第二章 よふかし指南 3


「……仕方ないんだよ。好きな物では飯を食えない。それは誰だってそうだ。ま、頑張ればそれを上手くお金にすることも出来るんだろうけれど、そこまで甘くはない。結果として、儲かる仕事しかしたがらなくなるのさ。……これはつまり、成長を辞めたということにも繋がるのだろうがね」
「言いたいことは分かりますよ。……人間、人生は一度きりですからね。冒険した方が良い、と考えるのも分からなくもないです。けれど……」
「けれど? けれど、何だって言うんだ。言ってみろよ、そこからどうするかは私が決める」

 何か言い回しが酔っ払いに近いような気がして、少しだけ恐ろしくなっているのだけれど、それについては言わないでおこう。触らぬ神に祟りなし、とは良く言ったものだし。

「……なあ、巫山戯たつもりはないんだが。話を戻すとだね、結局人間も吸血鬼も生きていくには、決まりきった道を歩くしかない訳さ。それは、致し方ないことだよ。それ以上は何も決められないのだからね。……もし、決められるとしたら、それはそれで伸ばしていけば良いだけの話になるのだろうけれど」
「でも、貴方は結局自分がやりたい仕事に――型に囚われていないですよね。パートとか、正社員でもなく、自営業になる。それって、そんな簡単に片付けて良いようなことでもないと思いますけれど?」
「そんな簡単に片付けられるからこそ、吸血鬼もまた人間に紛れて生活することが出来るんだよ。……それぐらい常識だろう?」

 いや、聞いたことないですけれど。
 そんな常識、一度も聞いたことがない。

「吸血鬼って、そんなにいっぱい居るんですか? 何かそんな話みたいになっていますけれど……」
「いや、私が把握している限りじゃ、百人も居ないんじゃないかな。絶滅危惧種だよ、レッドリストにもとっくに載っているだろうね」

 そもそもレッドリストって、吸血鬼を掲載出来るんだろうか……。

「ジョークだよ、ジョーク。吸血鬼ジョーク」
「吸血鬼ジョークって一体どれぐらい存在しているんでしょうね……」
「星の数ほどじゃないかな?」

 それすらも本当なのか冗談なのか、さっぱり分からないけれど……あまり言わない方が良いのかな。

「そもそも、私だって吸血鬼として生きていくなら、どうしたら良いかってことは常日頃考えていたのだけれど……、つるんでいた吸血鬼もどんどん人間社会に進出しているからね。それを考えると、私だってそこに進展しないのは、大きな間違いだ――そう思う訳よ」
「知り合いの吸血鬼が居る、と?」
「吸血鬼は誰もが一匹狼じゃない。無論、そういう性格の吸血鬼だって居るけれどね。……とはいえ、そういう連中と出会うのも、なかなか難しかったりするんだよ。ああいう連中と出会う危険を孕んでいるからね」
「……そんなもんなんですかね。吸血鬼がそんなに沢山居るのなら、一度会ってみたいですけれど」
「会えるかねえ。……ま、連絡は取れるよ。LINEのグループ作っているし」

 吸血鬼のグループって何だよ、それ。
 どんな会話するんだろうか……。やっぱり夜型なのだろうか。

「深夜二時に盛り上がったりするのは、下手したら大学生より深い夜のルーティーンだよね。夜型生活を送っている吸血鬼だらけだから、そればっかりは致し方ないのだけれど。逆に、太陽を浴びても平気な吸血鬼なんて居ないしね」
「……あれ? でも梓さんは吸血鬼の能力を失った、って」
「ああ、そうだね。その通りだよ。正確には、『奪われた』って話かな。吸血鬼の能力があったにも関わらず、それを奪われた。だから、今の私には吸血鬼の能力は……一パーセントも残っちゃいない。それが一番の問題なんだけれどね」
「……でも、それって不味いですよね?」
「うん?」
「吸血鬼の能力が奪われてしまったのなら、それを元手に他の吸血鬼にも襲いかかって、最終的に吸血鬼を無力化するとか……」
「それはないな。確実にない」

 何でそこまで言い切れるんです?

「だって、吸血鬼を失ったら吸血鬼そのものが消滅するよ。……吸血鬼はそれぞれがそれぞれを補い合って生きているから、ネットワークが構築されているんだ。そのネットワークが崩壊してしまったら、自動的に吸血鬼の概念そのものが崩壊する。哲学に一歩踏み込んでいるかもしれないが、そういうメカニズムをしているんだ」

 何を言っているのか分からないけれど、つまり吸血鬼は滅亡することはない――と。

「物わかりが良いようで助かるよ。もしかして、学校ではテストの点数が良かったのでは? 百点ばっかり取り過ぎて、学校の授業の存在意義が分からなくなったりしたのではないかな?」
「それについては否定も肯定もしませんよ。……ま、似たようなもんですけれどね。そうじゃなきゃ、夜な夜な人殺しに励んだりしませんよ」
「あはは、そりゃあそうだな。……結構話をしてくれるようになったじゃないか。私は嬉しいよ。ちゃんとしてくれないかな、と思っていたしな……。もし使い物にならなかったらどうしようなんていうのも、結局意味をなさなかったな」
「もし使い物にならなかったら、僕を捨てるつもりだったんですか?」

 自嘲気味に、僕は言った。

「それについては明言を避けることとするよ。今ここで関係性を悪くする必要もないからね。ビジネスパートナーとしては、悪くない関係性にするのが当然だろう?」
「……結局、僕にとってのメリットはあるんですかね?」

 その言葉を聞いて、梓さんは一笑に付した。

「……簡単だろ。私が少年とよふかしする。それが一番のメリットではないかな?」
 


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