「ノアの方舟を現代に蘇らせるということ、それが黒津空我博士の研究だった」
「……それをして、いったい何の意味があるんだ。まさか、大洪水が起こるっていうのか? 馬鹿馬鹿しい」
「人間が全てにおいて最高位である、ということを認識してるのならば、それは大きな間違いだと言いたいのよ」
「間違いであるとは思ったことはないけれど……」
「間違いであると認識したことがないなら、それは大きな間違いだと言ってるのだけれど?」
「いや、そもそもの問題として、それを君達魔法使いが勝手に考えて良いのか、って話になるのではないかな。勝手に代行者になっていると勘違いしていないか?」
「……やはり、納得はしてもらえないものね。仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。理解してくれるなら、今頃人間と魔法使いはもっと良い方向に進んでるはずなのよ」
「今からでも、遅くないか? 話し合いの場があれば、きっと人間だって理解してくれるはずだと……」
「もう無理な話なのよ。人間と魔法使いは相容れることは出来ない。リーダーは未だ方向性を模索してるようだろうけれど……、でも、いつかは破綻が訪れる。それは、そう遠くない未来」
「それは、話し合いを放棄していると言わないかな?」
 僕は、なおもガブリエルと呼ばれた少女に突っかかる。答えは単純にして明瞭――このままでは平行線を辿るだけに過ぎないからであった。それは間違いだと思わせなくてはならない。人間が、魔法使いとは異なる存在の人類が、これからも生き続けていくためには。
「魔法使いが優位に立つことは分かるよ。だって、僕達人間には出来ないことが君達には出来るんだから。……でも、だからといって、僕達人間を捨て去ることは出来ないだろう? それは、傲慢であり……尚且つ、勘違いも甚だしい」
「勘違い? 今まで人間が魔法使いに対してやって来た行動について、何を言い出すかと思いきや……、甚だ遺憾なのよ。それは誰が何と言おうとおかしいということを、理解するべきなのよ」
 そこでガブリエルが持っていた懐中時計を見た。それを合図にして、ガブリエルは踵を返す。
「お、おい。ガブリエル? いったい何をしてるんだ?」
「時間なのよ。……私達には、他にやらなくてはならないことがあるの」
「……それってまさか、あれのことか? ガブリエル」
 ウリエルは何か慌てているように見える。いったい何をしようとしているのだろうか。さっきの話からして、あんまりおざなりに出来ないような話題のような気がしてしまうのだが――。
「それならば、ここを去ることにしよう。私もそれに従わなくてはならないからな。組織に所属する魔法使いとしては、な! それでは、また会おう」
 帽子を外し、頭を下げるウリエル。
 そして、二人は――空間の裂け目に入っていき、そして、そのまま消えていった。
「……あれは、何だというのだ? まるで、私の使う魔法具のような……」
「分からない。……でも、取り敢えずこれだけは言える」
「?」
「騒ぎが大きくなる前にここから立ち去ろう。そうじゃないと、警察が来て面倒なことになる」
「それはその通りじゃのう。……よし、急いで目的地へ向かうとしよう。運が良いのか悪いのか、それともあちら側もあまり騒ぎにしたくないのか、魔法の匂いがするしのう」
「魔法の匂い? それってどういうことだ?」
「要するに、人払いじゃよ。……まあ、これ程の騒ぎにしたかったのか、したくなかったのか、それについてはあの組織でも別れてるようじゃが……。とにかく、話は後じゃ。先ずは腹ごしらえでもしようじゃないか。行くぞ、二人とも」
 それで良いのか、それで。僕はそう思ったけれど、しかしそれをするしかないのもまた事実だった。実際問題、ここでああだこうだ悩んでいたって意味がないのは分かりきっていた話だったし、それについても議論をするところで解決案が見いだせる訳でもない。だったら、ここは思い切って話題を切り替えるのも一興だ、ということなのだろう。
「……どうした、クレア?」
 クレアがずっと何か考え事をしている。僕は疑問に思って、声をかけた。
「……何でもないの」
 クレアはそう言って、僕の後を歩いて行く。何か、隠し事をしているんじゃないか――なんて思ったけれど、そこであまり追及しない方が良いだろう、と僕は思った。その後の僕達の関係性にも関わる話だった訳だし。
 
  ◇◇◇

 後日談。というよりもただのエピローグ。
 それを言うにしては、かなり時間が直近のような気がするけれど。
「それにしても、あの魔法使いについては困ったものじゃのう」
 栄の繁華街、かつてあった百貨店の角を入ってさらにもう一本路地に入ったところにある味噌カツ丼の専門店は、夕飯時であったからか、かなり混んでいた。仕方がないので二階に行くことを勧められ、僕達はそれを了承したまでだった。狭い急勾配な階段を登り切ると、和室が姿を見せる。和室には誰も居なくて、僕達の貸し切りのような状態だった。僕達は味噌カツ丼を注文した。味噌汁はアサリか豆腐かを選べるらしかったけれど、僕達は三人ともアサリを選んだ。エレナ曰く、アサリの味噌汁は美味いらしい。揚げたてを用意するので時間がかかる旨言われて、受付の店員は去って行った。
「『魔女狩りの教皇(イノケンティウス)』だったか? それにしても、おぬしも厄介な組織に絡まれたものじゃのう。あれは、相当勢力が大きそうな感じじゃったぞ?」
「そうなのか?」
「先ず、ガブリエルとウリエルという名前に覚えはあるかね?」
「……ううん、何だろう。ガブリエルは天使の名前ってぐらいしか分からないけれど」
「ご明察、その通りじゃよ。ガブリエルとウリエルは、いずれも七大天使の名前から取られておる。つまり、『魔女狩りの教皇』の幹部クラスの魔法使いは全部で……七人居ると思って良いじゃろうな」
「七人……。あのクラスの魔法使いが七人も居るのかよ」
「そうじゃ。まあ、あくまで予想ではあるがのう。……しかし、いかなることにも対策を立てておかねばなるまい? となると一番簡単な方法が……」
「仲間を見つける、ということなの?」
 クレアの言葉と同時に、閉じられていた襖が開けられる。開けた正体は言わずもがな、この店の店員だった。三人分の味噌カツ丼と味噌汁、そして漬物を持ってきたらしい。それぞれの目の前にそれを置いていき、そのまま去って行く。
「さて、暗い話はそれまでにするかのう。取り敢えず、食事じゃ、食事! ここの味噌カツ丼は美味いからのう。舌鼓を打つじゃろうなあ!」
 確かに見た目はとても美味そうだ。ヒレカツが沢山乗っかっていて、ご飯が見えない。ヒレカツにはたっぷりの味噌だれがかかっているというより最早味噌だれに漬け込まれているような感じだ。味噌の香りが鼻腔を擽り、直ぐにでも食べたくなってしまう。
 ――その後、食べた僕達がほぼ同時に目を輝かせて、美味い、と言ったのは言うまでもない話だった。

 ◇◇◇

 食べ終えた後、エレナに家まで送って貰ってしまった。僕としてはとても有難いのだけれど、それで良かったのかと言われるとまた微妙なところだったりする。――何かお礼でもした方が良いだろうな。
「一応言っておくが、」
 エレナは最後に、僕に向かってこう言った。
「何だ?」
「魔法使いがもしおぬしの身に危険をもたらすようであるならば……、迷わず魔女の笛を鳴らすんじゃよ? 魔法使いはこの科学文明では勝ち目がないぐらい強い魔法を使うことだって十二分に有り得ることじゃからな。それと――」
「それと?」
「――いや、これは未だ良いじゃろう。それじゃ、また会おう。カズフミ」
 そう言って、窓を閉めると、クレアとエレナを乗せた車は去って行った。
 僕はこれからのことを少し考えてしまったが、それを考えると気が重くなるな――と思いながらも、家に帰っていくのだった。


≪Ghost House≫ is Happy End...?


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