⑧

「えいやっと」
 川に石を投げ込む遊びをするかの如く、雪乃はカプセルを地面に投げつけた。
 カプセルは真っ二つに割れると、煙がもくもくと上がってくる。
「ええっ! これ、いったいどういうことなんですか。もしかして何か怪しい薬物でも入っていたり……」
「正確なことは言えないが、これだけははっきりと言えるな」
「……何ですか?」
「それは東谷異文化商会のドクターが開発した秘伝のや……カプセルだということだ。ほら、急がないと次のカプセルを使う時間が迫ってきているぞ」
「今、薬物って言おうとしましたよね! 言いかけましたよね!」
「何のことだ。あと、ご主人様の命令はきちんと従え」
 ごすっ。
 東谷は雪乃の頭をグーで殴った。
 グーって何だ、グーって。
 しかもこちらはか弱き乙女だぞ?
「自分のことをか弱き乙女という人間は普通に居ない。そんなことも知らないのか?」
 いや、それを言われましても。
「とにかく……これ、何の意味があるんですか」
「良いからカプセルを使え。話はそれからだ。それとも、もう一発殴られたいか?」
「嫌です、殴られたくありません!」
 雪乃はそのまま手に持っていたカプセルを放り投げる。
 すると煙が出来ていた場所が、一気に晴れる。
 晴れた場所に広がっていたのは、土だった。
 それの何処がおかしいのだろうか?
 答えは簡単。今雪乃達が居るトンネルの地面は――コンクリートだということ。
「コンクリートがどうして地面に……」
「はっはっは! そんなことも分からないのか、小娘! ……いや、ここはここはきちんと雪乃と言っておこうか。何故なら、私の立派なメイドであるからにして!」
 うわ、こいつめんどくさ。
「……今、私のことを面倒臭いと思ったな? 思っただろう?」
「い、いえっ! な、何も。何も思っていませんけれど!」
「どう思う、志穂」
「私には分かりません」
「はっはっは! 流石は志穂だな。何も分からなくても、やることをただこなせばそれで良い! 普通に働いていくならば、な。ただしお前はそうは行かないだろう。何せ、ついこないだまでは一般人として暮らしていたのだからな」
「……結局何が言いたいのか、さっぱり分からないのですけれど?」
「ドクターはこの世界の理を平気で上回ってくる。……簡単に言えば、門の向こうの技術を持っていてな。私も詳しくは分からないのだが……それを利用して、何とかこの世界に『ダンジョン』を再現することが出来るようになったらしい。実際、それを使って我々はこの世界にダンジョンを再現し続けている」
「あの……、いったいどうしてそんなことを……?」
「言っただろう。この世界には勇者が居る、と。悪の組織が居るならば、勇者も居る。しかし、正義の反対が悪かと言われるとそうではない。正義の反対は、また別の正義だ。我々も正義をもって臨んでいる。そうでなければ、この世界を生き残ることは出来ない」
「でも……、正直理解出来ないんですが」
 ぽちっ。
 びりびりーっ!
 雪乃の身体に、文字通り電撃が走った。
「いやいや……、やるなら事前に言ってくださいよ……」
「予告すれば電撃もゲンコツもして構わないと? 紐を引っ張ったら天井から金ダライが落っこちても構わないと?」
「何ですかそのバラエティー番組でもなかなか見ない奴は!」
「バカ殿とか見ないのか貴様は」
「白塗りメイクの殿様ですよね?」
「それは知っていて、どうしてバラエティーの常識は知らぬのだ……」
 いや、別にバラエティー詳しい訳じゃないし。
 見るとしたらドラマかニュースだし。
「まあ、今の若い奴はあまりテレビを見ないか……。テレビ離れが深刻だと言われているレベルであるし。アレだろ? 動画配信のサブスクで色々見ていたんだろう?」
「そんな余裕はあんまり……。スマホもツイッターかネットサーフィンかソシャゲしかやっていないので」
「ソシャゲに課金をするのかね? まさかそれで破産レベルに借金を抱えたなんてことは……」
「ありません! ……いや、まあ、でも、ちょっと課金はしますけれど。水着とか、欲しいキャラが出てきた時とか」
「……それならコンシューマーゲームを買った方が良いと思うが、どうなのかね。私はあまり詳しくないが、アレだろう? すれ違い通信とやらで誰でも通信出来たり、映画館でデータが受け取れたり出来るようになったんだろう?」
「それ、いったい何年前の話ですか……。今は、かつての据置ゲーム機レベルに携帯ゲーム機が落とし込めているんですから。無限とも言える時間消費出来るなんて聞いたこともありますよ?」
「そこまで言うなら持っているのか、ゲーム機」
「まあ、一応……。ミーハーですけれど」
 ってか、そのゲーム機、未だに家の中に置きっぱなしだし!
 スマホに至っては今日ログインしないと、連続ログインボーナス途切れちゃう!
 サービス開始時からずっとだから……ええと、今日で千五百日?
「まあ、それについてはあまり言うこともないだろう。プライベートにはあまり突っ込まないようにしているからな。嫌だろう? 上司が自分の好みを全て把握していたら。私は嫌だな。まあ、人の下で仕事をしたことがないのだがな!」
 そこ、誇って言えることじゃないと思う。
「それはそれとして……、どうだ、ダンジョンの様子は。何処まで出来ている?」
「えっ?」
 雪乃はそこで漸く、地面を再び見た。
 カプセルを蒔いた先には、地面が広がっていた。
 いや、それだけではない。見たことのない草花が生えていて、見たことのない動物が何処からか湧いてきて、感じたことのない雰囲気を漂わせている。
 一言で言うならば。
「これが……ダンジョンって奴なんですか……?」
 雪乃の問いに、東谷は笑みを浮かべたまま、しっかりと一回頷いた。


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