7 ルサルカの願い


 ユウトはマリーと別れると、先程の話で出た情報を頭の中で整理していた。

「……しかし、古代文明の姫、ねえ……」

 仮にその情報が真実であるとして、ルサルカが同じ名前で、家族を探している理由にはならない。
 彼女のことを憶測で語りたくはなかったユウトだったが、とはいえそれを手伝うためにはある程度の理由付けが必要でもあった。彼女のことを裏で探るのは、あまりにも自分が悪いことをしているようで、何処か申し訳ないような気にもしてきた。

「……ちゃんと分かったら、謝ろう……」

 きっと謝ったところで、本人からしてみたら何をいきなり言っているんだという話になるのだろう。
 しかしながら、ユウトの性格からして、それを簡単には片付けられなかった。ある種、考え過ぎというところもあるといえばあるのかもしれないし、ユウト自身も面倒臭い性格であることは理解していた。理解していたからこそ、それを解決しないというのも、それはそれで問題かもしれないが。

「まあ、それについては追々考えるとして……。考えりゃ済む話なのか、それって?」

 思わず自問自答してしまったが、しかしながら、それ以上のことは何も考えられないのが現実だった。

「ただ……、ルサルカが思っていることは事実だろうし」

 家族との再会。ルサルカはそれを望んでいた。だからあんな遺跡にひとりぼっちで居たのかもしれない。
 いつからそこに居たのか、それは彼の窺い知るところではなかったが、しかしながら、それを理解するのは到底不可能だと言えるだろう。

「……ルサルカは、きっとどう思っていたんだろうな……」

 空を見上げながら、考える。
 考えたところで、きっとそれは解決することではなかったのだろうが。
 とにかく、今は帰りを待つ人が増えている。
 どういう面持ちで待っているのかは、流石にユウトも把握してはいなかったのだが。


   ◇◇◇


 今日も『アネモネ』は盛況だった。

「なーんか、最近『ハンター』増えたような気がするよ、気のせいかな?」

 ユウトの問いにケンスケは頷く。

「確か、またプラントが大量リストラしたらしいぜ? プラントも大儲け出来るところと、そうじゃないところが明確に二分化されちまったからなあ……」
「プラントと言っても、生産しているところは儲かっていないだろ。空気清浄のプラントに入れば生涯安泰だろうけれど、そこまで上手く動ける訳でもないし」

 シェルターにはプラントという施設が存在する。生産プラントと空気清浄プラントの二種類に分類されており、生産プラントは食料品など生活必需品を生産するプラントとなっている。かつては人が自分で生産する手法が好まれたことも多かったが、土地が少ないことや土壌汚染の観点から、九割以上の食料品がプラントで生産されるようになっている。

「プラントで作っている料理って、きちんと管理されているから色々とメリットがある……なんて聞いたことがあるけれどな。オーガニック、だっけ? 昔にはそんなことも流行ったらしいけれど、今じゃそんなこと出来やしないもんな」
「自然食品、だったっけ? いずれにせよ、それが出来るのは結構難しいだろうな。実際、それが出来るのは金持ちに限られるからなあ……。俺達みたいな普通のハンター暮らしをしているような人間じゃ、それをするには金が足りなすぎる」
「……それは同意するね。しかし、プラントを潰して『上』はどうするつもりなのかね。まさか輸入に頼るとか?」
「そりゃ、無理な話だろ。……ただ、特産品としてシェルターごとに何かを作っていて、それを輸出入しているのは聞いたことがあるけれど、それにも限界はあるだろ。シェルターだって金のあるシェルターとないシェルターがある訳だし、ここはどうだか知らないけれど、少なくとも豊かなシェルターじゃないだろうな」
「後は、有事が起きた際に自分だけで賄いきれなくなるのが大問題、って話だよ」

 ケンスケとユウトの話に、暇になったマスターが加わった。

「有事?」
「ないとは言い切れないだろう? ミュータントの存在さね。ミュータントは未だ遺跡を根城にしているけれど……、それも時間の問題と言われている。いつになったら、ミュータントが遺跡から出てくるのかは定かではないけれど、少なくとも人間よりは強い存在だからね。戦闘能力がない赤子や女性なんかがミュータントと遭遇したら、それこそ赤子の手をひねるように殺されちまうんじゃないかい?」

 何とも物騒な言い回しだが、しかしそれは事実だった。
 事実である以上、それを無視することは出来ないし、見て見ぬ振りをすることも出来ない。

「……殺されるだろうな。はっきり言って。……でも、それが起きるのはあくまで最悪の可能性。今は警備隊も居るし、遺跡を監視している部隊も居るそうだから、その辺りは問題ないんじゃないか?」
「上の考えは、下々には分からないものだよ、ユウト。……いずれにせよ、どう思っているかは窺い知ることは出来ない。ただ、上に見つかるようなことがあると厄介なのは、ユウトだって把握しているだろう?」

 ケンスケはそう言うと、ルサルカを一瞥する。
 ケンスケが言いたいのは、ルサルカのことだった。ルサルカは遺跡で発見され、マスクを付けなくとも穢れた空気を耐えうることが出来て、しかも古代文明の姫と同じ名前である――ある程度予想を推測することは出来たとしても、それがあまりにも突拍子過ぎて訳が分からなくなるのも事実だった。

「……ルサルカのこと、心配してくれているのか?」
「それもある。後は、首を突っ込んじまった以上、あまり悪い方向に物事を捉えたくないというのもあるかな。何かあれば、連帯責任で全員の首が飛ぶぜ?」

 冗談だろ、ともユウトは言えなかった。シェルターにおいて、人員の管理は凄まじい。番号で呼ばれてこそいないものの、個人番号で全て管理されている以上、感情を持っているロボットと言われてもおかしくはない。
 しかしながら、人々の大半がそれで文句がないと言っているのだから、案外これで人間のコミュニティの仕組みが完成形に構築されているのかもしれなかった。
 
「上下という関係がある以上、場合によっちゃそのコミュニティを崩壊に追い込む可能性だって、十二分に考えられる訳だからな……。で、それを嫌がる上層部はどうするかと言えば、」
「火種を消すしかないだろうねえ、その方が手っ取り早いから。……ま、アタシだってそうするわね」

 そして、その場合の火種はユウトとルサルカだけではない。彼らに手を差し伸べたケンスケやマスター、それにマリーまで関わってくる。

「……はっきり言って、もうこの問題はアンタとルサルカだけが抱え込む問題じゃない。それは理解しているね?」
「それぐらい……分かっていますよ。分かっているつもりです」
「ほんとうかねえ? ……ところで、あの子はこれからどうするつもりだい。ずっとここに置いていくのか?」
「駄目ですか? マスター、人手が欲しいってずっと口酸っぱく言っていたじゃないですか。だから、問題ないと思っていましたけれど」
「……アタシが断れないと思って、敢えてここに連れて来たんじゃないだろうな?」

 ユウトはそれを肯定も否定もしなかった。

「……図星と受け取っておこうか。しかしまぁ、ユウトも少しは頭の回転が回るようになったんじゃないか? 前はいつも突っ走って怪我だらけになって帰ってきていたというのに」
「よしてくれよ、昔の話は。……今は前を見ないと、な」


 ◇◇◇


 ルサルカの仕事が終わったのを見計らって、ユウトは再び階下のレストランにやって来ていた。

「どうしたんだい、今日は食欲旺盛だねえ。……それとも眠れないのかな? ホットミルクでも出してやろうか?」
「いや、そんなつもりじゃない……ってか、マスターだって分かっているはずだろう。俺が何故降りて来たのか」
「眠れないからではないのですか?」

 首を傾げるルサルカに、深々と溜息を吐くユウト。

「……ルサルカまでボケに突っ走ったら、俺はどうすりゃ良いんだよ。少なくともツッコミが足りなくなる。……そんな話をしに来たんじゃない。少なくとも、もっと真面目な話だよ」
「真面目な話?」

 ユウトは片付けられた椅子に腰掛ける。ルサルカはというと、少し遅めの夕食としてグラタンを食べているところだった。食事の時間が遅くなると、結果的に睡眠時間も遅くなってしまうため、女性には天敵のように思えそうだが、ルサルカにはそんなこと全く関係なさそうだった。

「ルサルカ……、君の願いは何だ?」
「願い……?」
「あぁ、そうだ。君が成し遂げたいと思っていること、君が実現したいと思っていること……、どんな些細なことでも構わない。ただ、もしこの前話していた以上のことがあるのならば、俺に教えて欲しいんだ」

 その言葉は、ルサルカを信用していない意味の裏返しにもなってしまう、諸刃の剣のような言葉でもあった。
 しかしながら、少なくともユウトは、決してそんなことを考えてなどいない。寧ろルサルカをもっと良く知っておきたいから、このような話を持ちかけてきている。
 尤も、それをルサルカが何処まで理解しているのか――それは彼女にしか分からないことであるのだが。

「……私が話しておかないといけないことは、きっともう話し終わっているはずだと思うけれど。それとも、未だ何か不足している情報があるのかな?」
「不足しているというか、何というか……」
「でも、私が言っていることは変わらないよ。一貫して、私はこう言っているはずだけれど。……家族を探し出す、って」

 家族を探し出す――それは確かに、ルサルカが最初に言っていたことだった。虚ろになりながらも、ロボットのように語られたその言葉からは、強い思いが感じ取られる。

「……そうだよ、それは確かに聞いた。けれど、どうすりゃ良いのか分からねーんだよな……。分からないからこそ、分かろうとしないといけないのだろうけれど、分かるとは言い難い。何とも難しい考えではあるんだろうけれど、それを理解するには……やっぱり時間がかかるんだ」
「……簡単な話だよ、ユウト」

 ルサルカとユウトの話に、マスターが割り込む。

「マスター?」
「難しく考え過ぎるから良くないんだ。もっと物事を単純に考えな……、そうしたら何かが見えてくるはずさ。今まで見えて来なかった、小さなヒントがね」

 ヒント、と言われたところで先ずは取っ掛かりがなければ始まらない。ヒントが欲しくても、第一歩が踏み出せない状況に置かれているのだから。

「ヒント、と言われても……。何か良いアイディアはあったりしないかな?」
「ないことはないよ。……ただ、かなり頑張ってもらう必要になるかもしれないがね」

 意外とあっさり出て来たその回答に、ユウトは暫く反応出来なかった。

「……何だい、目を丸くしてずっとこちらを睨み付けて。アタシが何も考えていないとでも思ったのかい? だとしたら、それは大きな間違いだよ。アタシはいつだって考えているのさ、どんなところからでも逆転ホームランを打てる一手をね。古い言葉でこんな言い伝えがある、……『野球は九回ツーアウトからだ』ってね。野球は確か、旧文明の伝統文化の一つではなかったかな?」
「そんな文化あったんですか初耳ですよ。……それはそれとして、いったいどうしたら良いんです? ルサルカの力になるなら、出来る限りのことはするつもりだけど」
「敬語にするのかしないのか、ちょっとははっきりしたらどうだい。……なに、ちょっと耳貸しな」

 そう言われて、ユウトは一日に二回も耳打ちをされることになるのだった――。



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