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呪われの剣と六つ星の城





 夏乃さんから招集命令を受けたのは、随分と久しぶりな気がする。
 東京で暮らすようになって、気付けばもう十年近い歳月が流れている。朱矢に居た時は何もなさ過ぎてそれはそれで良かったのだけれど、何でも手に入る東京に慣れてしまうのも、それはそれで問題かもしれない。
 ああ、紹介が遅れました。ぼくの名前は日下洋平と言います。朱矢という地方都市に暮らしていましたけれど、大学生になるのを機に上京してから、もう十年近く東京に住んでいる。
 十年とはいえ、まだまだ分からないことが多すぎる。
 新宿駅だって、乗り換えを失敗したら横浜に行くつもりが海老名に行ってしまうことだってある訳だし。
 そんなことを言ったら、夏乃さんにこう言われてしまうのだろう。——いい加減慣れろ、洋平、と。
 夏乃さんについての説明もしていなかったっけ。
 柊木夏乃さん。柊木伝承相談所という個人事務所を、新宿の一角にある雑居ビル、そのワンフロアーに構えている。因習や昔話、そういった物が好きらしい。好きが高じてそれを仕事にしてしまっているのだから、それもそれで立派なことだと言えるのだけれど。
 学問的には、民俗学。
 ぼくも朱矢——朱矢には因習が残っていて、それはぼくの世代で一応終わりを告げた、とも言われているけれど——に居たから、そういった物への抵抗感は然程感じられなかった。
 まあ、まさか大学に行ってから夏乃さんに再会して、あれやこれや色々な場所の因習を学ぶことになろうとは、思いもしなかったのだけれど。
 事務所の扉を開けると、夏乃さんは寝ていた。
 ソファに横になって、本をアイマスク代わりに眠っているのは、別に良いことなのだけれど……。
「夏乃さん、居眠りするならせめて鍵はかけて下さいよ……」
 肩を揺らして、起こす。
 あまり深い眠りに入っていなかったのか、幾度か揺らすと目を覚ました。
「ん、んんーっ……。洋平、おはよう……。今、何時だ?」
「もう十一時を回っていますけれど。昨日は何時まで起きていたんですか?」
「昨日。昨日か……。四時までの記憶はあるのだけれどね」
 じゃあ、四時で寝落ちした感じか。
 相変わらず、いつ死んでもおかしくない不健康な生活をしている……。
「今、明らかに不謹慎な思想が垣間見えたような気がするが、気のせいか?」
「気のせいですよ。……で、今回はどんな用件ですか?」
 夏乃さんからの招集ともなれば、概ね予想はつくのだけれど。
「……何か、大体考えていることは予想出来ていますよ、って顔をしているな。まあ、その通りだ。また依頼が舞い込んできてな、調査をしに行こうと考えているのだよ」
「……因みに何処ですか?」
「聞いたことはないが、中部地方の山間にある小さな村だったな。飛行機で行くにも鉄道で行くにも変わらないし、どうせなら鉄道で行こうかなと画策していたのだけれど」
 夏乃さん、結構鉄道好きなんだよな。
 ある目的地に飛行機のルートと鉄道のルートがあれば、後者の方が安いだろうと色々難癖つけてそっちにしたがるのだ。そりゃあ……まあ、鉄道の方が安価に移動出来るっていうのは否定しないけれど、時間の面で考えると飛行機に軍配が上がる。タイムイズマネーとは良く言ったものだと思う。
 しかしながら、或いは残念ながらとでも言うべきか、夏乃さんの仕事への同道は選択出来るものの、移動ルートまで口を出せる訳ではない。
 とどのつまり、夏乃さんと一緒に行くということは、夏乃さんが調べ上げたルートに従ってついていかなければならないことに同意したということでもあるのだ。
「……何時行くんですか?」
「あれ。珍しく乗り気だね。いつも否定してきているのに。どうした?」
「別にいいじゃないですか。それとも、否定してほしいんですか」
「いいや、別に。否定しないのならば、都合は良いし」
 夏乃さんはそう言うと、机の上に置かれていた封筒をそのままぼくに差し出した。
 これはいったい?
「切符」
「切符」
「目的地。静狩村への最寄り駅までの切符ね。今週の土曜日、朝八時過ぎのかがやきに乗るから、東京駅集合でよろしく」
「……んん?」
 夏乃さんの言っていることを反芻しているだけだったのだけれど、今さらっととんでもないこと言わなかった?
「北陸新幹線が敦賀まで開業したからねえ。一度乗りに行きたいと思っていたのだけれど、そうすると戻る手間が増えてしまうから、それは帰りにしようかな、って。未だ帰りの切符は取っていないけれど、まあ、一週間もあれば帰ってこれるでしょう」
 封筒を開けて中身を見ると、切符が二枚入っていた。
 一枚は乗車券だ。東京都区内から静狩駅までの切符、と書いている。聞いたことはないが、北陸新幹線を使うということは富山とか石川とかその辺りなのだろうか。
 二枚目は特急券。正確には新幹線の指定席券でもある。しかも、それがまさかのグランクラスだ。
「グランクラスなんか使っちゃって、経費で落ちます?」
「落ちる落ちる。一応、使った経費はきちんとお支払いします限度額なしで、というのが依頼人の話だ」
 ……本当に?
 一気に依頼内容が胡散臭くなってきたんですけれど。これって罠じゃないですよね?
「罠ではないだろう、多分。一応調べはしたよ。バックグラウンドは完全に一致した。……まあ、こういう山間の村というのは閉鎖的な環境であることが多い。朱矢でもそうだったがね。もしかしたら外に出ている情報は現実とは乖離している可能性も……十二分に考えられる」
「じゃあ、益々辞めた方が」
「好奇心には勝てないものでね」
 夏乃さんはそう言った。
 そりゃあもう、屈託のない笑顔で。
 こうなると、もう止められない。
 ぼくは散々見てきたのだ。それこそ、夏乃さんの暴走と言っても差し支えないぐらいの行動の数々を。
 だから、諦めるほかない。
 全力で夏乃さんをアシストするしか、道がないのだから。


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