⑨

「ダンジョンは、昔ながらのRPGでも良く見られるような要素が、一つでも欠けていてはならない。さて、それが何なのか、お前には分かるか?」
「いや、分からないですけれど……。せいぜいモンスターがやって来るとか、おどろおどろしい雰囲気を漂わせているとか、その程度?」
「経験したことのない雰囲気を感じているんじゃないか?」
「経験したことのない……ああ、まあ、言われてみれば、確かに」
 経験したことないのは確かだし。
 ってか、今までこんなファンタジーな世界が目の前に広がっていたなんて思いもよらなかった訳だし。
「ダンジョンのタマゴはこの世界にもいくつか存在している。そして、それを孵化させるのが我々の仕事だ。如何にして人が見つけていないダンジョンのタマゴを探し出し、孵化させるかどうか……。それが我々の仕事の中でも、重要な要素の一つだと言えるだろうな」
「え、えーと……どういうことなのかさっぱり……」
 ぽちっ。
 びりびりーっ!
「馬鹿なんですか、ご主人様はーっ!」
「ほう。電撃を喰らっていながらも、減らず口を叩けるとは。お前も随分成長したんじゃないのか?」
「……誰のおかげで慣れたと思っているんですか、このIQ2の男は……」
「もう一発喰らわせてもいいんだぞ? それとも、電撃が快感に変化していったか? それは結構。こちらも電撃をやりやすくて助かる」
「やりやすいとかやりやすくないとかの問題じゃないんです! 私は一発も喰らいたくないんですよ!」
「リアクション芸人が減りつつあるこの世の中だ。……お前はその文化を潰したいのか?」
「潰すとか潰さないとかの問題じゃなくて、普通に考えてそれはおかしいじゃないですか! 私、芸人になるためにここに入った訳じゃ……」
「ぐるる……」
 声がした。
 それも、人間の声ではなく、何処か野性的な声。
「あの……今、何か声がしたような――」
 振り返る。
 そこに居たのは、一匹の獣。
 四つ足で立っているそれは、人間の身体よりも大きい。人間ぐらいだったら、丸呑み出来てしまいそうなぐらいの大きさだった。
「あ……あの……?」
「志穂!」
 いつの間にか、東谷と雪乃の前に立っていた志穂。
 志穂はこれまたいつの間にか構えていた日本刀を持ち、呟く。
「命令を」
「切って良し!」
 ちゃきん。
 鍔から少しだけ、刀身が露わになる。
 そして。
「……承知!」
 一瞬の出来事だった。
 跳躍した志穂は、そのまま獣の首を日本刀で切り捨てた。獣は何が何だか分からない状態のまま、そのまま頭と身体が分離し、首は何処かに飛んでいった。身体はコントロールを失い、そのまま倒れていく。
 頭に送られるはずの血液が、居場所を失い、首の切り口から噴き出していく。
 さて問題。
 東谷と雪乃の前に立っていた獣、その首から噴き出した血液はいったい何処に飛び散るか?
 そう考えるのも束の間、東谷と雪乃は、文字通り血の雨を浴びた。


  ⑩

「いやー、はっはっは! まさかあんな風になるなんて思いもしなかったぞ!」
 東谷異文化商会、社屋。
 その一室、会議室にて。
 シャワーを浴びてきた会長の東谷は、バスローブにタオルという何とも寛いだ格好で会長の椅子に腰掛けた。ちなみにこちらの椅子、本革でリクライニング機能もついている高級品。雪乃や志穂に与えられたパイプ椅子とは、その差は一目瞭然と言えよう。
「……この会社、ずっと思っていたけれど、ワンマン運営過ぎる……」
「何か言ったか、雪乃?」
 何処からか取り出したスイッチを押そうとする東谷。
「うわー! いえいえ、何も言っていませんよ、何も! だからそのスイッチを仕舞っていただけませんか!」
「何だ、つまらんな……。芸人の道を諦めたのか」
「諦めたも何も、最初から挑んだ覚えはありませんから!」
 まったく。
 この馬鹿者(ごしゆじんさま)はいったいどういう価値観で過ごしてきたらこんなことになるんだ?
「……ひっひっひ。随分ひどい目に遭ったみたいだねえ、東谷」
 気づいたら、東谷の隣に白衣を着た男が立っていた。白衣は皺だらけ、ボサボサのグレーの髪をした彼は、見るからにして何かしらの研究職をしていそうな人間だった。
「あ、あの……? あなたはいったい……?」
「ああ、こいつはドクターだ。ドクター? そんなことを言うってことは、もしかして私がこういう目に遭うのも……」
「そりゃあ、分かりきっていた話さ。獣が出てくることは確定事項である訳だしね」
「分かっていたなら、獣よけとかそういったものを用意したらどうなんだ……」
「うん? だってそんなこと、言われていないからねえ」
 えらく楽しそうに言うな、この人。
 というか、ドクターっていったい何のお仕事をするのだろうか?
「ドクター。それはさておき、紹介しておいた方が良いだろう。彼女が……」
「ああ、聞いている。聞いているとも! 新入りの、雪乃くんだったね? ひっひっひ、どうぞよろしく。私のことは何処まで知っているのかな?」
「ええと、確か……『門』の向こうの技術を持っているとかどうとか……」
「ああ、そうだ、そうだとも!」
 カッと目を見開いて、ドクターはそう言った。
 


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