけだ。それも、私達が普段泊まろうなどとはとても言えないような規模の、巨大で豪華な宿だった。

「……こんな宿に泊まったら、一泊で破産してしまいそうだが?」
「ご安心を。既に三泊分のお金は支払っておりますゆえ。三日もあればクローネの街々を巡ることが出来ますでしょう。ラウド様の粋な計らいでございます」
「左様で……。それじゃあ、よろしく伝えておいてくれ。我々には勿体ないぐらい、豪勢な宿だった……ってね」
「承知いたしました」

 精一杯の冗談を言ったつもりなのに、全く通用していないんだが?
 これぐらい完全にスルーされてしまうと、逆に恥ずかしくなってしまうので辞めて欲しいな……。ともあれ、そんなことを執事に言ったって何も変わりやしないのだがね。

「クローネについてのガイド役は必要ですかな? もし必要でしたら、宿屋の主に聞いてみて下され。観光協会の人間を直ぐに派遣してくれるでしょうから」

 そう言って、マックスはさっさと帰っていった――きっと帰ってからもラウドなり他のアドバリーの人間に従う仕事がごまんとあるのだろうが、どうやらここで暇を持て余すつもりは毛頭ないらしい。
 執事たるゆえのプライド――みたいなものだろうか、多分。

「まさか、ここまで待遇が良いとは思わなかったな……。ちょっと、予想外とも言えるな」
「あら? 復讐心もちょっとは弱まったかしら?」

 それはないな。
 どうひっくり返したとしても、評価は何一つ変わらないよ。

「それは残念ね……。実は評価が少し向上したんじゃないかって思ったのだけれど、そんなことはなかったのね」
「寧ろあると思ったのか?」

 それは奇跡みたいな物だろ、きっと。

「まあ、取り敢えず……。宿に入りましょ。きっと良い宿であることは変わりなさそうだし」
「それだけは全面的に同意だな……」

 これからどうするのかも考えなくてはならない――そう思って、私達は一先ず宿へ入ることとするのだった。

 ◇◇◇

「これからどうするか、だけれど」

 夕食は近くのレストランだった。ともあれ、レストランには様々な食事を食べることが出来るために、飽きることはなさそうだ。まあ、このレストランしかない訳ではなく、どうやら何軒ものレストランが鎬を削っているらしい。
 しかし、何を食べれば良いものか……。こうもメニューが多過ぎると何が何だか分からなくなってしまうし、どれを食べれば良いか迷ってしまうな。

「どうするか、ねえ」

 ウルの言葉に、私は答える。
 適当に言った訳ではないのだが、何をすれば良いかを考えている上では、やはり面倒になってしまうのだ。

「クローネという街を、ちょいとばかり観光しても良いのかもしれないね。どうせ復讐は分かっている。ゴールに最短距離で向かうか、ちょっと遊んでから行くか……」
「あら、やっぱり変わったわね……イズンちゃん」
「そうか?」
「だって前は、復讐のことしか考えていなかったような……そんな感じがするもの」

 そうかもな。
 未だに、そう思っているのだがね。

「復讐なんて、辞められるとでも思っているのか? だとしたらお目出度い性格だな。それは有り得ないと思ってもらって構わない。何なら、本当はあのまま屋敷で暴れてしまっても良かった。だが、それをしなかったのは……」
「――白き女神の前例があったから?」

 こくり、私は頷いた。
 まあ、それを散々蒸し返したところで意味のないことぐらいは、とうのとっくに気付いていたのだが。

「クローネはアドバリー家にとっては、そのルールが通用しない場所……確か、そんなことを言っていたわよね?」
「ウル、良く覚えているな……。私はもう、そんなことさっぱり忘れていた」

 記憶力が衰えてきたかな。

「だったら、クローネを一度見て回るのも一つのアイディアかもしれないわよね。それによって復讐する気持ちが和らぐかもしれないし」
「どうして私が復讐しない方向に誘導しているのかは置いておくとして……、視察をするというアイディア自体は優秀だな。早速明日から出向いてみることとするかね――と言いたいところだが、誰かクローネに詳しい人間は?」
「折角ならガイドを雇えば良いんじゃない? きっとガイドをお願いすれば楽しい観光になることは間違いなしよ!」

 だから、観光のために来ているんじゃないんだぞ……。まさかウルは自分の仕事の息抜きのために、ここに同道しているんじゃないだろうな? だとしたら、もういい加減別れて欲しいところではあるし、別れる気がないのなら、少しは考えを改めて欲しいところだ。

「それなら決まりね。明日、早速ガイドを依頼しに行きましょ。きっと宿屋の店主なら、その辺りも詳しく知っているはずでしょうし」
「お前……、最初からそれを狙っていたんじゃないだろうな?」
「何のことかしら?」

 まあ、良い。
 ここで延々と話をしたところで、堂々巡りになるのは火を見るよりも明らかだ。それに、無駄なエネルギーを使いたくない。だったら、もう流されてしまった方が良い……。
 慣れた感じはしないが、これが最適解のような気もする。
 そう締めくくって、夕食を終えるのだった。



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