1. 古都ラスザッド-3


 ファウードがラスザッドの地に足を踏み入れ、先ず最初にその目に飛び込んできたのは、女性だった。
 いや、正確には着物姿の女性――と言えば良かったかもしれない。着物というと、格式張ったものでしか見たことのないイメージではあったが、いざ実物を目の当たりにすると、それとは違う感覚に包まれる。
 メインストリートとなる通りには、着物姿の女性が疏らに歩き、すれ違う男性に声を掛けていた。
 世間話、という訳ではない。
 寧ろ何かを勧誘しているような……そんな感じだ。
 メインストリートには店が建ち並んでいるが、しかしその全てが開いている訳ではなさそうだった。寧ろ開いていない店の方が多いくらいで、だから人が歩いていないのだろう――ファウードはそう推察した。

「……寂れている」

 一言で言うならば、その一言に尽きる。
 人が歩いていないから店が開いていないのか、店が開いていないから人が歩いていないのか――その前後は分からないとしても、ファウードは見渡して呟く。

「しかし、宿屋一つも開いていない感じがするな……。こんな街は初めてだ」
「おにーさん、この街は初めて?」

 いつの間にか、ファウードの前に一人の少女が立っていた。

「……だとしたらどうする?」
「あら、いけずな人……。もし宜しければ、この街を案内してあげましょうか?」
「金を取る気だろう? だとしたら遠慮する」

 ファウードの言葉に少女は唇に手を当てて、

「あら、わたしがそういう人間に見える?」
「……この街の女性は、そういったことでしか金を稼げないのか? そういう風に見える」
「そりゃあ、娼館でしか生計を立てられない人が多い街ですもの。龍脈が枯れてきているというのに、街がどうなろうとも知ったことはないのだから。わたし達が生きていくためのことと、龍脈が枯れていくことはあまり関係のない話だし」
「関係のない話? ……そういうものか?」
「だって、龍脈が復活したからとして、わたし達の生活が潤う訳ではないでしょう――と言いたいところだけれど、正確には違うのよね。龍脈というのは大地のエネルギーだから、龍脈が枯れてしまうということは大地から脈々としたエネルギーが生成されないということと同じ。となると、穀物が育たなくなってしまうんだもの。そうしたら、一番に困るのは人間だものね?」
「そこまで分かっていて、龍脈を新しく見つけようとしない――と?」
「どうやって見つけることが出来ると思う?」

 少女は悪戯っぽく笑みを浮かべると、ファウードは首を傾げる。

「……どうやって、か。そう言われてもな、簡単には見つからないものなのでは?」

 少女は歩き出す。ファウードも一緒に歩き始めた。
 ファウードは少女には靡かないつもりだった。そういったものには興味を示さないつもりであった。
 けれども、ファウードは少女の話には興味があった。龍脈の存在、そしてそれを見つけるためにはどうすれば良いのか、ということについて――。別に自分が探す必要はなかったであろうとしても、それを見つけるためにはどうすれば良いのかを知りたくなってしまう。
 或いは、それを狙った上で誘導しているのかもしれない。

(……いや、だとすれば。策士ではあるか)

 ファウードは心の中で独りごちる。ともあれ、それを決めることは出来ないし、判断することも厭わない。
 結局は、少女が――他人が何を考えているかどうかなんて、人の心を読むことが出来なければ不可能なのだから。
 閑散としたメインストリートを歩く二人だったが、不思議と誰かが声を掛けることはなかった。ファウードはそれを心配に思っていたが、そんな心配を余所に二人はどんどん街の奥へと進んでいく。

「一先ず、この街について簡単に説明しようと思うのだけれど、良いよね?」
「……金は掛からないな?」
「うん。これはわたしが話したいから話しているだけだし。……というか、おにーさん、直ぐお金の話をするのやめた方が良いよ? 確かにここで見るような煌びやかな女性ってのはそういった話をするのかもしれないけれど、それって水を差す言動であることは間違いないのだし」
「事実であることは間違いないのだろう。だったら、言わないでおいたよりきっちりと話した方が良い。……違うか?」
「あー。おにーさんに話をしたわたしが馬鹿だったなあ……」

 咳払いを一つして、少女は話を続ける。

「ラスザッドに入るとき、北側の門から入ってきたんでしょう? あそこは一番栄えている場所と繋がっているから、一番人がやって来やすいんだよ。外からね、多くの人がやって来るの。そうなると、このメインストリートにあるような娼館は、お客さんを捕まえるためにあの手この手でやろうとしているのよ。まるで、目の前に肉を放り込まれた獣みたいに」
「……まあ、間違っちゃいないのだろうが。それじゃあ、おれは今それで言うところの肉か?」
「そうかもね。ちょっと変わった性格をしているけれど」

 それは昔からだ――ファウードはそう答えてから、周囲を見渡した。


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