「冗談でしょう?」
 ボイドはポケットから何かを取り出す。それは、小さな石板だった。薄い石板だったために、ポケットに仕舞うことが出来たのだろう。例えば、それがコインぐらいの分厚さがあったなら、普通の服の部分より薄くなっているポケットの布が耐えられない。
「それは?」
「これは……何でしょうね、一種の鍵のようなものと捉えていただければ」
「それが鍵? ただの石板にしか見えないが」
「まあまあ、先ずはやるのを見てからにしてください。……そういうことで、これは鍵なのです。誰が何と言おうと、この世界の技術では未だ作ることの出来ない鍵なのです。どういう仕組みなのかは判明しましたが、これをかざすと」
 石板を扉の前にかざすと、無機質な高音が鳴って、扉がゆっくりと左右に開きだした。
「これは……いったいどういう仕組みなんだ」
「電気って知っていますか?」
「電気?」
「大きいものを言えば雷、小さいものを言えば摩擦して起きるバチバチ……あれを電気というらしいのですが、魔法でもそれは使われているのですかね?」
「ああ、電気……電気か。それなら、魔法でも出来ないことはない。ただ……」
「ただ……?」
「お前も学者なら知っているだろうが、魔法には質量保存と物質保存の法則がある。それは不可侵。誰だってそれを破ることは許されない。それが出来るとするならば……、この世界を作ったと言われる神、ガラムドぐらいだろうな」
「ガラムド……ですか。彼女の存在も、成り立ちも、かなり難しい位置づけが為されているのですよね。開闢神話、リュージュさんならご存知のはずですよね?」
「遙か昔、この世界を生み出したのはガラムドだ。何も無かった空間に、一つの『物質』を生み出した。そしてそれが一つの塊と化し、やがて一つの世界となった。そうして出来た世界を生み出したのが、他でもないガラムド……だったはずだが」
「ガラムドは全ての生き物を生み出して、それらが育つ環境を作り上げて、そうして地上に降誕した。……それがガラムド暦の始まり、でしたね」
「そうだ。それがどうかしたか?」
 扉の先にも、通路が広がっていた。
 しかし、今までの通路とは違う点が幾つか挙げられる。
 例えば、通路の材質。今までは昔の建物にあるような石煉瓦で出来ていて、手作りのような様子を漂わせていた。だが、今彼女達が居る通路はまるで一直線に長い刀で寸分の狂いもなく切断されたような断面を持つ石で構成されていた。
 それだけでも、この世界の今の技術では絶対に実現出来ない代物だ。
 そして、それは天井にも言えることだった。
 天井にある明かりは、炎によるものではない。ガラス球の中に何か小さい金属が埋め込まれていて、それが光を発しているようにも見えた。
「ガラムドは、あまりにも存在が卓越し過ぎている。僕達の世界に居着いた理由も全く分からない。だけれど、今ならこんなことだって言えるんですよ」
 ボイドは踵を返し、
「ガラムドは、実は別の世界の存在だったのではないか、と」
「…………何だと?」
 突然の意見に、リュージュは耳を疑ってしまった。
 ボイドは再び前を向き歩き始めると、話を再開する。
「この施設は、ガラムドが外の世界から持ってきた技術を流用したのではないか、と言いたいんですよ。だとすれば、この世界に存在しない技術で作られたというのも納得します」
「かつて、私達の世界がそれなりに技術力を持っていた可能性は? かつてはロケットを開発していた時代だってあった。……まあ、それを終わらせる引き金を引いたのは私になるが」
「『悲しみの弾雨』ですよね、歴史書で見ました。でも……あれはある意味仕組まれたものだったんじゃないですか?」
「仕組まれた? そんな訳があるか。私はあくまで予言を見ただけの話で……」
「じゃあ、その予言は誰から受け取ったものなんでしょう?」
 リュージュは閉口する。それ以上のことを、無闇矢鱈と言えなくなってしまったからだ。
「少し……言い過ぎました。でも、事実、そう考えるしか何もアイディアが出てこないんですよ」
 やがて。
 通路が開けて、一つの大きな空間が姿を見せた。
 




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