帰り道は、結局二人で帰ることになった。僕のことが心配だから仕方がない、というのだ。そう言われたら僕も断ることが出来なかった。バスを使って帰る手も考えていたのだが、また魔法使いに狙われるかもしれない、と言われてしまって、仕方なく歩いて帰っている次第だ。当分、公共交通機関は一人じゃ使えないかもしれないな。この年になって。
「カズフミは、怖くなかったの?」
「うん? 何が?」
「その……魔法使いとの戦いについて」
「ああ、そのことか」
 どうしてだろうな――何故か分からないけれど、何故か怖くなかった。それが当然のことだと思っていた。仕方がないことだと思っていた。有り得ないこととは思えなかった。それがいつかやって来る出来事であるだろう、ということを理解していた。どうしてだろう。まったく見当がつかないのだけれど。
「『匂い』を落とす方法はあるから、少なくともそれまでは、一人で出歩かない方が良いの」
「そうか。方法はあるのか。……一応確認しておくけれど、風呂とかで洗い流せたりしないんだよな?」
「それで出来たら、苦労しないの」
 そりゃそうだよな――と僕はシニカルに微笑む。こうして同年代の人と並んで歩くなんて、あまり経験がないのだけれど、しかしいざやってみると、これもこれで悪くないな、って思ってしまった。まあ、そういうことを経験していくというのが人生の良いところなのかも。
「それにしても……あの様子だと、未だ魔法使いは居るみたいだよな。それに、今回の魔法使いは逃げられた訳だし」
「もっと早く気づけば良かったの」
 クレアは顔を俯かせる。確かに、彼女がナイフを掌に刺した時に気づかなかったのか――と言われてしまったら、それは彼女の責任になってしまうのかもしれないけれど、しかしながら、それを今非難することが出来るのは、僕でも彼女自身でもない。他の誰でもない。誰にでもある失敗。誰にでもある間違い。それを突き放して、見捨てて、放置することなんて、今の僕には出来やしなかった。出来るはずがなかった。出来る訳がなかった。逆に、この状況で出来る人間が居るとするなら、そいつはとても冷酷な人間なんじゃないか、って思う。
「でも、それが悪いこととは思わないよ」
 僕は言った。何も悪いことだと思わないからだ。それを悪いと思わないからだ。誰かが言っていた気がする――罪を犯していない者だけが、この人間に石を投げなさい――と。昔の記憶だから曖昧なことなのかもしれないけれど、僕としては、その言葉という諺というか古語というか言い回しというか、そういう表現が好きなのだ。嫌いな訳があるか。面倒な表現をひたすらこねくり回しているのが面白いんだろうが。
「悪いとは思わない、って?」
「悪いと思っているのは、誰しもそれを悪いと思っているからさ。そして、その悪いと思っていることについても、昔してしまったことがあると自覚しているからさ。それが正しいか、間違っているかどうかは別として」
「……カズフミ、難しいことを言うの」
「はは、そうかもしれないね。でも、これは正しいことだと思うよ。父さんも良く言っていた」
「……カズフミのお父さんは、どういう人なの?」
「ただのサラリーマンだよ。僕がここにやって来たのも、転勤が理由でね。ちょうど小学校を卒業したタイミングだったから良かったけれど」
「元々、何処に住んでたの?」
「首都圏の何処か、とだけ言っておこうか。……まあ、そういう点では、クレアの先輩だよ」
「先輩?」
「転校した先輩ってことさ。まあ、僕の場合は、タイミングが良かっただけで特段大変なことはなかったんだけれど」
 僕の家があるマンションの前に到着する。マンションの前には交差点があって、裏道になっていることからそこそこ交通量がある。だから信号は守らないといけない訳だし、守らなかったら罰則もあったりなかったりする訳だ。マンションの前に立って、僕は踵を返す。
「もうここまで来たら問題ないよ。クレアも、急いで家に帰った方が良いんじゃないかい?」
「……そう言われると、その方が良い気がしてくるの」
 クレアはたったったと走って、横断歩道を渡る。そこで振り返り、僕の方を見る。彼女はぶんぶん手を振っていた。恥ずかしい、と思ってしまうことだったけれど、彼女のことを考えるとそこで無視してしまうのも申し訳ない。だから僕も少しだけ照れくさそうにしながらではあるけれど、手を振ることにした。
「じゃあね! カズフミ。また明日、会おうね!」
「クレアこそ、また明日会おうな」
 それぞれこう叫んで、僕達は向かい合う。ちょうどそこで赤信号になり、ちょうど止まっていたトラックが動き出す。トラックの荷台でクレアの姿が見えなくなる。この瞬間、まるでシュレーディンガーの猫状態に陥る。要するに、こちらから観測出来ないのだから、クレアが存在しているか存在していないか、というのは分からない状態にある、ということだ。重ね合わせの状態、と言えば良いだろうか。僕はどちらだろうか――と思い、クレアの姿が見えるようになるのを待つ。トラックが移動し終わるまで数秒しかない。だから、別段気にすることなんてないのだ。その間、クレアがどういうことを考えているんだろうな――なんてことを考えている暇すら与えられず、僕の視界からトラックが消失した。
 そして、同時に、僕の視界からクレアが消失しているのを確認出来た。つまり――クレアは魔法を使って帰って行った、という訳だった。魔法使い――なんと自分の常識を容易に覆す存在なのだろうか。僕はそんなことを思いながら、またシニカルに微笑んで、マンションの入口へと入っていくのだった。

≪Magic-girl Strikes!≫ is Happy End.


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