ぬる、ぬる、ぬるり。ゆっくりとその何者かが向かってくる。
「土人形使いの私から言わせてもらうと」
「うん?」
「あれは恐らく、人間もどき。人間になろうとして人間になれなかった何か、ではないじゃろうかね? 魔法使いがもし人間を普段のやり方以外で作ろうとしてるならば、それは大問題になる訳だが……」
「その辺りの倫理観はきちんと持ち合わせているって訳か……」
「そりゃあ、当然じゃろう。魔法使いといえどもただの人。結局人間が編み出した法を守らねばならないのじゃよ。魔法使いだけで考えた法も勿論あるから、それを守る必要もある訳じゃが……とどのつまり、二重の法を守る必要がある。それを考えると、魔法使いというのはかなり面倒な生き方をしてる存在なのじゃよ。分かったかな?」
「確かに、大変だってことは分かったよ。……ということは、あれは魔法使いにとっても、倫理観に反する物だという認識なんだな?」
「当然。倫理観は誰だって平均的でなくてはならない」
「……じゃあ、あれは倫理観に反するぶっ飛んだ魔法使いが作った、ってことになるのかよ!」
「そうだ。……あんな物を作る魔法使いが未だ居ることに、正直悲観視するしかないがね」
 今まで動いていたそれが、急に停止する。どうして止まったのか分からなかったが――しかし今がチャンスであることは間違いなかった。
「クレア、今じゃ! 止まってる内に、あの化け物を倒すぞ!」
「合点承知なの!」
 合点承知なんて今日日聞かないな。そんなこと言っているのって、最早化石扱いになっている存在だけじゃないのか?
 しかし、良く考えて貰いたい。それは、クレアとエレナの魔法の種類について。クレアの魔法は簡単に言えば、周りの時間をスローモーションにするもので、エレナの魔法は土人形を使役することの出来るものだ。はっきり言って二人の魔法は、攻撃には適さない。では、二人はどのようにしてその『何か』を倒すのだろうか?
 クレアが取り出したのは、普段武器に使っているナイフ。そのナイフは確か、魔法使い特攻みたいな何かを持っているとかどうとか聞いたことがあるような気がする。もしかしたら、間違いかもしれないけれど――もし間違っていたら、それはクレアの方向性もまた間違っているということになってしまうから、僕が間違っているとは言い難い。
「……切り込むの!」
 クレアは走る。そのまま走って――そして瞬間的にクレアの姿が消える。次に姿を見せた時には、もうその化け物にナイフを突き立てていた。大方、魔法を使ったのだろう。端から見れば、瞬間移動をしているようにしか見えないものだしな。
「よし、クレア。流石だ、続いて……これじゃ!」
 いつの間にかエレナが土人形を召喚していた。しかし、ただの土人形ではない。蛇のように長い身体になっている状態だ。まるで、ロープを自在に操っているかのような……。
 そして、僕の予想通りそのロープめいた土人形はぐるぐると化け物の身体に巻き付いて、固まった。成る程、こんな効果もあったのか。
「……???」
 どうやら困惑している様子だった。人間じゃないのに、人間みたいな感情を抱くこともあるんだな――なんて物思いに耽っていたけれど、正直、そんなことを考えている場合ではないことも確か。とにかく今は、何とかしてこの『化け物』を退治しないと――!
「待て」
 そこで、ストップをかけたのはエレナだった。
「……何かあったの?」
「見て分からないのか。違和感があるじゃろうが」
 違和感――そう言われて、僕は辺りを見渡す。今広がっている光景は、クレアが化け物にナイフを突き立てた状態。そして、そこから少し離れた位置で、僕とエレナが立っている状態だ。それ以外に何も語るべきポイントはないはず――だった。
「違和感……って何処に何があるんだよ?」
「……人の気配が消し切れておらんよ、誰だか知らぬが表に出て勝負すれば良いじゃろうが」
「くくく。そこの一般人は気づかなかったようですけれど、やっぱり魔法使いには気づかれてしまうものですね。致し方ないと言えば、致し方ない。……しかし、どうして気づいたんですかねえ?」
 ずるり、と――空間を切り裂いて、何かが姿を現した。それは、白いスーツ姿の男だった。男はニヒルな笑みを浮かべながらも、しかし余裕がなさそうな雰囲気を醸し出していた。
「簡単なことじゃよ。……気配を消すのが下手過ぎる」
「……いやはや、やっぱり魔法使い同士の戦いは嫌いですねえ。出来ることなら避けておきたかったのですけれど、しかしボスがやれと言うものですから、従うしかないのですよ。組織に入る人間というのは難しいものですねえ……」
 魔法使いか、魔法使いに精通している人間か。目の前に立っている人間は、そのいずれかなのだろう。少なくとも、魔法使いのことを、ただの歴史的用語ではなくて知っているということなのだから、魔法使いかその関係者となることは間違いない。
 そして、次に告げた――『ボス』という名前。それは恐らく、あの組織のことを指しているのだろう。そう、その名前は――。
「……『魔女狩りの教皇』のメンバーなの?」
 その言葉に男は、僅かだが頷いた。
「……それにしても、お前達の組織は何故クレアを狙うのじゃ? お前達の狙いは……そう、確か、『アレイスターの遺産』とやらじゃないのか?」
「『アレイスターの遺産』……ですか。そこまで良く辿り着きましたね。とはいえ、それだけなら、確かに魔法使いが知っててもおかしくないことではありますよね。でも、あなた達は、その遺産について、どれぐらいご存知ですか?」
 僕達は、何も答えない。
「アレイスターは、法の書を書いたことで有名となった人物です。まあ、それ以外にもあれやこれややったこともあるので、西洋魔術の祖なんて言われてる訳ですが……しかし、元々の法の書を書いたとき、彼は何を召喚したと思いますか?」
「確か――」
「天使、じゃな?」
「エイワス、というらしいですよ」
 男は微笑みながら、話を続ける。
「エイワスという天使は、アレイスターだけが見ることが出来たとか、アレイスターとしか情報伝達出来なかっただとか言われてるので……アレイスターの空想の産物である、という意見も多いのですよ。しかし、エイワスは実在したのではないか、というのが最近の定説でもあります」
「……天使が存在する、だって? そんな無茶苦茶な……」
「確かに、実際には天使というよりは高次元に存在する知性体とでも言えば良いんでしょうかねえ。人間とも魔法使いとも、それ以外の動物とも、似ても似つかぬ謎の存在。その姿は見ることの出来る存在によって変容を遂げるとも言える、それだけ言えば、『神』とも言えるかもしれない。神という存在そのものが、人間が決めた位置づけとも言えるかもしれませんがね」
「つまり?」
 エレナは一歩前に出る。
「つまり、おぬしは何が言いたいのじゃ? おぬしの所属する組織は、いったい何を目的としてるのじゃ?」
「詳細は教えられてませんが……しかし、これだけは言えるでしょうよ。我々は、新たな次元に進もうとしてる。それは、人間が到達しうることの出来ない、次の世界とも言えるでしょう」




<< Back | TOP | NEXT >>

Copyright 2008-2020 Natsuki Kannagi All rights reserved.
Use thema "Umi" made in ysakasin