第二章 よふかし指南 4
よふかし、という言葉を聞いて何を思い浮かべるだろうか?
一つとして、夜を過ごすということ。夜を過ごしているということであって、それについて何か決められていることはない。
ゲームをしたって良いし、漫画を読んでいたって良いし、勉強していたって良い。
よふかしに、決められたことは存在しない。
だから――そんな曖昧な言葉を投げかけられたところで、僕としては全然それを受け入れることが出来なかったのだけれど。
「……何をぼうっとしているのか。吸血鬼とよふかしをすることが、何か問題でも?」
「問題というか、何というか……」
僕は回答に悩んでしまう。
別によふかしをしたくないとかそういう問題ではなくて、よふかしをしたからどうなの――という話になるんだよな。
よふかししたって、物事は解決しない。
寧ろメリットが大きいのは、梓だ。
吸血鬼の能力を取り戻す可能性が大幅に高まるのだろうから。
「……別に堅苦しいことは何もしないから良いぞ。ゲームだってやっても良いし、アニメだって見ても良いし、漫画だって読んでも良い。……だって、夜は暇だろう? 暇だからこそ、外に出ているのだろうから」
否定はしなかった。
だからと言って、肯定もしなかった。
「……反応が悪いけれど、もしかしてよふかしに対して悪いイメージでも抱いているのかな? それとも家族がかなり厳格だった? いずれにせよ、少年は今よふかしをしている訳だし、囚われる必要もないと思うけれどね」
「……いや、」
そうではない――と思う。
僕は確かに厳格な親の元育った。だから、今もそういう悪いことの分別はついているような気がする。そんな人間がどうして殺人に興じることになったのか――ということについては、言い逃れの出来ないことでもあるのだけれど。
仮に、僕が罪に問われることがあるとして、裁判所に出廷を命じられたとして――もう、それを見てくれる家族は誰一人として居ないのだから、少なくとも僕が認識している段階では。
「……人間というのは歪な生き物でね。意外とそういう良いことに縛られ続けていたら、いつか縛られなくなった時、その反動がとんでもないことになるものだよ。それは、色々と証拠も出てきている。残虐な犯罪を実行した人間の幼少期が、一般の親子の関係にはほど遠いものだったりね。……ま、だからと言ってそれが情状酌量になるかと言ったら、ならないのが殆どだけれど。実際、起こした事件が事件だからな」
「起こした事件?」
「ネットでは見たことはないかな? 例えば、多数の人間を殺した残虐な殺人事件だってそうだ。最初は犯人の人格を否定する流れだったけれど、それが親を含めた家族関係が遠因であると分かり、さらにその予備軍はとんでもない数になる――なんてことが分かってからは、一切報道されなくなった。どちらかというと、その犯罪そのものの残虐性にフォーカスを当てた、といえば良いのかもしれないけれど」
つまり、都合良くメディアは切り取りできる立場にある訳だ。
報道の自由、とは良く言ったもので、逆に報道しない自由だって存在する訳だ……。メディアにとって都合の悪いことだったとしたら、それは別に報道しなくても良い。或いはネットのメディアがあるのだから、そこでさらりと述べるに留まる。
「結局、メディアだって公正中立ではない。……メディアにはスポンサーという制度がある訳だからね。出資してもらっている以上、スポンサーの顔を立てることは必須。不用意にスポンサーを貶めるようなことは、あってはならない。だから、メディアは叩きやすい存在を叩く訳。一言で言えば、批判する可能性が低い存在……かな」
「とは言いますけれど、実際それってどうなんでしょうね? 弱者を叩いたところで、視聴率なんて取れるんですか?」
「取れるんじゃない? ま、視聴率ランキングはあんまり信用出来なくなっているようだけれど……。実際、視聴率だって機械を持っている僅かな家庭しか測定出来ていない訳だからね」
「そんなもんなんですかね……」
僕はタブレットの画面をスライドさせて、吸血鬼の資料を眺めていく。
先ず、吸血鬼というのは不老不死の存在である――ということだ。
吸血鬼は、新陳代謝が人間のそれと同等ではあるものの、寿命が極端に長い。その理由として挙げられているのが、吸血鬼のDNAだ。
新陳代謝の数には限界があると言われていて、人間は年を取れば取るほど、その新陳代謝が出来なくなっていく。だから皺も増えるし、シミも出来るし、色々な障害が出てくるという訳。
一方、吸血鬼はそれがない。原因として推察されているのは、吸血行為による生命エネルギーの確保だと言われている。吸血をすると、ただ血液を吸い取るだけではなく、生命エネルギーも吸い取ることが出来るのだという。
とはいえ、一度の吸血で吸い取れる生命エネルギーはそれほど多くはないらしく、人間が一日眠ればすっかり元通りになってしまうぐらいなのだとか。
そして、そのエネルギーは吸血鬼にとっても同等のエネルギー価値がある。
要するに、一度吸血してしまえば一日分長生きすることが出来る。
そして、吸血鬼の吸血行為は食事と同等だから、一日三回行うとすれば……。
「……ざっくり計算して、三日間は長生き出来る、って寸法ね。要するに毎回吸血行為をしていれば、人間の三倍以上は綺麗を保つことが出来る、って訳。不便なようで、なかなか便利な身体でしょう?」
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