6 大剣使いのマリー


「それはその通り……だな。実際、ハンターの中にも廃業を余儀なくされた人間が居るというのを聞いたことがある。それって今考えると、遺物がいつまでもある訳じゃないことを理解した上での、苦渋の決断だったのかもしれないな……」
「ハンターだって、得意不得意があるからね。そこに関しては、『向いていなかった』の一言で片付けられるんじゃない? とはいえ、本人がそれを自覚出来るなら未だ良い方だと思うけれど。酷かったらそれすらも出来ないかもしれないんだし」

 それについては、概ね同意するハンターも多いだろう。しかしながら、それを簡単に同意したところで、それは仕方ないと投げ捨てることは出来ない。何故なら、その事象はどのハンターにだって起こり得ることで、避けきれない事実だからだ。

「……だとしても、だ。ハンターが飯を食えなくなるぐらいに遺物がなくなる時がやってくるとしても、それは大分未来の話になるとは思わないか? それに、ハンターという職業が不安定だっていうことは、重々承知の上じゃないか」
「そりゃあ分かっているけれどね……。ただ、ハンターが未だに一攫千金を狙える職業に位置付けられる時があるのもまた事実だったりする訳で……」
「一攫千金が狙えるのは、どの職業でも似たようなもんじゃないの? 実際、ハンターだって働き方でそれが決まる訳だし。アタシなんか、普通に飯が食えるぐらい働ければそれで良いと思っているからね。アリとキリギリスで言えば……ギリギリキリギリスって感じかな?」

 ギリギリキリギリスという、何ともややこしい言い回しをしたマリーはパフェを食べるフェーズに入る。それを見たユウトも、溶けかけのアイスクリームを口に入れるのだった。


 ◇◇◇


 パフェを食べ終えて、ジュースをストローで啜るマリーを見ながら、おかわりしたコーヒーを飲むユウトがぽつりと呟く。

「……甘い物を食べてから、また甘いジュースを飲むのもどうかと思うがね……。案外、そうでもないのか?」
「うーん、甘いよ。パフェもジュースも。……でもさぁ、動くからね、アタシは。頭も使うし身体も動かす、ハンターって、そういう仕事だったりしない? あ、でもユウトはあんまり甘いの食べたりしないよね。もしかしてダイエットしているのかな?」
「……それ、普通逆の台詞じゃねーの? 俺が言って、マーちゃんが受け取るんだろ。思えば、付き合っている時もこんな感じだったような気がするけれど」
「にゃははっ、その通りかもねー。でもまぁ、案外悪くないもんだね。別れてからどれぐらいになるっけ?」
「どれぐらいだったかな――」

 ユウトとマリーが恋人関係として続いたのは、それなりに長い期間だった。とはいえ、そらを茶化すこともあまりない。本人がするならまだしも、既に壊れてしまった関係を、他人が穿り返すのはなかなかやらないし、出来ないことだ。

「……一年じゃあ短い、二年じゃあ長い……それぐらいの期間だったと覚えているけれど? とはいえ、懐かしい時代だったし、楽しい時代だった。それだけは否定したくないものね」
「そうだな――でも、もうあの時に戻ろうとは、思いもしないだろう?」

 ユウトの問いに、マリーは頷く。

「そうね、残念ながら。……もう関係性は、破綻しているのだから。これ以上悪くなることはあっても、これ以上良くなることはないわ、決して」
「……だろうな。それは、俺だって分かるよ。あの関係性が一年も……いや、それ以上も続いたのは、はっきり言って奇跡と言っても、何ら差し支えはない」
「でも、ユーくんは逃げていたでしょう?」

 マリーの言葉に、ユウトは否定出来なかった。
 正確には、直ぐにその言葉を――その答えを、導き出すことが出来なかった。

「逃げていた……か」
「否定しないのね。……まあ、仕方ないか。少なくとも、それはアタシにも言えることではあるのだし。アタシだって、逃げていたよ。そして、それに救いを求めていた。……ユーくんが、アタシに会いに来る前には何処に居たかっていうのも、何となく想像がつく」

 一息。

「……シスターに、会いに行っていたんでしょう?」
「それくらい、分かっていたか。いや、分かって当然とも言えるだろうか。いずれにせよ、俺がマーちゃんに会うには、何かしらの理由付けが必要な訳だからな。それについては、何も否定しないし、言い訳もしない。だって、事実だから」
「シスターは、何と言っていたのかな?」
「別に。ただ、マーちゃんには感謝していると思うよ。そりゃあ、そうだろうな。神様を信じる暇があるなら生きる術を探さなきゃいけないこんな時代に、他人のことを慮って支援をしているんだから。出来ねーよ普通、そんなことは」
「褒めている――そう受け取って良いのかな? まあ、ユーくんに褒められるのも、悪くないね。ちょっとは、会って嬉しいと思えたかもしれない」
「そう思ってくれるなら何よりだよ。……で、そろそろ本題に入らせてもらおうか」

 ユウトは、少し冷めたコーヒーを飲み干すと、一つの単語を呟いた。

「マツダイラ都市群」
「……それなら、この第七シェルターのご近所さんじゃない。アタシも良くそこに通っているよ。最近も上質な金属が含まれる鏡が見つかってね、良い儲けになったよ。……その話をしたいんじゃないんだろ? 良いからさっさと結論というか本質を言え。アタシとユーくんの仲だろうが」
「今それを言われるとそれはそれで困るんだが……まあ、良い。じゃあ、話すよ。それは――」

 そうして、ユウトはルサルカのことについて、詳らかに語り出した。


 ◇◇◇


 マリーはルサルカについての話を聞き終えると、ジュースをストローで啜った。

「外をマスクなしで移動出来る……ねえ。それがほんとうなら、時代が変わるような気がするけれど。ほんとうなら、ね」
「まるで俺が嘘吐きみたいな言い回しだな?」
「あら、正直者だと思っていたのかしら? それは心外ね。アタシだって、長年ユーくんのことを見てきたつもりはないけれど、見ていた短い期間の中だけでも、ユーくんの中身は分かっているつもりだけれど?」
「……まぁ良い。それについては何も言わないよ、言いたくもないし。で、マツダイラ都市群について何か知らないか?」
「何か、と言われてもねぇ……。例えば、どんなこと?」
「例えば、行方不明者の噂があるとかさ……。どんな些細なことでも構わないんだ、ルサルカの手助けになればそれで」
「……ユーくんも随分変わったにゃー。そんなお人好しだったかにゃ? アタシと付き合っていた頃は、お世辞にもそんなこと言えるような性格じゃなかったような気がするけれど」
「若かったんだよ、あの頃は。……昔話は別に良いだろ。教えてくれないか、マツダイラ都市群の噂を。俺よりもマーちゃんの方がハンター歴は長い。だから、噂とかはマーちゃんの方が知っているはずなんだよ」
「アタシも結構一匹狼なところあるからにゃー……、でもまぁ、少しばかりは協力してあげても良いかも。昔のよしみでね」
「ありがてー話だ。聞いていて涙が出てくるぜ」
「……分かりきった嘘を吐くな、嘘を。それよりも、マツダイラ都市群についてだけれど……、ちょいと耳貸しな」

 マリーがそう言ったので、ユウトはゆっくりとそちらに近付いた。
 やがて二人が近付くと、マリーは周囲を見渡してから呟くように語り出した。

「……あくまでも噂だけれどな、最近マツダイラ都市群で変わった遺物が発掘されたらしいんだよ。しかも、複数人のハンターによる護衛付きだった、らしい」
「らしいらしいって……、それを実際に見た人間が居ないってことなのか? そのスタンスだと。……それとも、口封じでもされたのか」
「どうだかね。そればっかりはアタシにも分からないね。ともかく、その遺物が問題でね、遺物の正体は――鏡らしいんだよ」
「鏡なんて、そんな何処にでもあるような代物が? ……まあ、確かに遺物として認められるならそれなりに価値でもあるんだろうけれど。学者先生がその辺りどうにかしてくれたのかね?」
「そんなことは分かんないね。アタシだって、聞いた話をユーくんに言っているだけに過ぎないんだから。伝言ゲームだよ、これは……。とにかく、その遺物が噂を呼んでいる訳だよ。ただの鏡なら――遺物なら、別にハンターを複数人も雇う必要はないでしょう? ハンターは一人ないし二人で十分だ。にも関わらず、それ以上の人間を雇った。それは即ち――その遺物にそれなりの価値があるから、と推察出来る訳よ。……ここまでは分かるかな?」
「馬鹿にしているのか、マーちゃんは……。分かるよ、それぐらい。でも、それとルサルカには何の繋がりがあるんだ?」
「遺物が収集されていくことで古代文明が徐々に詳らかになっていっているのは、ユーくんだって知っているだろう?」

 ユウトはその言葉にこくりと頷く。

「でも、実際はハンター風情には関係のない話だったりする訳じゃないか? 例えば古代文明の全てが明らかになったとして、ハンターとして飯が食えるか? と言われると話は別だ。下手したら、全て明らかになったら遺物がなくなってしまうのではないか――いいや、正確には遺物に価値がなくなってしまうのではないか、そう思ってしまうハンターだって、俺は幾らでも見てきた。でも、生きるのが難しい人間にとっては、ハンターというのは楽な仕事なんだよ。マーちゃんは肉体と頭脳をどちらも使うとか言っているけれど、俺なんかは別にそんなこと考えたこともない訳だし」
「……それこそ、天賦の才って奴ね。はっきり言って、今の言葉を全世界のハンターに聞かせたら、ユーくん恨まれるよ」
「かもな。……で、その遺物がルサルカに関わっているかもしれないという根拠は?」
「古代文明の話が、少しづつ見えてきた……って話はしたよね。そこに引っかかって来るんだよね。古代文明は、あの都市群を作っただけではなく世界各地を統治していたとも言われている。今の世界じゃ有り得ないぐらいの科学技術で、強力な権力をもってやってきていたと言われているの。……でも、そこで疑問が浮かばない? どうしてそこまで強い力を持った文明が、そんな簡単に消滅してしまったのかを」
「……そりゃあ、人間だ。色々あったんじゃねーのか? 例えば、戦争とか……。このシェルターや、シェルターの外の環境がそれを物語っているだろ。この世界の環境を変えてしまう程の、何かがあったんだよ。そうしてそれによって、文明の人類は滅んでしまったんだ。……そうしたら、戦争しか思い付かないけれどな?」
「ルサルカという名前を聞いて、ずーっと引っかかっていることがあったのよね。その名前、何処かで聞いたことはなかったか? って」

 少しだけズレているようで、ズレていないような会話が続く。
 しかし、その会話はやがて一つの終着点を迎えることになるのだった。

「古代文明の姫の名前が、遺物から明らかになっているのよ。その名前はルサルカ。……ねえ、それって偶然にしてはあまりにも出来過ぎていないかしら?」



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