「実際、私は『門』の向こうの技術を知っている訳だ。どれぐらい知っているかはあまり言わないでおいた方が良いだろうねえ。ただ、私がやっているのはそういう技術を上手くこの世界に落とし込むことが出来るか! いっひっひ、楽しいったらありゃしないよぉ。こんな素晴らしいことに巻き込んでくれるんだから、嬉しいよねえ、東谷ぁ……」
 後半は何処か粘ついたような感じの言い回しだったのが、少しだけ気になった。うん、ほんとうに少しだけ。
「……ドクター、それだけを言いに来たつもりか。軽口を叩いているなら、研究に勤しんでくれないか」
「違うんだよ、違うんだよなあ」
 ちっちっち、と指を振りつつ、何処からかタブレットを取り出す。
「これは?」
「タブレットだよ。現代技術の詰まった薄型の箱! かつての人間がこれを見たらどう思うのかねえ。ひっひっひ」
「……で、このタブレットがどうしたんだ」
「ああ、失敬失敬。問題はここだよ、これこれ」
 タブレットで何らかのアプリを起動して、ドクターは画面を東谷に見せた。
「あーこれか……、確かダンジョンに自動設置されたカメラの映像だったな?」
「ちょっち違うねえ。実際には、ダンジョン生成装置によって生成されたモンスターのうち一匹の視覚情報をハッキングしている状態だよ。それを上手くこちらに持ってきた……ということになるねえ。まあ、難しい理論の話は今は良いだろう? とにかく今は……見てみるべきだよ、これを」
 そして、東谷はタブレットを両手で持つと、そのまま動画――正確にはストリーミング配信を見始めた。
 映像は、先程のダンジョンを映し出していた。
「これ、どのモンスターの目をハッキングしているんだ?」
「キングバット……ひひっ、この世界で言うところのコウモリみたいなモンスターだねえ。それより、今の映像をよおく見ていた方が良いと思うけれどねえ」
 映像を見ていると、洞窟のある一点を定点観測しているようだった。モンスター――キングバットはコウモリと同じ生態をしているようで、天井に止まっているようだった。
 そして、それを見て雪乃が思ったのは、洞窟の様子が変わっていたこと。
 先程はただのトンネルになっていたのに、今その風景はファンタジーで良くありがちな原風景の洞窟となっていた。それだけではない、そこに居るモンスターもファンタジーRPGにはありがちなスライムやキングバット……いいや、それだけではなく、様々なモンスターが跋扈している。
 百鬼夜行、或いは魑魅魍魎。
 その熟語が似合うに相応しい洞窟と化していた。
「あんな短時間でこんな風に……」
「見ただろう。これがドクターの技術だ」
「ひひひっ、君は何もしていないだろうに……。まあ、別にそれを否定するつもりはないさ。肯定するつもりもないけれどねえ。ひっひっひ……」
 やっぱり、不気味だ。
 不気味で、怖くて、なんとも言えない雰囲気を漂わせていて……。
「あっ、これ」
 そんな時だった。右下辺りから、誰かがやって来ていた。
 雪乃と同じぐらいの背格好をした青年のように見えたが、普通の人間とは違う点が一つだけある。
 それは、右手に持つ大きな剣。
 それこそ、剣と魔法のRPGなら勇者が使う剣として出てきそうな、色々な装飾が施されている剣だった。
「あそこに立っているのって……人ですよね? やばいですよ、こんなところに迷い込んだ人なんて、生きていけるかどうかも全然分からないってのに……!」
「まあ、見ていれば分かる。見ていろ、雪乃」
 東谷からそう言われて、結局何も出来ずに映像を見ることにした雪乃。
 そして、映像を見ていると、その映像は驚くべき変化を遂げることになる。
 その時、映像の視点が動き出した。それは即ち、ハッキングしているキングバットが動き出したことを意味している。
 そのキングバットは若干アクロバットな飛行をした後、その青年に向かって飛んでいった。
 青年の顔立ちを見るやいなや、東谷は舌打ちを一つする。
「やはり……いや、この洞窟に入ってくる時点で大方想像はついていたがな。見ておけ、雪乃。そいつが我々『悪の組織』の明確なる敵……」
 そして。
 男の目の前までキングバットが迫ったところで――。
 男が剣を振り下ろした。
 同時に、映像はエラーの文字を映し出し、そのままポップアップのメッセージが表示された。そのメッセージを見た限りでは、信号が出力されなくなったと書かれていた。
「……あれこそが、勇者だ」
 東谷は、そう言い放つとホームボタンを押して、タブレットの画面を待ち受けに戻した。


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