13 状況整理


 ブレイクタイムは必要だ。それがたとえ、あまり仕事をしていたように見えなかったとしても。
 という意味合いから、ユウト達は再びハンター協会集会所の二階にあるカフェテリアへとやって来ていた。

「……にしても、皆さんご苦労だった。大変だっただろう、あそこは」

 戻る手段は結局先程の工程を逆順にしたもので――つまり、再びあの下水道を通ってきた訳だったが、

「大変というか、何というか。ああいう世界が未だ存在するんだな、というぐらいか……」

 ユウトの溜息交じりの感想に、笑みを浮かべるマナ。

「何だよ、マナ。……そんなに疲れている俺の顔が滑稽か?」
「滑稽というよりは、惨め?」
「何で下方修正した!」

 けたけたけたと笑いながら、マナはさらに話を続ける。

「……そんなことより、アンバー、アンタはどう思った訳? あの『グループ』の会話を聞いて。別に情報が一つも手に入らなかったとか、そんなことはなかったはずだろう?」
「そりゃあ、どうだろうね。……はっきり言って、あの会話は当たり障りのない会話だった。そしてその会話は、別に仕事の原稿に使えるかどうかと言われれば……、使えないだろう。使えない情報は取っておくのは微妙ではあるけれど……、いつ使えるかも分からないからな。だから、頭の片隅に置いておく程度に過ぎないのだが」
「頭の片隅……って。人間の記憶ってそんな膨大なデータを保存出来る訳がないだろ? メモとかしておかないのか?」
「メモ? そりゃあ、してはいるよ。けれど、帰ってからだな。基本的にはメモは取らないのさ。忘れたものは忘れてしまっても仕方ない情報、って訳」
「……何だか良く分からないが、記者も大変なんだな」

 ユウトはアイスクリームを一口頬張って、窓から外を眺めた。
 窓の景色はいつもと変わらない。ハンターが今日もストリートを歩いている。ハンターだけではなく、商人やそれ以外の普通の市民も歩いているし、それだけを見ればいつものシェルターの風景と変わらない。

「いつもの風景を作り上げるのに、どれだけの人間が苦労しているか……考えたことはないだろう? それは、誰だってそうかもしれないが、しかしながらそれを受け入れることによって、人間としての豊かさが向上することすらある。そういう世の中にしていきたいと思うんだよ」
「……新聞記者にしては、随分と高尚な考えを持っているようで」

 アンバーはコーヒーに砂糖を入れて混ぜると、何度か息で冷ました後、それを一口啜った。

「高尚な考え、というかそういう風に考えるのが自然、というだけに過ぎないがね。いずれにせよ、俺だってあまり面倒なことはしたくない。出来ることなら楽して稼ぎたいと思うのが自然なことだ。しかしながら、それを是と思わないのが管理者だ。管理者は税金をたくさん納めて欲しいと思うのは当然のことであるし、ともなれば楽して労働者が稼ぎたいなど言語道断な訳だからね」
「……管理者って、本当に傲慢な存在だな」
「まぁまぁ、そう言わさんな。管理者だって管理者なりの理由があるに決まっているだろう? それが我々一般市民には理解しづらいだけであって。それとも君は、その理解しづらいことすら棚に上げて、管理者を槍で刺そうとする人間かい? 或いは、油断しているタイミングを狙って後ろからナイフで突き刺すとか」

 そんな謀反みたいなことをする訳がないだろう――などとユウトは思ったが、しかしながらユウト以外の人間がそれを聞いたらどういう反応をするのだろうか、というのは気になった。別にユウトみたいにこの世界のこの状況に満足している人間ばかりではないというのは、誰だって理解していることだろう。
 そして、その誰もが違う考えの中で、管理者を殺してしまおう、あわよくば自分が管理者の地位になってしまおう――そんな考えを持つ人間が居てもおかしくない。そして、管理者もそういう危険思想の人間を探しているのは確かだろう。時折、警察官がストリートを彷徨いているのも、パトロールという名目で謀反を起こす可能性がある人間を監視している役割を担っているとも言われているのだから。

「――管理者にはあまり逆らわない方が良いと思うよ。今の仕組みに満足しているのならば、猶更ね」
「……別に不満を抱いている訳じゃないし、その言い回しだとまるで俺が謀反を起こそうとしている反乱軍のリーダーみたいに聞こえてしまうんだけれど、それについてはスルーした方が良いのかな?」

 あっはっは、とアンバーは笑いながら、

「冗談だ。安心したまえ、俺は別に仲間や知り合いを売ろうとは思わないよ。……とはいえ、身の振り方はきちんと弁えた方が良いな。ここが何だか分かっているか? ハンター協会だぞ。ハンター協会は管理者とも深く関係があると言われているし、発言を何処かで録音されていてもおかしくはない。……気をつけておいた方が良い、ここはそういう社会だ」
「……肝に銘じておくよ。でもさ、そういう話に持って行ったのは、アンバー、アンタだろ? 少しはこっちの身にもなって欲しいものだね。それとも、最初から俺をはめるつもりでこの質問を投げかけたのか?」
「…………辞めよう、別にそういう喧々囂々するつもりはなかった。ちょっとした冗談のつもりで言った訳だ。ただ、冗談とは通用しない人間も居る訳だしね……、そこについては俺の考えが甘かった。謝罪しよう」

 頭を下げるアンバー。ユウトもまさかアンバーがそうあっさり否定するとは思いもしなかったため、頭を下げるのを辞めるように手を差し出すしかなかった。
 
「……何だか、面倒臭い話だよね、男って。もっと簡単に話が決まりそうなものだと思ったけれど?」
「話が決まりそうなぐらい単純なことでも、なかなか決められなかったりするものさ。……そればっかりは致し方ない。人間というのは単純なようで、そうではないから」

 ユウトの言葉に納得しつつも、少しだけやっぱり不満は残っているようで、

「でも、納得しそうにないよ。……やっぱり、それは仕方ないかもね。新聞記者として働いているアンバーだからこそ、そっちのルールも遵守しなければいけないんでしょうけれど」

 ルールの遵守というのは、一言では片付けることは出来たとしても、そう簡単に飲み込むことは出来ない。

「まぁ、言いたいことは分かる。……新聞記者も色々大変なんだな、というのは。ただ、これだけは言っておきたいが……これからどうするんだ? はっきり言ってこれから手詰まりのような気がしてならないのだけれど」

 貧民街に行って得られた情報は僅かだった。そして、その僅かな情報から次のプロセスを導き出すことは容易ではなかった。
 容易ではないからこそ、やはり――簡単にはクリア出来ない課題というのも存在する。

「一つ、アイディアはある。……けれども、これを実現するのはなかなか難しい。やはりこれから考えをまとめていかねばなるまいとも思っているから」
「それじゃあ、今回の調査隊はここで解散?」

 マナの言葉に、アンバーは頷くことしか出来なかった。

「残念だが、今回はそれしか考えられないね。……仕方ないとは言いたいところだが」

 アンバーの言葉を切り裂いて、ジリリリとけたたましいベルの音がカフェテリアに鳴り響いた。
 それが電話の音であることは、ユウト達は理解していたものの、こんなに五月蠅い音が鳴るとやはり驚いてしまうものだ。

「……個人用の電話というのも、開発して欲しいものだけれどね。技術的には難しいのかな?」
「昔は……旧文明の頃はそういうものがあったらしいよ。肩に掛ける鞄型が主流だったとか? その後にコンパクトになって、小さい箱が人々のポケットに入っていた――なんて話も書いてあったかなぁ。そこには沢山の機能が備わっていて、人々は移動する手間すら省くことが出来た、みたいな」
「マナ様でいらっしゃいますか?」

 いきなりウエイトレスに声を掛けられたマナは、少し目を丸くしてしまったが、それに頷いた。

「ハンス様からお電話です」
「ハンスさんが? ……分かりました、今そっちに向かいます」

 マナはカウンターの方に向かい、電話の受話器を手に取った。

「もしもし、マナですけれど。……どうしてここが?」
「アネモネのマスターに聞いたら、ここに電話をしたらどうだ、と言われたんだよ。……それはおいておくとして、今すぐ正面玄関の市場に来られるか?」
「正面玄関の市場、って……。まぁ、別に。だってここの場所を知っているなら、どれぐらいの時間でそこに向かえるかは分かるはずでは?」
「まぁ、そうなんだがな……。んで、そんな無駄話をしている場合じゃねえ。出たんだよ、また殺人事件が。一日に二回、ファントムが殺人を犯しやがった!」
「――何ですって?」

 マナが知っている情報が正確であるならば、ファントムは未だ殺人を数回しか犯していない。そして、その時間間隔も不定期ではあったものの、同日に殺人を二件以上行うケースは今まで存在しなかった。
 しかし、現に今、それが起きてしまっている――マナはそれを驚きを持って受け入れることしか出来なかった。

「取り敢えず、お前さんには連絡しておこうと思ってな。どうせ取り巻きの新聞記者も来るだろう? 大勢は面倒だが、あの人数なら別に申し分ない。来たいなら勝手に来るが良い。今回の事件も俺がトップだからな。ある程度の融通は利くってもんよ」
「やっぱり、持つべきものはコネね。……あぁ、今のは聞かなかったことにしておいて」
「普通のトーンで言っちまっているから聞こえているよ……。まぁ、別にそれを誰かに告げ口しようとも思わねえよ。告げ口する相手も居ねえからな。それじゃあ、俺はこれから現場に向かう。後はお前さんが決めるこったな、じゃあな」

 そう言って一方的に電話を切ったハンスだった。
 マナはウエイトレスに電話の利用について感謝を申し上げると、そのまま席へと戻っていった。

「……ハンスってことは、あの警官か? どうしてお前に電話を」
「どうやらまたファントムが殺人を犯したらしいわ。……一日に二件も人が死ぬなんて、ファントムはどうしてこんなことを繰り返しているのかしらね」
「そんなことを言っている場合か。……とにかく有力な情報は得られた。犯人像が見つけられるかもしれん。向かうぞ、その現場へ。案内してくれるか、マナ?」
「当然。情報料は高くつくわよ?」

 そうしてユウト達は一路、ファントムが犯した新たな殺人現場へと向かうのだった。




前の話へ TOP 次の話へ