6 大剣使いのマリー


 マリーを求めてユウトがやって来たのは、第七シェルターの玄関に程近いハンター連盟の集会所だった。ハンターという職業は、職業柄不安定な収入になりやすい。であるならば、ハンターに安定した職を与えてやるべきである――というのがハンター連盟の考えだった。
 元々ハンターはシェルターの管理者側からすると、疎ましい立場でもあった。何故なら彼らは数が多い。そして、自分で良くしようという努力もしないくせにそれを要求する――というのが管理者の考えだ。
 しかしながら、ハンターに自ら望んで就職した人間は少なく、大半が元々の仕事では稼げなくなってしまったからハンターにならざるを得なくなった、という感じだった。要するに、仕方なしに始めざるを得なかったのだ。
 ともなれば管理者側の理屈は多少間違っていて、彼らが死に物狂いで努力しようとも、ハンターから上に上り詰めることは不可能に近い。余程管理者にコネがあって、上手く立ち回ったとしても、管理者側に回ることはほぼ不可能と言って差し支えない。
 しかし、それが罷り通るならば、ハンターにしてみれば面白くないのは確かだ。そうして、ハンターの中でも特に優秀なハンターが決起して、ハンター連盟が立ち上がったのは、もう随分昔のことになる。
 ハンター連盟と管理者側の交渉は、最初こそスムーズに行くことはなく衝突も起きていたが、ここ数年はそれも減少していき、設立当初から比べればハンターの社会的地位は飛躍的に向上していった。
 シェルター玄関に程近い木造の建物――それがハンター連盟の集会所だった。ハンターはここでクエストを受注し、無事成功したらここに戻って来て報告をする。基本的には、失敗した場合も報告せねばならないのだが、報告したところで何かペナルティがある訳でもなく(強いて言うなら、昇格が多少遅くなる程度)、しかしながらそれを恥と思うハンターも少なからず居るのだ。だから、ハンターが報告に来るイコールクエストが成功した、という認識で概ね間違っていない。
 集会所に入ると、多くの人間がワイワイガヤガヤと話をしているのが目に入った。集会所は文字通りハンターが集まる場所だ。よって様々な情報を収集するには打って付けの場所にもなっている。

「相変わらずここは人が多いな……」

 とはいえ、ユウトがここにやって来たのは、他のハンター同様にクエストを受注しに来たからではない。ルサルカに関する情報を得るため、マリーに会いに来たためであった。

「……しかし、アイツもなかなか見つからないからなぁ。雲隠れしやすいというか、なんというか。まぁ、ハンターとしては間違っていないんだろうけれど」

 マリーは大剣を持っている。それも自らの身体ぐらいの大きさの剣で、いつも彼女は背中にそれを背負ってハンターの仕事に勤しむのだ。
 非力であれば当然使えないはずの武器を、彼女は常に使っている。それには憧憬とか拘りとか、そういう感情が入り混じっているのかもしれないが、しかしてそれを聞いたことは誰一人として居ない。
 それは彼女が孤高で、孤独だったからかもしれない。
 とはいえ、実際には独りぼっちでやって来た訳ではなく、仲間や戦友と呼べるような存在だって少なからず居る。別にそれを美談にしていないだけの話だ。

「……おっ、見つけた」

 掲示板の前で、一人そのクエストを吟味する少女が立っていた。背中には、その小柄な身体で操るには到底思えない大きさの――一回りは大きいユウトでさえそれは難しいだろう――剣を背負っている。
 そして、その格好も奇抜だ。ドレスのようなスカートのついた赤い鎧を身に纏っている。軽装で、防御力が高くて、尚且つ見た目が良い――のかもしれない。女性のハンターは多く居ても、彼女のように見た目まで拘るハンターは珍しい。

「よっ、マリー。……久しぶりだな」
「うわっ。……誰かと思ったら、ユウトかよ。どうしてここに?」

 いきなり声をかけられて驚いたようだったが、振り返ってその声の主がユウトだと分かると即座に砕けたような態度に変えた。ユウトじゃなければ、その剣で一刀両断されていたかもしれない。それぐらいに、彼女の扱いには繊細にならねばならないのだが――。

「別に良いだろ、俺がここに居たって。俺だってハンターなんだからさ。……とはいえ、相変わらずその大きい剣使っているんだな。それ、目立たねーのか?」
「武器のことはどうだって良いだろ。アタシにはアタシなりの拘りがある訳。それはユウトにゃー未だオコチャマだから分からないかもしれないけれど」

 軽口を叩き合える仲、というのはなかなか見つからない。
 それも男女、となると過去に何があったのかは何となく察することが出来る。

「……で、何の用事かな、ユウト。或いは昔みたいにユーくんと呼んであげた方が良かったかにゃー?」
「……それが嫌だって言っても、どうせマリーは言うんだろ。だったらこっちだって昔のニックネームで呼ばせてもらうぜ、マーちゃん」
「にゃはは! 久しぶりにその名前で呼び合ったもんだね。昔のこと過ぎて、忘れちゃうこともあったけれど。……それじゃ、どっか場所でも作ろっか? 二階のカフェテリアなら、今空いていると思うけれど」
「ああ、そうしてもらえると助かるな。……こっちだって、色々話したいこともある」

 苦手なようで、苦手ではなく――やはり苦手な相手。
 それは、昔の恋人という存在でもあった。


 ◇◇◇


 ハンター協会の集会所の二階はカフェテリアになっている。そこで飲み物を飲んだりスイーツを食べたりすることも出来るため、ハンターにとっては憩いの場となっている。しかも、料金はクエスト受注後の支払いにも対応しており、たとえお金がなかったとしても、飲食を楽しむことが出来るのだ。

「……それにしても、お前甘い物ほんとうに好きだよな……」
「スイーツは良いんだよ。糖分を摂取するというのは、エネルギーを蓄えることでもあるのだし。脳を使うなら、糖分を取った方が良いって訳」
「……そんなに頭を使う仕事とは思えないのだがな。で、何処から話すべきか……」
「ユーくんが話したいなんて言うのは久しぶりのことだからにゃー。別れた時以来かな? アタシは別に拒んでいなかったけれど、そっちが勝手に拒んでいたというか離れたがっていたというか。いずれにせよ、あんまり良くはなかったにゃー。集会所でも何となく噂になっていたし」

 ハンターの間では噂になることが多い。それが恋愛ともなれば格好の餌食だ。だから極力そういう話はしない方向に持っていくのが筋だったりするのだが――。

「噂なら話したい奴が話せば良いだろ。別にこっちには関係のない話だ。それとも、元恋人同士がタッグを組むのは気まずいとでも思っているのかね? だとしたら余計なお世話だ」
「余計なお世話、という理屈は分かるんだけれどねえ……。そりゃあ、こっちだってそう思っているよ。けれど、変に囃したてるのが周りってのは、ユーくんだってこのシェルターに住んでいたら分かる話じゃないか。周りが囃したてるから、猶更居づらくなる。……悪循環だよ、はっきり言って」
「……人間ってのはどの時代でも、そういう噂が好きなのよね。あー、めんどくさ。旧文明の遺産を探していると、少しはそういう面倒臭いのも払拭出来るものかと思ったけれど、そうでもないしね」
「お待たせ致しました」

 ウエイトレスがやって来て、マリーは目を輝かせた。理由は単純明快、そのウエイトレスが持っているパフェだった。正確に言うと、ウエイトレスはトレイを持っていて、そのトレイにはパフェとジュース、それにアイスクリームとコーヒーが載せられている。どちらがどれを注文したかは火を見るより明らかで、パフェとジュースがマリー、アイスクリームとコーヒーがユウトだった。
 パフェはマリーの顔ぐらいの高さまで、様々な食材が積み上げられている。それだけで一食分以上のカロリーを賄えそうなぐらいだった。

「……何か見ているだけでお腹いっぱいになりそうだよ。アイスクリームにコーンフレークにプレッツェルにフルーツ……、なかなか食べられないような代物をこれでもかとふんだんに入れているけれど、値段は実際幾らぐらいするんだ?」
「ユーくんが居る宿の一泊分ぐらいするんじゃないかな? あ、ユーくんは未だあの宿に居るんだよね? 今度挨拶に行こうかな、マスターに」
「マスターか? ああ、良いんじゃないか。忙しいだろうけれど、挨拶ぐらいなら応対してくれるだろ。それに、新入りも入ってきたし」

 それを聞いて目を丸くするマリー。

「何それ、あそこに新人が入ったの? 珍しい……、マスターって人を雇っていくような人間には見えなかったけれど。ワンマン経営みたいな」

 スプーンでアイスクリームを掬うと、それを口の中に入れる。マリーは笑みを浮かべ、嬉しそうな表情だった。

「やっぱりこれよ、これ! ここのパフェって一番美味しいと思うのよね……。ハンター協会が何処から仕入れてきたか分からない新鮮なフルーツを食べられるから」
「それ、逆に不安にならないか? 何処から仕入れてきたか分からない物を、そのまま口に入れるって」
「それは言い過ぎだけれどね。実際は管理者の余り物を安く提供しているんでしょうけれど」

 資源問題は深刻だ。基本的に一流品と呼ばれる代物は、管理者層を優先して提供される。しかしながら、管理者層が食べきれないぐらいの量が生産されるようになってしまうと、それを確保しておくのではなく、ハンター協会に引き渡すことになるのだ。
 ハンター協会としても、一流品の材料を提供してもらえるのは有難いことで、たとえ高く仕入れたとしても資源問題の観点から、それをそのままほったらかしにするのは宜しくない。よって、このようなカフェテリアで多少高くとも美味しい食材を使った料理を提供するに至っている。

「……ハンターによっては、ここの料理が美味し過ぎて、まともに貯蓄も出来ていない人が居るとか聞いたことがあるけれど、何処までほんとうなのかね? ぶっちゃけ、ハンターという仕事もいつまで続けられるのか分かったものじゃないし、貯蓄はしておいた方が良いと思うんだけれどな」
「……それに関しては完全に同意するわ。実際、ハンターがいつまで遺物を収集出来るか、ということにもなるし。この世界は、遺物が無限に存在する訳でもないんだから」

 ハンターの業界は、先細りが懸念されている。というのも、一番金払いが良いクエストが遺物収集で、他のクエストは遺物収集のクエストがあって成り立つぐらいの物だ。資金源が遺物収集である以上、それ以外のクエストは小遣い稼ぎ程度にしかならず、その小遣い稼ぎだけで生きていけるのは到底不可能だと言われている。
 とはいえ、根本的な解決策が見つからないのも問題だ。実際、ハンター協会も手を拱いているところはある。遺物収集を長く続けるために、そのクエストをコントロールしているとか、遺物を敢えて少なく見積もってクエストを依頼しているとか言われているが、それはあくまでも噂の範疇を出ない。
 



前の話へ TOP 次の話へ