「せーんそっ」
 僕とクレアはそのかけ声を合図にじゃんけんをする。ちなみに、もう片方の手は握手をしている。何故こんなことをし出したのかというと、昼休み、ご飯を食べ終わって暇になってしまった状態で、僕はスマートフォンを操作していると、クレアから二人で遊べるゲームがしたいと言い出したのだ。僕のスマートフォンにはそのようなアプリケーションは入っていなかったので、それじゃ小学生の頃地元で流行っていた『戦争』というゲームをやろうじゃないか、と言い出した訳だ。戦争、と何だか物騒なタイトルのゲームではあるが、そのゲームは大筋を言ってしまえばじゃんけんそのものである。ただ、グーチョキパーはこのじゃんけんでは違う名前で呼ばれる。グーは軍艦、チョキは朝鮮、パーはハワイといった類いだ。――今思えば、良く昔の自分達ってこの遊びを普通に遊べていたよな。
「軍艦、軍艦、朝鮮」
 その後、相手と自分はグー、チョキ、パーに合致する言葉を言いながらその手のポーズを取る。この時上手く出来ていなかったらその時点でアウト。そして、三番目がようやくじゃんけんになるという訳だ。ここでクレアが出した手がハワイ――つまりパーであったため、勝者は僕ということになる。では、ここからがお決まりのやり方であって――。
「一本取って、軍艦」
 ぱちぃん、と音が響いた。何をしたかというと、クレアの掌を叩いたのであった。そう、この戦争じゃんけん、負けた方は勝った方から平手――ただし受ける場所は自らの掌――を受けるのである。これが意外とネックであり、負け続けると掌が痛くなったりするのだ。まあ、普通そのような状態になる前に終わらせるのが常套手段なのだけれど。
「軍艦、軍艦、ハワイ」
 次は僕が負けた。ということで平手打ちをする訳だが――。
「や、やって良いの? 本当に? 本当に、カズフミの手に平手打ちして良いの?」
「僕もやっただろ。これでおあいこだ。さあ、やってくれ。じゃないと勝負がつかない」
「それはそうなのだけれど……」
 しばらく自問自答している様子だったが、自分の葛藤に決着をつけたのか、最終的に目を瞑って僕の手を平手打ちした。うん、なかなかに全力だった。
「……分かった、クレア。これで終わりにしよう」
 僕は握手していた手を離し、両手を挙げて降参のポーズを取る。どちらかと言えば、降参するのはクレアの方だったかもしれないけれど、これ以上傷つけるのは宜しくない。
 そう、僕は意外とそういうところにはちゃんとしているのだ。
「そう……。なら、良いのだけれど。ごめんね、こっちが遊びたいと言い出したのに、適当に終わらせてしまって」
「良いよ、別に。……そういえば、あれから何か情報は集まったのかい?」
 あれから――というのは、僕とクレアが初めて魔法使いとの戦闘に参加した、あの日のことだ。僕は何も思っていなかったのだけれど、クレアの方はかなり落ち込んでいる様子だった。というのも、前に家に行った時に最上さんから聞いたことだったのだが、あの日は寝るまでずっと部屋でいじけていたらしい。そう言われると、僕も何だか悪い気分になってしまう。あれは何も悪くないんだから、気にする必要はないのに。
「ええと、色々……。取り敢えず、こちらも戦力を増やしておきたいな、って思って」
「と、言うのは?」
「こちらも魔法使いを仲間にするの」
 クレアはそう言うと、ポケットからメモを取り出した。そこに書いているのは住所だった。名古屋市内の住所のようだが、見た感じは場所が想像出来ない。
「それは、いったい何だ?」
「こちらの世界にも、魔法使いは住んでいるの。居候制度を使ってるか、自律してるかのどちらか。そして、今回力になるかもしれないと思ってるのは、後者の方。かつて家族一同でここまでやって来て、家を買ったらしいの。そして、子供が生まれて、その子供はそのまま魔法使いになったらしいの。専門家、というところなの」
「専門家、ねえ……。で、その住所を持ってきたのは、何か理由があるのかい」
「取り敢えず、カズフミに調べてみてもらおうかな、って思って」
「……僕がスマートフォンを持っていることを良いことにしているな?」
 とはいえ、何もしないというのはどうかしているので、僕はその住所をそのままスマートフォンの地図アプリに入力してみることにした。こういうのは住所さえ分かれば、たとえ個人宅でも突き止めてしまうのだから、末恐ろしい。とはいえ、それを排除してしまうと、じゃあ何を表示出来るんだ、って話になってしまう訳で。
「港区……、ふうん、イオンモールから近いみたいだね。これなら普通にそこまで行けそうな気がするよ。で、いつ行くんだい?」
「今週末に行ってみることにするの」
「今週末……って、ゴールデンウィークの初日じゃないか。絶対イオンモールは混んでいると思うぜ」
 いや、別にイオンモールが目的ではないのだが。
 しかし、混雑した場所は出来ることなら行きたくない。だって人混みを見ると酔ってしまうからね。僕はそういう場所には弱いんだ。
「それなら、仕方ないの……」
 クレアはそう言った。落ち込んでいる様子が見て取れる。というか、そういうのを狙っているのか偶然なのか知らないが、そういう様子で居られたら、普通、放っておける訳がないだろうが――!
「……分かった、分かったよ」
 結局、僕が折れざるを得ない、という訳だった。
「え、良いの?」
「良いよ。どうせゴールデンウィークは何処にも出かけないつもりだし。家族で何処か出かけるというのもないだろうしな……。だったら、ゴールデンウィークの思い出として、たとえ同じ市内でも、クラスメイトと一緒に小旅行した方が盛り上がるだろ」
 若干早口で言ってしまったような――気がする。不味かったかもしれない。けれど、それについてはあまり言わないでおいた方が良いだろう。僕としては、そういう風に言ってしまうのは、少々恥ずかしいというのがあるのだが。
「それじゃ、土曜日。……何処で待ち合わせようか?」
「オアシスにじゅーいちにするの」
「……正気か?」
 オアシス21、栄にある商業施設で地上に大きなバス乗り場を有する施設だ。確かにそこからなら、イオンモールへのアクセスは悪くないかもしれないが――。
「大丈夫なの。私を信じるの」
「……まあ、そこまで言うなら」
 と、いう訳で――僕はクレアに押し切られる形で、土曜日に一緒に魔法使いに会いに行くことになるのだった。今思ったけれど、アポイントメントとか取らなくて良いのかな、なんて思ってしまった訳だが、まあ、それについては実際に現地に到着してから判断するしかないだろう、と僕は結論付けることしか出来ないのだった。




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