2 第七シェルター
ユウトとルサルカは、廃墟群を離れ砂漠を歩いていた。
「今、俺達が居たのは何処だ……っていうのは流石に分かるよな?」
ユウトの問いに、ルサルカは首を横に振る。これは世界共通で否定を意味する。
「……いや、あそこを知らないんだったら、どうやってあそこにやって来たんだ……?」
「気がついたら、そこに居た――とでも言えば良いのかな」
ルサルカは、少し砕けた感じで語り出す。
二人は手を繋いでいる。これは決して何かしらの感情を抱いている訳ではなく、ユウトから離れないようにするためのことだった。
そしてルサルカは、ユウトが予め持ってきていた替えのウエットスーツとガスマスクを着用している。これについては、流石に遺跡に行ける程の装備ではないのだが、ルサルカは元々この空気に慣れてしまっている以上、一先ずこれで凌ぐしかなかった。
「色々問題は山積みではあるけれど……、うん、取り敢えずはあいつに話を付けてみるか」
溜息を吐いているユウトだったが、しかし取り敢えずの道筋は立てたようだった。
「ユウト……、何を考えているのですか?」
「うん? あ、まあ、別に気にしなくて良いよ……。これからのことについて、一応信頼出来る人間に話しておいた方が良いだろうな、と思っただけだから。それと、ルサルカ」
「はい?」
「俺に対しては、別に畏まった言い方で話さなくて良いぞ。それに、俺もこれからそうやって柔らかく話していくことにする。そういうやり方が、お互いに良いと思うからな。こればっかりは致し方ないと思ってもらう他ないんだけれど」
「……別にそちらが良いのであれば、そうしますけれど……」
ルサルカは少しだけ顔を赤らめ、徐々に声のトーンを下げていく。
最後に至っては、話しているんだか話していないんだか分からないぐらいのトーンだったために、ユウトが立ち止まりそちらを向いてしまったぐらいだった。
そしてそこで漸くルサルカが顔を赤らめていることに気づき――やや曇った表情を浮かべて、また再び歩き出した。
「……済まなかった。ちょっと行き過ぎたところがあったかもしれない。ただ、そうであればきちんと言ってくれればこちらだって何とか合わせるつもりではいるから。もし難しいのであれば、言い方は直さなくて良い。ただ、そういう話し方をするのは第七シェルターじゃあまり見かけないからさ……。目立つと思っただけだ」
「第七シェルターとは、どういう場所なんですか?」
ルサルカの問いに、ユウトは顔を上げる。
「んーと……、俺もそこまで詳しく知っている訳じゃないんだよな。何せ、俺が生まれて、そして育ったのはずっとその第七シェルターな訳だし。ハンター稼業に勤しんでいると言っても、この周辺……あのマツダイラ都市群がメインだったからな」
「マツダイラ都市群?」
「ここはかつて科学技術によって繁栄した国があった場所だったらしいんだよな。とはいえ、旧時代の歴史で残っている情報はそれぐらいなんだけれど。マツダイラ都市群というのも、最初にあそこを見つけたハンターが、廃墟の中に残されていた遺物から判断しただけに過ぎないし。その辺りは別に気にすることでもないと思うよ」
「他にも遺跡はあるんでしょうか?」
「あるだろうねえ。シェルターが第七、って言うぐらいだから最低でもあと六つはあるだろうし。他のシェルターも同じようにこうやってハンター稼業で稼いでいるらしいから。一応、国というテリトリーは存在しているそうだけれど」
「国……ということは城があるんですか?」
「そんな大層な物じゃないと思うけれどね」
ユウトは背負っていたリュックから、細い棒状のボトルを取り出す。
上の線になっている部分を外すと、それは蓋のようだった。そして、蓋をコップのようにして、ボトルを傾けると、中から透明な液体が出てきた。
「……実はガスは液体にも溶け込むことがあるんだ。だから、あまり飲むことは出来ないんだけれど、今回は特別だ」
「普段はどうやって飲んでいるの?」
「ここにチューブを入れる蓋があるんだよ」
ユウトはガスマスクの口の部分を指さす。
「ここは新鮮な空気を入れるためのフィルターもあるんだけれど、ここから水が飲めるようになっているって訳。まあ、食事も取ることが出来ないからな、外に出ているうちは」
「……外に出ているうちは?」
「さっきも言ったけれど、有毒ガスを吸い込んだ時点でお終いなんだよ。生憎、数分ぐらいだったらそこまで気にすることじゃないんだけれどね。ほら、飲みなよ」
「ありがとう……」
ルサルカは水の入った蓋を受け取ると、ガスマスクを外し、ゆっくりと飲んでいった。
「まあ、別にそれは洗浄するから良いんだけれどね……。どうせ、もうすぐ着くし」
ルサルカは蓋を空にすると、それをユウトに返却する。
ユウトは蓋を閉めて、ボトルをリュックに仕舞うと、再び歩き始めた。
「――ま、取り敢えず休憩しただけだからね。それ程時間も遠くないだろうし。この高台を超えれば……、」
そうして、高台を登り切ると、やがて彼らの視界に一つの球体が見えてきた。
砂漠の中心にぽつんと存在する、ガラスの球体。そして、その球体の中には様々な物がミニチュアの如く犇めき合っている。
「あれが……、」
「あれが、俺の住む街――第七シェルターだよ」
◇◇◇
第七シェルター――正確にはシェルターという仕組みそのものが抱える構造上の問題として、出入り口が掲げられる。出入り口は、外気を中に取り込まないように、三重構造となっているのが殆どだ。それは旧時代における防塵室の概念を取り込んだ物だと言われている。出入り口から中に入ると、自動的にエアシャワーが降り注ぐ。そうしてガスを完全に外装から排除した後、着替えを次の部屋で行う。着替えはそのままダストボックスのような小型の箱に投入することとなっており、予め入口で照合したIDを元に分類され、シェルター運営のクリーニングサービスへと移送される。
「こうして全て終えると――」
自動ドアが開くと、そこに広がっていたのは都市だった。
「うわあ……!」
「意外と広いだろ? この街も」
第七シェルターは、人口一万人が暮らすシェルターだ。地上部分と地下部分にそれぞれ居住スペースがあり、人々は皆そこで生活をしている。
建造物と建造物の間には、硬化プラスチックで出来た管が通っており、先程クリーニングに出した衣服や人、さらには水や電気といったライフラインまで運ばれている。
「まるで血管のように、管が通っているんだよな。確かこれのシステムはこう呼ばれていたっけ――」
「『人のような街』」
ユウトとルサルカはそれを聞いて踵を返す。
そこに立っていたのは、小太りの少年だった。ゴーグルを額に付けていて、何処か研究者のような佇まいをしていた。
「ケンスケ、どうしてここに?」
「買い出しだよ、見りゃ分かるだろ」
ケンスケの両手には、ビニール袋が一つずつ埋まっていた。ビニール袋の中には大量の物品が入っているようで、パンパンに膨れ上がっていた。
「買い出し……って、またマスター材料計算間違えたのか?」
「いや、それは分からないな。安い日に買い出しするのが当然だろ、なんて言っていたけれど、何処までほんとうなのやら……」
「あの、こちらの方は?」
「うん? あ、ああ……こいつはケンスケ。同じ店の二階で暮らしている……、まあ、腐れ縁というか、そういう感じかな」
「いや、説明しろよユウト! 誰だよこんな可愛い子。いったい何処で出会ったんだ?」
「あ、えーと……それについても、マスターに話しておきたいんだよな。マスター、今居る?」
「さっきは居たと思うけれど……。何か訳ありって感じか? まあ、そういうのは良くある話だからな。ま、取り敢えず袋どっちか一つ持ってくれよ。重たくてしょうがねえんだ」
ケンスケから言われて、ユウトはビニール袋を一つ受け取った。中を見ると、瓶や箱や缶詰が沢山入っている。
「……相変わらず、こういう変わった物が好きなんだな。別に配給の栄養食で悪くないっちゃ悪くないのに」
「それ、美味しいと思っているのお前だけだからな。あれ、人間が食べるために開発された物じゃねえよ、どう考えたって。先ず味覚が否定されるからな、無だよ、無」
「そうかねえ……。俺は別に悪くないと思うんだけれどね。あ、別にマスターの料理が美味しくないだとか、そういうことを言っている訳じゃないからな。それだけは言わないでくれよ。マスター、結構本気で捉える節があるからさ……」
「はいはい、言わないでおくよ。俺も何か言われたら面倒だからな。で、彼女の名前は?」
三人はゆっくりと歩き始める。ユウト、ルサルカ、ケンスケといった感じで並んでおり、二人がそれぞれ外側にビニール袋を持っている形だ。
「彼女の名前はルサルカ。彼女と何処で出会ったか、ということについては……マスターに会った時に話した方が良いだろうな。何せ、二度話すのが面倒だ」
「面倒と言われてもな。……まさか、遺跡に一人佇んでいた、なんて言わないよな?」
それを聞いてユウトはぎょっとした表情を浮かべてケンスケを睨み付ける。
「うわっ、いきなり睨み付けるなよ、怖いな……。というか、それぐらい考えつきそうなもんだろ。実際、何処で出会ったかなんてシェルターの外か中のどちらかなんだからさ。で、一緒に外から帰ってきたってことは……そう考えるのが自然だろ?」
「……それ、絶対誰にも言うなよ」
「え? ああ、まあ、言わないよ。……だって、セキュリティ的に大問題だろ。遺跡で拾った女の子をシェルターに持ち込むって。何か未知の病原菌でも持ち込んできたらどうするんだよ。ま、それよりもガスの方が怖いけれどな」
「それは同感。……彼女のことなんだけれどさ、何か思い当たる節はないかな。何か、家族を探しているようなんだよ」
「家族を? あの遺跡で? 虫一匹見かけたこともないと言われている、死の大地で?」
「そりゃあ、俺だってそう思ったけれどさ……。あんな場所で家族を探しているなんて言われて、放っておける訳がないだろ」
ユウトの言葉に、ケンスケはせせら笑う。
「ユウトは何でも助けたくなる性格だからな。ヒーローに向いているぜ、その性格」
「ヒーローなんて辞めてくれよ。そんな高尚な物になれる訳がない」
「冗談で言っているだけだろ。まあ、気になる節はあるけれどな……」
「思いつくことがあれば、何だって良い。何かないか? あの遺跡に誰かが住んでいたとか、彼女の家族らしき人物が彼女を探しているだとか――」
「そういうことこそ、やっぱりマスターに質問するのが一番じゃないかなあ……。ほら、あの人情報網は凄いからな。第一シェルターから幅広い人間に連絡出来るって話らしいし。他のシェルターに連絡をするだけでも面倒だし金がかかるって言うのにな……」
「その……マスター、とはどういう方なんですか?」
「初めて見た人は、先ずその見た目に驚くんじゃないかな。俺はもう慣れたけれどさ……」
「ああ、それは言えているな! こないだやって来た新入りだって、マスターの見た目に驚いていたよな。そんな見た目でマスターなんて言えるのか! だなんて。あれを本人が居ないと思って言ったんだろうけれど、後ろに本人が居ないかどうかぐらいは見ておくべきだったよな」
「あれ、俺達も同意していたら一緒にお説教だったのかね……」
「そればっかりは俺も分からねえな。ただ、相当絞られたらしいぞ。終わった後にロビーに戻ってきたマナの顔見ていないだろ? げっそりと窶れたような感じだったぞ。まるで生気を吸い取られたみたいな感じだった」
「ほんとうに吸い取っていたりしてな。ほら、マスターって見た目変わらないし。実は数百年も生きているエルフの生き血を啜っていても、何ら不思議じゃないぜ」
「エルフが居れば、の話だけれどな……。おっ、着いた着いた」
ケンスケが立ち止まると、ルサルカは上を見上げた。
「……ここは」
「ここがマスターの経営する宿、『アネモネ』だ」
ユウト達が辿り着いたのは、第七シェルターのメインストリートの奥にひっそりと佇む民宿『アネモネ』だった。
「ようこそ、アネモネへ。歓迎するよ、ルサルカ」
ケンスケの言葉に、ルサルカは笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。
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