第二章1
「役割分担を決めようじゃないか、ワトソンくん」
ぼくの家に上がり込んでカップラーメンを啜っているレディ・ジャックは、開口一番そんなことを言い出した。
「ワトソンって……自分はシャーロック・ホームズにでもなったつもりかよ?」
「切り裂きジャックは孤高の殺人鬼だ。本当ならそっちから引っ張って来たかったんだがな……、ホームズも嫌いじゃないし」
殺人鬼と対極的な立ち位置だと思うけれど、そこは気にしないのか――などと思っていたが、そんなことを考えるの自体が野暮かもしれないな。
殺人鬼は普通の人間とは考えることが違う。そりゃあその通りだと思うけれど、しかしてここまで感性が違う風に見えないのも珍しい気がする。もしかして考えることが違うというのも、誰かが貼り付けたレッテルだったりするのだろうか。
「シャーロック・ホームズは、様々なメディアで取り上げられる題材でもあるからね。そこについては否定しようとも思わないし、別に悪いことであるとは思わないけれど……、しかして、シャーロック・ホームズは人気過ぎる。過熱しているとでも言えば良いのかもしれないけれどね」
そうだろうか? そこについてはあまり考えたこともないけれどね。シャーロック・ホームズが人気であることを否定はしないけれど。
「シャーロック・ホームズは今も昔も熱狂的なファンは居るからねえ……。だから変なことを言ったら何をされるか分かったものじゃない。分かるだろう? ファンが熱狂的なコンテンツってのは、あまり触れない方が良いもんだ」
「……まさか殺人鬼のアンタからそんな説明を受けるとは思わなかったよ。もしかして昔はそういう現世の知識を教えてくれる存在でも居たのか?」
そうじゃないと、そんなサブカルチャーに傾倒した殺人鬼にはなりやしないだろうからな。
「仲が良い人間が居たんだよ、遥か昔の話だけれどな……。そんな人間から様々な話を耳にした。結果、あたしは知識を身につけた。もしかしたら、偏った知識があるのかもしれないけれど」
「偏った知識……ねえ。それを身に付けた経緯は気になるところだけれど、役割分担はどうすれば良いんだ?」
ここで話を冒頭に戻す。
役割分担というのは、つまりどのように行動するかを決めることとなる。ぼくはあまり集団行動が得意ではないから、単独行動にさせてくれるのならそれは有難いことだった。しかし、単独行動は一人気ままに行動出来る分、何かあった時に危険を担保出来ない――そういうデメリットもあったりする。そのデメリットを如何に軽く見せるかが問題であるし、そこは腕の見せ所とも言えることなのだろうけれど。
「だから、役割分担だよ。……なに、そんな大層らしく考えなくたって良い。要するにあたしが夜の情報を、そしてアンタが昼の情報を掴めば良い――ただそれだけの話だ」
「つまり活動時間を勘案した結果の分担……ということか?」
「ザッツライト、その通りだ。あたしはこういう仕事に就いている以上、昼に活動することは難しい。つーか寝ているしな、物理的に活動が制限される訳だ。……でも、アンタは一般人。普通なら昼間は起きて生活しているはずだろう? だったら、昼間の情報収集はアンタがやりゃ良い訳だよ」
「夜はどうやって情報収集するんだ? 昼間よりも人気も少なければ、殺人鬼にそんな地道な作業が出来るとは到底思えないのだが」
「――殺人鬼を舐めてもらっちゃ困るねえ。一応、独自のネットワークを構築しているのさ……そのネットワークを介して情報を収集していくのは難しい話じゃない。流石に寝ているうちに情報が手に入るとかそんなことは有り得ないのだけれど、それによって手に入る情報量が全く違う」
殺人鬼のネットワーク――興味はあるし、それをきちんと研究したらそれなりの学会で論文を提出出来そうなぐらいのビッグニュースではあったけれど、そこについては深く掘り下げるつもりはない。あくまでもぼくとレディ・ジャックは共同戦線を張っただけに過ぎず、運命共同体ではないからだ。
つまり、ヤバくなったらさっさとトカゲの尻尾切り宜しくおさらばすれば良いだけのこと。
それが実際に出来るかどうかは、また別の話ではあるのだけれど。
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