「でもさあ、そんな簡単に見つかるものかね? まあ、私達二人が居るから和史くんは傷を負うことはないだろうと思うのだけれど。ってか、それだけは避けておきたいよね。何せ、君は、一応魔法使いと接点があるとはいえ、ただの中学生な訳だから」
「お気遣い頂きどうも……。でも、どうやってやるつもりなんですか? クレアと同じなら……、クララさん、あなたも時間に関する魔法を使える、という認識で良いんですよね?」
「それについては……」
 クララは何処か、頭の上辺りを見ながら、
「今語るよりも後で。ここだとどんな人が聞いてるか分かったものじゃないからね。スパイが居ないとも限らない。だから、いつ襲われても良いように、魔法使いである私達は動いてるという訳。分かったかな、和史くん?」
 それについては文句を言うつもりもないのだけれど――しかしながら、今はそういうことを言えるような状態じゃなさそうだった。
「……おや?」
 クララが立ち止まる。僕は何かあったのか――と声をかけようとしたが、すぐにそれを止めた。目の前に立っている一人の少女に目線を移したためだ。目の前に、誰かが立っている。見た感じ、僕と同じぐらいの年齢に見える感じだったが、普通、こちらに歩いてくるとかやって来そうなものだけれど、しかし、その存在は、道路の真ん中で立っている。
「どうしたんですか、クララさん?」
「いや、少し気になってね……。何で、あそこに立ってる人は、こちらをずっと見てるのだろうね?」
「見ている?」
 言われて、僕はやっと気づいた。確かに目の前に居る誰かは――ずっとこちらを見つめていた。まるで、獲物を見定めている獣の如く。
「……何者だ?」
 そう僕が呟いた瞬間――相手は行動に移した。刹那、その姿が視界から消失した。そして、一瞬の時間を置いて、クララの目の前にその姿を見せた。その存在は――サバイバルナイフを手に持っていた。そしてそれを使って、僕達を傷つけようとしていた。しかし、そこは魔法使いだ。そう簡単に傷を負わせる訳にはいかないと思ったのだろう。同じく何処から取り出したのか分からないナイフで応戦する。というか、クレアもナイフを持っていたけれど、魔法使いは皆ナイフで応戦するのだろうか? 或いは、ただ単純にナイフが携帯しやすいから持っているだとか、そういう理由なのだろうか?
「……つまらない」
 ナイフを仕舞い、少し距離を取る誰か。しかし、その声を聞いた限りだと女性のようにも思える。いきなり殺意を持ってこちらに挑んできたということは、この女性が今僕達が追いかけている事件の犯人――なのだろうか? 未だ確定出来ないとはいえ、可能性はかなり高いとは思う。
「つまらない? 人を殺そうとしてたことが、つまらないとはどういうことなの?」
 クレアが一歩前に出て訊ねる。訊ねたところで何も変わらないような気がするけれど――しかしながら、それは魔法使いである彼女達が見極めていかねばならない話題であるのもまた事実。ただの一般人たる僕が勝手に判断して良いことでもなかった。
「……あーあ、つまんねーの。なんつーか、さ。気に入らねえんだわ、あんた」
 指さされた。いきなり何を言っているんだ……。
「気に入らないって……僕のことをか?」
「分からねえのか? 自分は女の子に守ってもらって、それが当たり前だと認識しているのが間違いだって言いてえんだよ。俺としては、至極むかつく。そもそもさあ、あんただけ武器を何も持っていない、つまり丸腰なのがおかしいんだよね。まあ、今の人間って武器を持っている方がおかしいのは重々承知しているし、そうじゃなきゃ商売あがったりなんだけれどさ。……しかし、困ったちゃんだね。どうすりゃ良いかな。何か、ただの人間じゃなさそーだし」
「……魔法使いの存在を知らないのかしら?」
「ああ? この世に居る人間は二種類しか居ねーよ、知らねえのか。……俺か、俺以外か、だ」
 そりゃ無茶な物言いだ。
「仮にそうであったとして……、あなたは私達を殺そうとした。それについては、否定出来ないことだと思いますが?」
 クララは否定する。確かに、今はあの女性が不利ということには変わりない。
「……取引をするの」
 クレアが唐突にそう言った。……何だって?
「取引?」
「私は、あなたを逃がす。その代わり、あなたが知ってる情報を教えて欲しいの。あなたが何者で、何故このようなことをするのか。……あなたにとっても、私達にとっても、悪いことではないと思うのだけれど?」

   ◇◇◇

 自らを殺人鬼と名乗るこの少女は名前を御園芽衣子というらしい。日本全国、様々な場所で殺人行為に走るが、その原因は『抑えきれない殺人衝動』だという。とどのつまり、自分の快楽のために殺人を行っているという訳だ。それはまさに快楽殺人者と言っても過言ではない。
「では、あなたは魔法使いでも錬金術師でもない、と?」
「そうだよ。何で俺がそんなまどろっこしいものを覚えないといけねえんだ。俺はいつだって色んな場所で殺人をやってきた。魔法なんて使わねえ。俺のこのマンパワーだけでな。しかし、今は別の殺人鬼が出回っているみたいじゃねえか。はっきり言って商売あがったりだぜ」
「商売ではないと思うのだが……、何? 殺人鬼が他に居る? それはいったい、どういうことなのか教えてくれないか?」
「教えろも何も簡単だ。俺がやったのは、たった一つ。それも至ってシンプルなテイストの殺人だ。本当はたくさんやりてーんだけれど、警察がうろちょろしていると出来やしねえ」
「そういうことをさせないために出回っているのだと思うのだけれど……」
「あ? 今何か言ったか?」
 言っていません。頼むから喧嘩腰で物事を進めないでいただきたい。
「とにかく、あなたは今回の事件には関わってないと言いたいのね?」
「ああ、そうだ。俺がやったのは、あの辺鄙なバス停でやった一件だけに過ぎねえよ。それ以外はやってねえ。警察の動きが面倒でな。簡単に避けられねえんだよ。殺しをするにも、やり方ってものもあるしな。それがクリア出来れば苦労しねえんだけれど……、警察が包囲網を作りやがったからそれを避けるために一苦労だしな。俺もそろそろこの辺りを離れようかと思っているんだが……」
「じゃあ、何故私達を狙った?」
「そりゃあ、俺の通り道にあんたらが居ただけに過ぎねえよ。何か悪いことでもあったか?」
「悪いこととかそういう問題じゃないと思うんだよな……。でも、殺人鬼って常識があってないような気がするし、そういうものなのかね?」
「おい、聞こえているぞ。ふざけんじゃねえ」
「――取り敢えず、これ以上の議論は無駄ね。私達にとっても、あなたにとっても」
 溜息を吐いてそう言ったのは、クララだった。確かにその通りのような気がした。これ以上の証拠は得られないだろうし、御園芽衣子にとっても、殺人が出来ないならこれ以上居る意味もないだろう。だとしたら、僕達が取る行動と言えば――。
「終わりだな、それもまた一興だろうよ」
 踵を返し、御園芽衣子は歩き出す。
「ちょっと待った」
「あ?」
 御園芽衣子は顔だけをこちらに向けてくる。それにしても、クララは何か言い忘れたことでもあったのだろうか?
「あなたに連絡しておきたいことがあるとしたら、どうやって連絡すれば良い?」
「俺の仲介人に、秋山夜音っていう変わり者の探偵が居る。そいつに連絡しな。そいつが金曜日のオールナイトニッポンに『十三日の夜明け』をリクエストする。そのリクエストが出て数日後に、全国紙の朝刊に『最高級裁断用ハサミ販売します』という広告が出稿されるから、その連絡先に電話しろ。そこで漸く俺とコンタクトが取れるって寸法だ」
「……面倒臭いんですけれど?」
「普通に考えて、いきなり殺人鬼に連絡を取るのも変な話だろう? 連絡をする人も居ねーしな。それに、俺は携帯電話が嫌いなんだ。一応、連絡用に持ち合わせてはいるが、それは携帯している訳じゃねえ。考えてもみろよ、『仕事』をしている最中に、マナーモードだろうが着信音だろうが、そういうのが鳴り響いたら、リズムが崩れるってもんだろ?」






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