1. 古都ラスザッド-2


 ラスザッドの北側に位置する城門に、一人の剣士が立っていた。

「……えーと、別におれは悪いことをしたつもりはないのだけれども……」

 ぽりぽりと頬を掻きながら、男は呟いた。
 それは城門を護衛する兵士にも分かっている様子で、申し訳なさそうに頷くと、

「申し訳ないね、これがここのルールでさ。たとえ見た目がどれだけ善人に見えようとも、こちらが調査出来る範囲で身体検査を実施しなくちゃならないんだ。心苦しいのは確かだが、少しばかり辛抱してくれ」
「まあ……仕方ないことは仕方ないが……。今時珍しくはないか? こんなに厳重な検査なんて。もう戦争も争いも起きやしない、平和な世界だっていうのに」
「平和な世界……確かになぁ。おれ達もどうしてこんなところで働いているのか分からなくなるよ。毎日毎日やってくる人間の身体検査――それも、やってくると言ったってムラがある訳だしな。来ないときもままある……。そんなことをあんたに言ったって仕方ないことなのかもしれないけれど」

 全くもってその通りだ、と言わんばかりに男は首肯する。

「ただ、一言言わせて欲しいのは、平和な世界だからと言えども緊張感を持って過ごさねばならない……ってことなのかもしれないがね」
「というと?」
「争いがなくなったからって、諍いがなくなった訳じゃない。諍いや犯罪さえもなくなってしまったのならば、真っ先に切られるのはおれ達のような兵士だからな。……それは良いんだけれど、犯罪者が増えてしまっていることもまた、紛れもない事実だ」
「犯罪者、ねえ……。治安が悪くなった理由はあるのか? それとも、全くの偶然?」
「偶然だったら、その一言で片付けられるのだろうが……。残念なことに、そうはいかない。特に龍脈が枯れていく町であるならば、猶更だ」
「龍脈?」

 男の言葉に、兵士はせせら笑う。

「お前さん、龍脈も知らないのか。珍しい人間だな……、いやさ、悪く言うつもりはないね。無関心なことだってあるだろうし、自分が興味の無いことであるならば理解しようともしない人間が居ることも事実……。お前さんをそう言うつもりではないからな、そこだけは注意して欲しい」
「……安心しろ。別にそれで刃傷沙汰にすることはしないよ」
「そうかい!」

 兵士は、男に手帳を手渡した。

「それはこの街のパンフレットだ。初めて来ようが何回来ようが渡している。まあ、それが貰えたのならばついにここのやり取りが終わりを迎えると思ってもらって構わない。面倒な話ばかり聞かせてしまったな、済まない」
「いいや、慣れているよ」
「嬉しいねえ、そう言ってもらえて。……そういやお前さんの名前は?」
「おれか? おれの名前は……ファウード・アルフベッドだ。あてもなく旅をしているよ」
「良いねえ! あてもなく旅をするというのは、男の浪漫ってもんだよ。……それじゃあ、この街については何も知らないのか?」

 それを聞いてファウードは首を横に振った。

「ああ、残念ながら、何一つも……な。何せ目的を決めた旅じゃない。何処へ行こうかと、毎日のように歩いているのだから……」
「放浪の旅というのは悪くはないが、時に難しいときもある。違うか? ……とまあ、おれがここでこんなことを話したところで意味は無いな。それなら、このラスザッドという街について教えてやろう」
「ああ、よろしく頼む」
「ラスザッドは、勇者が最後に訪れた街――そう言われている。何故そうなったのかは分からない。しかし勇者はここで消息を絶った……。死んでしまったのかもしれないし、或いは普通に何処かで暮らしていたのかもしれない。けれども、勇者が最後に訪れたのも分からなくはないと言えるぐらいに、この街は良い街並みらしい。勇者が居た頃の街並みが未だに残っている――いや、残らざるを得なくなっている、のが正解かな」
「どういうことだ?」
「龍脈は大地のエネルギーだ。……と言ったところでお前さんは知らないんだったか。そのエネルギーは有限だ。必ず、終わりはやってくる。だからそのエネルギーが枯渇する日はいつかやってくる……」
「枯渇すると、どうなる?」
「さあ、どうなるのかね……。おれはこの街でずっと暮らしているから、龍脈が枯れ果てた場所を見たことがない。人伝に聞いた話では……、植物も育たない大地になってしまうとも言われているが、真実は分からん。何故なら、そんな街が存在しないからだ」
「成る程な……」

 それにしても良く喋る兵士だ、とファウードは思った。
 ファウードは決して龍脈を知らない訳ではない。一般的な知識として持ち合わせてはいるが、敢えて知らぬ存ぜぬを突き通すことで知ることの出来る事実もある。今はある種の情報収集の時間として充てられていた。

「……今のラスザッドには、何が?」
「眠らない街、とも言われているよ。龍脈が枯れかけているなんて言われている街とは思えないぐらいに、煌びやかな街並みが広がっている。お前さんは、そっちに興味はないのか? 男なら少しぐらいは興味があるだろう?」
「まあ、程々に……な」

 下世話な話題になってきたので、ファウードは適当に話をあしらった。
「良いねえ、それならこの街を楽しむには充分だよ。ともあれ、先ずはお前さんを歓迎するよ……、ようこそ、ラスザッドへ」

 そうして、兵士はファウードを見送った。
 ファウードは兵士からある程度距離を置いてから、深い溜息を吐いた。
 それにしても――話の長い兵士だった。ラスザッドにやってきてからずっと兵士の話を聞いていたような気がした。情報収集のために知らぬ存ぜぬを突き通したとはいえ、多少は無理があったのかもしれない――ファウードはそう思いながら、街中へと続く通路を歩く。
 そして、彼は漸く通路を歩き終え――ラスザッドの街へ足を踏み入れるのだった。


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